+++還って来てとは言わない  ED後捏造もの ちょっと暴力表現あり  アッシュ×ルーク 



 白い花が月の光に煌めいて風に揺れていた。芳香が風によって舞い上がるその先にはまあるい月が昇っていた。花自身が発光しているように白く明るいけれど空は蒼くなく黒い。
 頬に触れた花弁や葉は優しくひやりとした心地よい冷たさを与えてくれていた。左手の先には暖かい右手があった。少し顔を左に向ければよく似た顔がこちらを向いていた。長い髪が顔にかかっていたが幸せな夢を見ているのだろうか、眉間に皺はない。

「アッシュ…」

 愛しい名前を呼ぶとしらずと握る手に力がはいり、せっかく幸せそうに眠っていたアッシュの眉間に皺が寄った。
「いてぇーんだよ!」
 綺麗な碧の瞳が見えたと同時に聞こえた声はそれであった。
「アッシュ生きてる?」
「お互い生き残ったみてぇだな…」
 そういいながらもアッシュは身体を反転させてルークを包むように抱き込んだ。
「最後まで独りでよくがんばったな。ルーク」
 アッシュが珍しく褒めてくれたのがうれしくて頬が緩む。
「俺は確かに死んだと思ったんだがな…」
 まぁいいかと小さく呟いていた。それがなんだか生真面目なアッシュらしくなくてルークは笑ってしまうそれをごまかしたくてアッシュに抱きついた。
「アッシュ大好き」
「どさくさにまぎれて何言ってやがる。屑」
 てれ隠しのようにアッシュがそう言って口づけをくれた。
「これからは会いたいときには会える?」
「ああ…そうだな。たぶん…」
 安心で力が抜けて、こめかみに冷たいものが流れて行った。開いている右手で涙を拭おうとして感覚がないのに気がついた。覚えのある感覚。音素乖離するときの…アッシュに見つからないようにそっとアッシュ越しに右手を確認した。透けて月が見えていた。戻っても問題はすべて解決したわけじゃなかった。つないでいるアッシュの右手は十分に暖かくて硬くてしっかりとそこにあることに安心した。
「泣いてるんじゃねぇ。ルーク…」
 アッシュが名前を呼んで開いている左手で涙をぬぐってくれた。肯いてもっと強くアッシュにしがみついた。もう消えてもいい…そう思えるくらいに幸せだった。



 風に乗って譜歌が聞こえた。





+++++




 ルークの中ではなんだかよく寝たなと思いつつ、目が覚めたら還ってきていた。しかし世界では2年もたっていたらしい。みんなで担いでいないのならば…。アッシュも同じように驚いていた。きっと二人だけが同じ時を生きてるんだとおもったらちょっと嬉しかった。
 ナタリアやガイ、旅の仲間にタタル渓谷で出会い。アッシュと一緒にバチカルへと帰って、そうする数日の間に隠しているつもりだった音素乖離がばれてしまった。
 アッシュのほうは音素乖離はあの時以上に進んでいる感じはしないといっていたけれど、ジェイドに二人そろって精密検査してもらった。
 その結果、二人の間で大爆発がいまだ進行中であることがわかった。


