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+++無垢なる贄の仔+++ (ゴールはアシュルク目指して、ガイ→ルク)
+++1〜遺物の守護者の街〜



 優美な曲線の街の入り口で街に入ることに躊躇していたら、六神将アッシュに会った。何が気に入らないのか知らないが、不機嫌そうな表情で俺に声をかけてきた。キムラスカでは王族の証とされる貴色の紅い髪がたっぷりとその背に流れていた。俺とよく似た顔をしている。もしかしたら俺が知らないだけで父上の隠し子で兄とか言うのか。親戚なのかもしれない。俺はそういう席には列席を許されてなかったから知らないことを怒っているのかもしれない。目上の人に対する正式な礼はどうであったかと考える間もなく「屑が!」と罵られた。
 そしてヴァン師匠を信じた俺が悪いんだってこの人も言う。
「裏切られても師匠か?」
 吐き捨てるように言われてそれでも師匠は師匠だと思う。裏切られたってなんだよ…なんだ?ゆっくりと記憶が巻き戻されていく。思い出そうとすると何かひどく嫌な感じがする。また記憶障害なのだろうか?日記を見て記憶を整理しなければいけないのかもしれない。
 そういえばあのとき先生はなんと言った…
「お前はレプリカなんだよ」
 そうそれだ『レプリカ』だ。レプリカってなんだっけ…?
 なんだか頭がもやもやしていつもより物事が考えられないのに、アッシュは俺の理解を待つことなくどんどん話を進めてしまう。聞きとれたアッシュの言葉を繰り返すだけで精いっぱいだ。ティアがアッシュを制止しているのだがアッシュは気にも留めずに言葉をつづけていた。

 「俺はバチカル生まれの貴族なんだ。ヴァンっていう悪党に誘拐されてな!」
 レプリカという聞きなれないけれどどこかで聞いたことのある言葉について考えている間にものすごく心引かれる言葉を聞いた。
「誘拐された…バチカルの貴族…」
 キムラスカの貴色の紅い髪。近づいてよく見れば貴色の碧の瞳。
 俺と同じ顔。
 現在の俺自身に起きている記憶の混乱。いくら頭の悪いと言われている俺でももしかしてと思わずにはいられない。
「…お前は『昔のルーク』なのか?」
 可能性に縋って問うてみた。今までに俺自身がされて否定の応えしかできなかった。何度も自分自身に問うていた質問を口に出したのは初めてだった。
「そうだ」
 どうしよう歓喜が溢れてくる。体が喜びで震えてしまう。
 こんな風に応えがもらえるとは思っていなかったからなんの準備もできていなかった。日記を渡すべきか?その前にガイに知らせねば。何からすればいいのだろうか?
 その前にまたどこかへいってしまわないようにこの手に捕まえておかなければいけない。俺は目の前にある黒い外衣に両手で抱きついた。
 暖かかった。夢じゃなくて本当に生きていた。見上げた先にある顔は貴色が困惑の表情を浮かべていた。
「帰ってきた…よかった」
 心の底から安堵の声が漏れた。傍観者のティアも当事者のアッシュも呆然と立ち尽くしていた。知らずと暖かさを抱きしめたくて俺は腕に力を込めた。
「おい…?」
「みんな待ってたんだ。お前が戻るのをっ!」
「お前…レプリカだと知っていたというのか?」
 アッシュが小さく呻いた。またあの言葉だ。『レプリカ』ジェイドもアッシュも痛いものに触れているというような表情をする言葉。ヴァン師匠だけが愉悦の表情を浮かべていたことを思い出した。
「『レプリカ』って何…?お前は昔のルークなんだろ?」
 頭の中ががんがんと痛み声が聞こえた。
『こんな屑に家族も居場所も奪われたのかっ!』
 俺と同じ声、俺の前にいる人の声が頭の中で聞こえた。やっぱり昔のルークなんだ。


「ルーク!どうした?」
 ガイが二人が遅いのを心配して戻ってきていたらしい。黒衣にしがみつくルークにガイは駆け寄ってきていた。
「このっ!離せ!屑がっ!!」
 ガイを確認しようと振り返ったときにアッシュに振りはらわれてそのまま後ろへと投げ出され座りこんでしまった。
「ガイっ!!昔のルークが還ってきたっ!!」
 つい子供っぽいはしゃいだ声になってしまった。女性の前で少しみっともなかったかもしれない。
 ガイに大切なことを伝えたら、手の中の温もりが消えてしまい。また昔のルークが消えたのかと不安になって慌てて黒衣の端を握りしめた。
 ナタリアに知らせないときっと喜ぶ。父上と母上にも知らせなければ…
 違う。もっと大切なことがあった。
 混乱したままアッシュの黒衣を握り占めるルークをガイが抱きとめていた。
「どうしたんだ?ルーク」
「昔のルークが還ってきたんだ。ガイっ!これでみんな安心する。喜ぶし…俺も…よかった!!」
 鼻の奥がジンと熱くなってしらずと目から涙が零れた。ガイが見上げてアッシュを確認して驚きの表情を浮かべた。もっと喜べばいいのに、ガイはティアの前だからきっと格好をつけてるんだろうと思う。昔のルークに抱きついてくれれば俺だって手を離せて両手が使えるのに…どうして俺を受け止めているんだろう。
 夢のときのように手の中をすり抜けて逃げられるより早くに、日記を早く昔のルークに渡さなきゃいけないのに。ガイは意外と抜けたところがあるんだ。
 ああ…でも約束覚えててくれたんだ。それはうれしい。