 「ジェイドその大爆発の猶予ってどのくらいある?」
 深刻そうな表情で検査結果を述べるジェイドからはいい返事は聞けそうになかったが、確認しておかなればならないことだった。知らず隣に立つアッシュの腕にぎゅっと縋ってしまった。
「そうですね…1年?でしょうか」
 ジェイドとアッシュがお互いに目で通じあっていた。覚悟はできているというようにアッシュは瞼を閉じた。
「俺はそれまで持つのか?もしそれより先に乖離しちゃったらどうなる?アッシュに何かよくないことが…」
「完全同位体のレプリカがいなければ何も起きないだけです」
 ルークはほっとしたように笑みをもらした。
「何笑ってやがる」
 アッシュが不満そうにルークの頭を叩いた。
「ではこいつの音素乖離はどうなんだ?」
「戦闘をすることも減ると思われますので、今までのペースとは違いゆったりと進むことになります」
「それでどれくらい…」
 ジェイドはルークをちらりと見やった。ルークは告知を求めるという意味でこくりと頷いた。
「半年」
 アッシュが息を飲むのがわかった。ルークも想像以上に短い残り時間に一瞬思考が止まる。
「そこで提案なのですが、アッシュ、大爆発を止める治療を受けませんか?」
「アッシュは止められるのか?!」
 ルークの瞳が輝いたそれを肩で押しやってアッシュは否定する。
「な…どうして俺がそんなものを」
「近いうちにレプリカが消えて大爆発が起きないのに?ですか?」
 ジェイドはアッシュがルークへの治療法が見つからないうちに自分だけが助かる方法を選ばないことをわかっていて意地悪く尋ねた。
「そんなことは言ってねぇ。こいつが助かる方法が見つかればそのとき一緒に…」
 アッシュは脅えて腕にしがみついていたルークを抱き寄せた。
「アッシュからルークに流れ込む音素が止まればルークへの負担が減り残り時間も些かですが増えます。
 その些かでも増えた時間も私は音素乖離を止める研究に充てたいのですが…あなた方の考えをお聞きしたい」
「ジェイド…ありがとう。その治療ってアッシュに何か負担があったりデメリットはない?」
 ルークはアッシュの抱き寄せる腕を振り払うと一歩前にでてジェイドに尋ねた。
「完全にとは言えませんが、今ある選択支は何もしないか、少しでも可能性に縋り治療するかです。詳しいことは治療前にきちんと説明しましょう」
「大爆発が止まればアッシュに未来が開けるってことだろ?」
「ええ…そして今現在にもあなたに流れ込む音素を止め、音素結合を乱しているそのものを止めることができる」
 ジェイドは期待に満ちた瞳で見上げるルークの頭を撫でた。
「断る理由なんかないだろ?アッシュ」
「お前の時間が増えるならそれに越したことはない」
 さすがはジェイドだと諸手で称賛し抱きつかんばかりの勢いのルークをアッシュは大人げないしぐさで己の腕の中へと引き戻した。
「音素乖離を止める方法が見つかりませんでしたとは言わせないからな」
「ひとまずはルーク。音素乖離を遅らせるためのお薬をきちんと服用してください。前のようにめんどくさいなどと言ってまとめてなどはダメですからね」
 「はーい」と子供のようなよい返事を返すルークをアッシュが愕然として見た。
「お前…そんなことをしていたのか?」
 アッシュの眉間の皺が深くなる。
「え…う、うん」
 ルークは風向きが変わったことに気づいて、アッシュから少しずつ離れていく。
「よく忘れるんだけど、数が合わないとジェイドに怒られるから。思い出したときにちゃんと飲んだ」
 ルークにしてはとてもよくできた方法だと思ってちょっと自慢げだったのがいけなかったのかアッシュが「屑がっ!」と怒鳴りつけた。
「ジェイド…こいつへの薬は俺が預かることにする」
「ジェイド〜苦くないのにしてくれよっ!できたらチキン味!!」
 ルークはあわててジェイドへと注文を付けた。アッシュが嫌そうに口元を歪めた。
「気持ち悪い注文をするな!屑!」
「ええ…とっておきの味にしておきましょうか」
 ジェイドがにっこりとこれ以上もない笑顔を見せた。





+++++++++



 病室のベッドはファブレ邸のベッドに比べるとずいぶんと狭くて、家のベッド程の大きさなら潜り込んでもアッシュに迷惑をかけることもない。残念ながらアッシュが寝ているだけでいっぱいのベッドにもぐりこむのは無理そうだ。ルークは脇に置かれた椅子に座りアッシュの目が覚めるのを待っていた。
「もう、大爆発は起きないんだってさ。よかったなアッシュ」
 早く目を覚ませばいいのにとルークは何度もアッシュを覗き込んだ。

 流し台で花瓶の水を変えているとガイが慌てた様子でルークを呼んだ。
「アッシュが目を覚ましたぞ!ルーク!!」
 先ほどまでずっと付いていて見舞いにガイ達がきたからと、ちょっと席を外したときに目を覚ますなんてなんてついていないのだろうとルークは花瓶をそのままに慌てて病室へと向かった。ガイが苦笑しながら流し台へと向かっていたのであとで回収してくれるだろう。
「アッシュ!!」
 ルークは病室に飛び込みベッドの周りにいる看護婦と医者を押しのけてベッドの脇へと進もうとするのをジェイドが腕で押しとどめた。
「ジェイド?今まだダメなのか?アッシュの顔を見るだけでいい…ん…」
 看護婦越しにベッドに座るアッシュが少し見えた。
「今日の日付を教えてください」
 医師の静かな声に対してアッシュが不機嫌そうにアクゼリュウスが落ちた日をはっきりと答えた。
「え…?」
 ルークは隣にいるジェイドを見上げた。
「ここはどこだ?」
 不機嫌を隠すことなくアッシュが逆に尋ねた。
「ベルケンドです」
「ああ…ベルケンドか…」
 納得したようにアッシュが繰り返し、何かを振り払うように頭を軽く振る。
「ユリアシティで…レプリカに会った」
 そこでアッシュは嫌なことを思い出したというように眉を顰めた。
「いや…待て…」
 アッシュは何かを思い出すかのように右手でこめかみを押さえた。
「違うな…あれから…エルドラ…」
「ゆっくりでいいですよ」
 医師がほっとしたように椅子に座りなおした。看護婦がアッシュに肩に上着をかけていた。ルークは俺がしてやろうと思ってたのにとずいと前に出た。看護婦を見上げていたアッシュとルークの視線があった。
「アッシュ」
 ルークはうれしくなって飛びつきたいのを我慢して最上の笑顔をアッシュへと向けた。アッシュが不愉快だというように目を眇めた。
「どうしてここにレプリカがいる?」
 低い声で吐き捨てるようにいいアッシュは身体を起こした。
「アッシュ?」
 覚えのある険のある声にルークの声が震える。肩からずり落ちた上着をかけ直そうとルークが手を伸ばすのをアッシュは汚いものが触れたとでもいうようにはたき落した。
「劣化レプリカが触るんじゃねぇ!」
 ルークは体が言霊にでも縛られたように硬直して動けなくなった。
「お前が何かしたのか?」
 アッシュは忌々しいというようにルークを睨みつけた。
「あ…あの…あ…」
 ルークは何も答えることができずに唇を震わせてアッシュを見つめていた。
「ルーク外に出ていましょう」
 ジェイドが硬直したままのルークの肩を抱いて外へと引きずりだした。部屋の入り口で花瓶を抱えたガイにあいジェイドはルークをガイへと引き渡した。
「しばらくはこの部屋へ入らないでください」
 ガイは花瓶を床に置くと病室へと戻ろうとするルークの腕をつかんだ。
「ア…アッシュは…」
 ルークは震える声でアッシュの名前を繰り返した。
「わかりません…今それを調べているところですから、わかればお知らせします。もちろん落ち着けば会えます。それまではガイ。ルークをお願いします。アッシュの視界に入らない方がいい」
「ああ」
 ガイはこくりと頷くとルークを離れた場所へと移動させようと誘った。
「でも…俺、アッシュの近くにいたい」
 ジェイドが首を横に振った。
「せめてここにいちゃだめか?」
 廊下なら何かあればすぐに駆けつけられる。中の様子だって伺いしることができるのだ。きっとアッシュはすぐに悪かったなんて謝りながら照れくさそうにルークの名前を呼んでくれる。その時にすぐに飛びこめるように扉の外にいたい。
「ダメです」
 ジェイドが冷たく言い放った。



++++++++



 ジェイドが帰ってくるのを待ち構えていたルークはジェイドが宿に入ってくるなり立ち上がり部屋へと引っ張って行った。ガイがあとを慌てて追いかける。
 「アクゼリュウスの崩落後、ユリアシティでアッシュに会いましたね」
 ジェイドが確認するまでもないことをルークに確認するように言った。痛みの伴う記憶を掘り起こされてもルークは肯くしかできない。
「あのあとの記憶が混乱しているようです。そのあとの出来事を事象としては理解できているようです。しかしそこにいたはずのルークに対しての記憶が綺麗に失われているようです。それで辻褄の合わない記憶となりますます混乱をしていると思われます。
 たぶんという想定ですが、その時期辺りから大爆発に対しての準備がアッシュの中で進んでいたということでしょう。大爆発を止めるという治療の結果。第七音素に対して干渉が起き、記憶が混乱しているようです。レプリカについてのみ記憶がないというのは、あなたに対して何か思うところがあったのかもしれません」
 ジェイドにそんな風に言われてもルークにはアッシュが何を思っていたのかなど知るよしもない。
「それでアッシュには会える?」
 ルークにとって重要なのはそれだけなのだ。ジェイドは当分は無理ですね、とそっけない返答にルークは力が抜けてしまい床に座り込んだ。
「おいおい…ジェイドの旦那。そんなあっさりと…」
 ルークと一緒に説明を聞いていたガイが脱力して座りこんだルークを支えながら言った。
「そのルークに対してのアッシュの記憶ってのは、つまりはあの時のまま止まっているということか?」
「ええ、そのようです。ルークもわかっているとは思いますが、あまり好意的ではない。むしろレプリカの存在に対して否定的です」
「でも…アッシュは俺のこと…」
 ルークはジェイドの言葉を信じたくなくて『好きだ』と言ってくれたと言いかけて他人に言うことではないと思いなおして口を噤んだ。
「それは過去の話です」
 ジェイドは最後まで言わなかった言葉を知っているかのように、すっぱりと切り捨てるように言った。
「過去…?アッシュは俺のこと好きじゃなくなった?」
 ルークは独りごとのように小さな声で呟いた。ジェイドは答えを求められてはいないとわかってはいたが肯定するしかできなかった。
「ええ…とはいえ脳が損傷したわけではないので何かのはずみで戻る可能性もあります」
「そっか…俺のことだけ…」
 ジェイドが驚いてルークを見返すほどルークは穏やかな声でそう言った。
「アッシュは忘れちゃったのか」
 脱力のあまりに床に座りこんだままなのにルークは穏やかに笑みさえ浮かべそうなほど穏やかな表情でそう小さく呟いた。何か吹っ切れたようにルークは立ち上がった。
「それでアッシュの大爆発はもう起きないんだよな?」
「それは間違いなく」
 ジェイドが力強く頷いた。
「これから私は音素乖離についての研究を始めます。ご協力をお願いすることがあると思います。どこかに出かけるなら連絡先ははっきりとしておいてください」
「わかった。俺もここにいた方がいいならそうする」
「残念ながら今はまだそこまで至ってません。ルークにしてはキツいことをいいますね」
 ジェイドが少し落ち込んだような表情を見せた。
「俺…そんなつもりじゃ!」
 ルークは狼狽して慌ててジェイドを信じてるからと何度も言いつのった。
「そのくらいにしておいてやってくれよ」
 ガイがルークを庇いジェイドがにやりといつもの笑みを浮かべてルークは初めてからかわれていたことに気付いた。
「ガイはもうグランコクマに戻るのか?」
「ああ…そうだな。アッシュのことは気になるができることもないんだろう?」
「そうですね。記憶は何かのはずみで戻ることもあるとは思いますが、こればかりははっきりとしたことは言えません。そのあたりのことはあなたたちの方が詳しいとは思いますが…」
 ガイは苦笑を浮かべた。アッシュに会えないのなら俺もバチカルに帰るかな?とルークは笑みを見せた。アッシュの隣以外に行くところなどないのだから…



++++++++++



 身体が覚えているのか自然と開いてしまうドアを開き、部屋を出ると隣の部屋と共同の応接室。それ自体気に入らないのだが…だらしなくソファに腰掛けているレプリカが満面の笑みで出迎えていた。
 いつもいつも応接室でぐだぐだとしているレプリカの顔がますます気に入らない。
 どうして廊下に直接でる扉を開かずに応接室への扉を開いてしまったのか。
 近づくなとオーラが出ている自覚はある。それでもにこにこと笑みを浮かべて腰を浮かせて立ち上がろうとするレプリカに声をかけないわけにもいかない。声をかけなければ構ってほしい子供のごとく飛びつかれた記憶がそうさせる。
「何か用かレプリカ」
 大人げなく声に心情が漏れてしまった。
「俺の薬を…」
 ルークは遠慮がちに要求してきた。
「お前の薬をどうして俺が知ってるんだ。自分のものくらいちゃんと管理しろ。できないのならラムダスにでも頼むことだな」
 ルークは少し考えてから頷いた。本当にわかっているのかどうか怪しい。
「そうだね。もし見つかったら教えてよ。あの…今、一緒にお茶でも飲める?」
「いらねぇ。どうしてレプリカとなどと茶を飲まなきゃいけない」
「アッシュと親睦を深めるため?」
 レプリカは女子供のように品を作って首を傾げた。伸びた前髪が揺れ翠の瞳が戸惑いながらも優しく微笑むのが見えた。ぎりぎりと歯を噛みしめる。レプリカに『アッシュ』と奪われていた間の名前を呼ばれるとどうにも落ち着かない。きりきりと脳やら心臓やらが酷く痛む。
「その名を貴様にだけは呼ばれたくないと言っている」
「だって…アッシュはアッシュだし…」
「ルークと呼べ」
「ルークが二人だと分かり難くない?」
 レプリカが子供のように首を傾げた。
「てめぇはレプリカだろうが!」
「レプリカだけどルークだし…アッシュはアッシュだからアッシュって呼ぶ」
「屑がっ!」
 アッシュはこれ以上は話をしても無駄だと言い捨てて部屋を出るために扉へと向かった。きりきりと頭と胸が痛む。知らずとこめかみに手をやってしまう。
「頭が痛いなら医者を呼んでこようか?!」
 ルークが慌ててアッシュの隣へと駆け寄ってきた。心配そうに覗き込み肩に手が触れた。思わずはたき落してしまう。レプリカが触れると音素が吸い取られていたころの条件反射だろうか?背筋に寒いものが走る。
「出かける。余計なことをするな」
 触るレプリカがいけないのだ。そんな傷ついた子犬のような顔をし、無垢なふりをしてレプリカは俺を責める。
 応接室への扉は封印しよう。間違えて開いてしまうからこんな面倒なことになるのだ。アッシュは扉が大きな音を立てるのも構わずに力任せに扉を閉め廊下へと出た。
 自身のマナーのなってなさに舌打ちをする。レプリカのことを言えない。廊下に出れば中庭が目に入った。中庭は見るも無残に破壊されてまだもとの姿を取り戻していなかった。
 レプリカに関する記憶が欠落していると判じられて、帰ってきたあの時から中庭も時間を止めていた。

+++

 大爆発を止める治療の結果記憶が混乱し欠落があると説明を受けた。ベルケンドから戻り自室へと向かう。中庭をみて懐かしいという感傷と帰ってきたという安堵、意味不明に湧き上がる感情が混ざり複雑な心境だった。中庭のベンチには朱の髪。残像のように少し色が薄い俺が座っていた。
 ---レプリカ
 オレの姿を認め、立ち上がり満面の笑みで駆け寄ってきた。
 ベルケンドから屋敷に戻って久しぶりにあったレプリカは俺の記憶しているレプリカと何かが違っていた。髪の長さが違うためだろうか?見た瞬間に心臓がとくりと跳ね上がった。危険だと本能が告げていた。
 そうだ。俺の居場所を奪った超本人で、ヴァンに騙されアクゼリュウスを崩落させた俺のレプリカ。そして俺の存在を脅かすモノ。危険でないわけがない…
 危険な存在を排除しなければと本能が告げる。剣に手が伸びた。
 オリジナルの俺がケリをつけて罪を断罪しなければいけない。そうひらめいたら剣を持つ手に迷いはなかった。

 振り上げ下ろされる剣にレプリカが驚愕していた。そのまま痛みを感じることもなく斬り捨てられればいい。という俺の思いに反してレプリカはとっさに避けた。剣が床の石を削り鈍い音をたてた。
「どうしたんだ?アッシュ?!」
 名を呼ばれてまた心臓がとくりと跳ね上がった。危険だ。心臓がこんなに痛い。またレプリカに奪われてしまう。
「しね!」
 バックステップで距離をとられたため、剣が宙を切った。
「狂乱せし地霊の宴よ!」
 譜術を詠唱し発動する。レプリカがあっけにとられた表情でこちらを見ていた。その唇が『嘘だろ?!』と泡を食ったように動くのは愉快だと思った。
「ロックブレイク」
 レプリカが生意気にも粋護陣を発動。中庭が無残にも破壊されレプリカの周囲だけがかろうじてそのままの姿を残していた。
「中庭で発動するか?!正気かよ?!」
 レプリカが額に汗を浮かべて叫んだ。もうひと押しでやれる。剣を構え直してレプリカに切りつけた。レプリカは中庭の中を必死の体で逃げ惑う。
「どうされましたっ?!!」
 騒ぎを聞きつけた白光騎士団員の影にレプリカが隠れた。
「逃げるな屑がっ!!」
「無理っ!逃げなきゃ死ぬ」
 レプリカは卑怯にも白光騎士団員の影に隠れたまま首を横に小さく振っていた。殺すためにやっているのだから死ぬのは当たり前だろうが、こいつは罪の意識というものがないのか?人の影でぷるぷると震えている姿はまるで小動物のようだった。これでは俺が弱いものいじめをしているようではないか。だいたい同じ姿でそのような情けない姿を人前でさらすとは許しがたい。
 やはり消すしかない。
「喧嘩ですか?今回はまた…派手ですな…」
 老年の落ち着いた声が甲冑の下から聞こえた。喧嘩などというものではないのだが、今彼らにそう言ったことを説明をするのは筋違いな気がした。これは俺とレプリカの問題だ。
 俺は消すしかないと思い知ったばかりだが、レプリカの抹殺を諦めざる得なかった。確かに中庭半壊はレプリカの断罪のためとはいえ少しやりすぎたかもしれない。
 知らず舌打ちをしてしまう。
「すまなかった」
 庭に対してわびを言う。けっしてレプリカに対してではないとへらりと笑みを浮かべたレプリカを睨みつけた。
「いったい何をされたのですか?ルーク様」
 白光騎士団員がそっと尋ねるのが耳にはいった。前もって聞いていた情報通りレプリカはまだルークと名乗っているらしい。これ以上庭を破壊せずに済むように足早に部屋へと向かった。

+++

 あの時の怒りとも憤りともつかない何かがまた胸を圧迫する。あれからすでに数日経つというのにレプリカを抹消する機会には恵まれずにいる。
 母上が悲しむので機会があったとしてもなかなか実行に移せそうにもないのだが…母上が最大の障害になっていた。



++++++++++++++++



 鍵付きの棚にしまわれていた瓶入りの錠剤。ラベルはなかった。封は開いており若干減っているようだった。蓋をあければチキンの香りがした。
 なにかのブイヨンだろうか?記憶にないとなればレプリカがらみのものかとアッシュはそれをもってラムダスのもとへ向かった。
 レプリカのものだというならラムダスからレプリカへと戻させよう。

 瓶をみたラムダスは表情をかえることもなく受け取った。
「チキンの香りがしたのだが…」
 アッシュが棚にあったことと香りのことなど持ちうる情報をラムダスへと掲示した。
「ルーク様のものでございます。マルクトのカーティス大佐にいただいたものだったかと…。ルーク様が食べすぎないようにアッシュ様が管理するとおっしゃっておいででした。その時に特殊な配合のものであるから間違っても他のものが口にしないようにとご注意を受けましたので覚えております」
 ラムダスはうやうやしく瓶をアッシュに返した。
「レプリカの…菓子か?」
「内容については説明されませんでしたので、存じ上げません。申し訳ありません」
 ラムダスは丁寧に頭を下げた。
「そうかわかった手を止めさせてすまなかった」
 アッシュは瓶をもって部屋に帰った。大量に入った錠剤が瓶の中でじゃらりと重い音をたてていた。何か大切なことを忘れているようなそんな気分にさせる音だった。


 菓子なら返す必要もない。



++++++++++++++++


 「味がないほうがよかった…」
 ルークはコップ一杯の水で一気に錠剤を飲み込んだ。薬がなかった間の分を含めていつもの倍を飲みこむのは若干苦労した。もちろん説明書きにはそのような説明はなかった。ルークの判断によるものだった。
 ジェイドに追加送付を頼んでいたチキン味の薬は新たにバージョンアップしましたの文字とともに味も変わっていた。あの笑みの意味はこれだったのかと受けたダメージを回復すべくベッドに突っ伏した。
「うげ〜〜っ!まだ人参の味がする…」
 甘い砂糖菓子のような香りのなかに明らかに主張する人参の味。香りは甘い香りでどことなく心をくすぐるのだが、人参の味がする。そのギャップがまたダメージを大きくするような気がする。
 もう一杯水を飲むことにした。ミントのさわやかな香りのする水で少し癒された。
「イケテナイ薬は飲まなくてもいいんじゃね?」
 そう思いつつもやはりせっかくジェイドが苦心して作ってくれた薬を無駄にはできない。それに己の命にもかかわることだ。

「もう…いいような気もするけど…」
 ルークは破壊された中庭を眺めた。
「さぁ今日もがんばりますか!」
 ルークは中庭の修繕を手伝っていた。もとの位置に石を配置するなどの力仕事ならそれなりにできるのだ。根が露出してしまった花はもとのように植える。庭師は予定外のこの大仕事にまで今は手が回らないらしく放置されてしまっていた庭を、ルークは荒れた庭をせっせともとに戻していた。治しても近いうちにまたもとの黙阿弥になることを予見しての放置かもしれないが…その予想にはルークは目をつぶった。
「何をしてる?レプリカ」
 タオラーな素晴らしいオレに見惚れたか?と額に浮かぶ汗を拭きつつアッシュを振り返れば、回廊に眉間に皺を刻んだアッシュが仁王立ちしていた。
「何って壊れた庭の修繕」
「貴様…俺に対する当てつけか?!」
 アッシュがルークのもとへと歩み寄ってくる。
「そんなんじゃねぇよ。花が枯れそうだからさ、ちょっと戻しておいてやろうとおもって。どうせ暇だし」
「暇なら少しは勉学に励んだらどうだ?」
「今日の分の宿題はやったよ」
 キツイ視線で睨まれてルークの声は覇気をなくす。アッシュは父上について仕事を学ぶのに対してルークはまだ一般的な教科を学んでいる。
「遅れているという自覚はあるのか?」
「あるさ…もちろん。身にしみて…」
 アッシュがルークの襟首をつかみあげるのでルークはとっさに逃げてしまい。言葉は最後まで言えなかった。足元にあった石に躓き体制を崩しアッシュへと倒れかかった。アッシュが受け止めてくれると腕を伸ばした先にアッシュの恐怖にこわばる顔を見た。
 体制を整えようとアッシュに掴まる手に迷いが出て宙をさまよう。伸ばした手を振り払う腕が眼前にせまり、頬に痛みが走った。
「「あっ!!」」
 互いに戸惑いの声が漏れた。ルークは足元がおぼつかないまま座り込んだ。アッシュの表情を確認するためにルークは見上げた。アッシュがルークに対して脅えを感じているのがわかった。じんじんと痛む頬より心が痛かった。
「す、すまない…」
 アッシュは己の拳を見つめながら詫びた。もちろん事故で当たったことはわかっていた。お互いに事故だった。
「俺のほうこそ悪かったよ。アッシュが…」
 アッシュの表情が嫌悪とも苦痛ともとれるようなものに変わるのを見てルークは言い直した。アッシュと呼ぶなと言われていた。自分の何が脅えさせているのかまったくわからなかった。
「ル、ルークがやめろっていうなら庭にもでない」
 アッシュが全身で存在を否定しているのがわかった。二度目のことだがやはりつらくてそれ以上その場にいることができなかった。立ち上がり足早に回廊と走った。
「ルーク様。旦那様がお呼びです。急いで執務室へとお越しくださいますよう」
 ちょうどルークを呼びに来たメイドとあった。




 何度来ても慣れない父上の執務室。威圧感を出すための扉だとすればそれは十分にその役目を果たしている。
 部屋に案内されて入ったもののクリムゾンは仕事に没頭しておりルークの存在に気づいていなかった。
「父上、ルークです」
「うむ。すまない。しばらく待て」
「はい」
 クリムゾンは書類を手早くまとめケースにしまうとルークへと向き直った。
「その頬はどうした?またアッシュか?」
 ルークは首を緩く横に振った。アッシュかと聞かれたらそうなのだが、事故だったわけだからそうだと応えるのは憚られた。
「中庭を修繕していてこけました」
 ルークの応えにクリムゾンはため息をついた。
「アッシュを庇わずともよい。あのように仲がよかったものがこのようなことになり私も悲しいのだ。朝になれば今日こそは思い出しているのではないかと…」
 クリムゾンは頭が痛いとでもいうようにこめかみに手をやりうつむいた。ルークから見ても少し疲れているように見えた。
「いいえ…父上。アッシュは思い出さなくともいいんです」
「なぜだ?お前のことだけ忘れているのだぞ。そしてあのような仕打ちを続けるのは見てはおれん」
 クリムゾンは驚いて顔をあげた。
「俺、アッシュとまた一から始めるんです」
 知らずと背筋が伸びた。そうだ俺はアッシュとまたやり直すんだ。
「また仲良くなるんです。前よりずっと仲良くだから待っててください。あのそんなすぐには無理かもしれなくて父上と母上にはご心配をおかけすると思うんですけど…」
 クリムゾンは席を立ってルークを抱きしめた。
「立派になったな。お前がそういうのならシュザンヌにもそのように伝えておこう」
 クリムゾンはルークの肩を数度叩き離れた。
「ありがとうございます。父上。あのそれで御用はなんでしょうか?」
「そうであったな。お前がアッシュからしばらく離れた方がいいのではないかと思ってな。来月にユリアシティで行われる会議に同行しないかと思ったのだが。どうするルーク?」
「俺、今は少しでもアッシュの近くにいたいんです。だから俺が出席の必要があるなら行きますが、そうでないのならアッシュのそばにいます」
 クリムゾンはそうかと笑みを見せた。
「ならば話は終わりだ。それから治癒術師を部屋へ向かわせよう」
「いえ、冷やしておけば大丈夫です。父上」
 ルークは父上の心遣いを丁寧に断り部屋を辞した。




++++++++++++++++++++++++++++




 ルークの私室の扉をノックもせずに乱暴に開けた。
「レプリカ!!貴様!公務でお出かけになる父上のお見送りにもでないとはどういうつもりだ?!!」
 部屋の住人はいまだベッドの上にいた。シーツにくるまり丸くなってひよ子のような頭だけをそこに出し叫んでいた。
「勝手に入ってくるな!!何を勝手に入ってきてるんだよっ!」
 アッシュが付けた目じりの青あざは消えて目立たなくなっていた。それがアッシュには酷く残念に思えた。
「貴様がするべきことをしないからこうやって迎えにくることになるんだろうがっ!屑が!文句を言う前にすることをしろ」
 足音も高くアッシュはベッドの脇へと寄った。ベッドの周りに落ちた白い錠剤を踏んだため、がりっと嫌な音がした。辺りには甘い香りが漂っている。先日ラムダスがルークのものだと言っていた菓子と同じ形状をしていた。
「今朝は朝食にもでねぇと思ったら、こんな菓子を食ってやがったのか?!ええ!?」
「うるさい!出て行けよ!」
 いつもなら身体を小さくしてアッシュのいうことを聞くルークが言葉も荒く抵抗したのが、アッシュには気に入らなかった。
 シーツから朱い頭がのぞいていたが、ルークはじっと下を向いたまま丸くなっていた。こちらを向きもしないことが苛立ちを募らせる。アッシュはその朱い髪を引いた。
「痛いっ!やめろよ!!」
「起きろ」
 ますますシーツを抱き込んで小さくなるルークの髪を引きベッドから引きずり落とした。
「父上は長期の公務でお出かけになる。今から追いかければ港でお見送りができる。さっさと起きて見送りに行け。こんな屑でも父上はお気に入りだからな!」
 髪を引かれて痛むのかルークが両手で頭を押さえたところで、その腕を掴んで引き上げた。宙に浮きかけていたルークの腰が途中ですとんと床に落ちた。
 アッシュの手は何もつかんでいなかった。確かに先ほどまでルークの腕を痣ができればいいと思いつつ持ち上げていたのに手の中には何もなかった。
 顔色の変ったルークがアッシュを見上げていた。翠の瞳が涙でうるんでいた。涙でうるんだ瞳がもっと俺を見ればいいのにと髪を掴み顔をあげさせた。残念ながらその瞳は瞼で隠れていた。アッシュは興味をなくしてその手を離した。
 ルークは唸り声をあげながらシーツを手繰りよせ丸まってしまう。手繰り寄せる右手が透けてその役目をはたしていなかった。すぐにその右腕はシーツの影へと隠れ確認できなくなった。
 アッシュは呆然とその様子を見ていた。

『母上には心配かけたくないから秘密にしててアッシュ。屋敷のみんなにも!』
 不意にルークの声が靄のかかったような感じで頭の中に響いた。叫ぶ現実のルークの声でそれは霧散した。

「出て行けっ!!!」
「なん…だ…?それは?」
 アッシュの声が震えていた。ルークはアッシュに体当たりして部屋から押し出した。
「出て行けって言ってるんだ!誰も入ってくるなっ!!」
 ルークはアッシュを押し出し扉を閉めた。鍵がかかる音が重く響いた。



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 後篇へつづく>>

お詫び:日数計算というか日数感覚をこちら時間感覚でやってしまったためちょっと時間の進み方が変なところがあります。一か月が60日近くって思った以上にやりずらい…
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