+++++




  
+++2〜遺物の守護者の街2


 雨の中で遠目で見たときも不思議だった。キムラスカの貴色を纏った六神将鮮血のアッシュ。遠目にもルークと似すぎていると感じていた。
「アッシュは…ルークだと言うのか?なら…」
 ガイは己の腕の中にいるルークはなんだというのだと困惑の視線を交互に向けるしかできなかった。今腕の中にいるルークは間違いなく赤子のようだった子供からずっと一緒だったルークだった。
「劣化レプリカが!!離せって言っているのがわからねぇのか?」
「だってまたどこかへ行ったら困る」
 ルークはそういいながら開いたほうの手で荷物入れからノートを取り出した。
「貴様に用がある。用件が済むまではいるから離せ」
「ちゃんと還すって!」
 ルークは仕方ないなというように苛立ったように叫んだ。かみ合わない会話などそっちのけで二人は子供のように離せ還すと言い合っている。
 ルークは唇を尖らせ不満ですと言いたげに日記をアッシュに差し出した。
「他のは屋敷にあるからな!」
「なんの本だ?」
 アッシュが何が言いたいのかわからないというように見下していた。正体不明なものには触れるものかといいたげにアッシュは手を延ばさなかった。
「おい…ルーク?」
 ガイがその大切な日記を差し出している理由が分からずにますます困惑する。交換日記でもするというのだろうか?
「母上が喜ぶ顔が見れないのが残念だなぁ…」
 ルークは心底残念そうにそう小さく呟いた。ガイがぎょっとしたようにルークを見た。ルークは分厚い表紙の本にも見える日記を揺れる瞳で見つめていた。
「何か言ったか?レプリカ」
 アッシュがルークの呟きを聞き洩らし尋ねた。
「だから日記。受け取ってよ!」
 ルークはアッシュに日記を突き出していた。ガイがそのルークの腕を引こうとして宙をかいた。ガイは何か言い知れぬ不安を覚えていた。ルークが泣きたいのを堪えて笑顔を浮かべている。消えてしまいそうな儚い笑顔。回りの人に『思い出しましたか?』と聞かれたときに浮かべる表情だった。いつもなら「ごめんね」と小さく呟いて首を横に振る。




 いつだったか夜泣きをして横について一晩明かしたことがあった。あのときにルークは震えながら聞いたことがあった。
「記憶が戻ったら俺は消えちゃうんだって…消えちゃうってどんなの痛い?」
 昼間に医者に聞いた話がよほど怖かったのだろう。それで夜泣きとは余計な話を子供に聞かせた医者に怒りを覚えた。
「痛くありませんよ。今だって痛くないでしょ?」
 痛いのが怖いのだろうとガイはルークの髪を撫でつけてやった。ルークはこくりと頷いて痛くないのかとほっとした様子だった。ガイは震える子供を抱きしめて同じベッドにもぐりこんだ。
 小さな子供の体温は暖かくお互いに安心できた。ルークの震えが治まるまでその頭を撫でつけていた。
 明け方まではまだ少し時間があってガイはうつらうつらと船を漕いでいた。
「還ってきたらガイはうれしい?」
「もう寝ましょう…ルーク坊ちゃま」
 ガイはぽんぽんと宥めるようにルークの胸を叩いた。
「消えちゃうのはちょっと怖いけど…仕方ないんだよね…」
 また少しルークが身じろぎをした。声が小さくて聞き取りにくいがまだ怖いのだろうルークは震えていた。
「痛くないですよ」
「うん…その時もガイがぎゅってしてくれる?」
「ええ…しますとも、早く寝ないと明日の朝起きれませんよ」
「うん…ならいいや。ガイがぎゅってしてくれるなら…いい…」



 腕の中の子供の体温はあの時と変わらずガイの両腕の中にあった。何かの符合のようにガイには感じたがそれが何なのかははっきりとはわからなかった。

 ルークはアッシュの手の中、ずいと力いっぱいに押し込んだ。反するようにガイはルークをアッシュから引き離すように力強く抱きしめた。いつの間にこの子供はこんな力強くなったのか。ルークはガイの抵抗を気にすることなくアッシュの手の中に日記を押しこんでいた。
 
「ダメだ!!受け取るなっ!!」
 ガイは喉が張り付いているような気がした。何かとてつもない魔物を前にしたような緊張感で声が声にならない。

 ルークを引きよせてぐらりと傾いできたルークを受け止めた。ルークの朱色の髪の向こうにアッシュの手の中に治まる日記が見えた。抱きしめた子供はぐったりとガイに身体を預けたまま身じろぎひとつしなくなった。

「ルーク?」
 ガイは腕の中のルークを覗き込んだ。ぽっかりとあいた空洞のような瞳がガイを映していた。
「ルーク?!!」
 ガイはルークの肩を揺すったが人形のようにぐらぐらと揺れるだけで、笑みを返すことも迷惑そうに怒鳴ることもなかった。
「ルーーーークッ!!!」
「どうした?レプリカ?」
 日記を手渡されたアッシュは呆然と二人を見下ろしていた。



++++

 


+++3〜無垢なる贄の仔〜



 澄んだ翠の中に覗き込んだ己が映っていた。先ほどまで子供のように喜びを湛えていた瞳はガラス玉のようにつるりとして深い黒が広がっていた。
「何が起きたんだ?」
 手の中に公爵家にふさわしい上製本のような日記帳が押しつけられたとたんにレプリカは人形のようにガイの腕の中に崩れ落ちて行った。悲鳴のようなガイの受け取るなという忠告も言い終える前にことはなされてしまっていた。
 ガイがその透明な瞳にこれ以上映してやるものかと言いたげに、レプリカの瞼をそっと指先で下した。まるでどこかの姫君にするようにそっとそれは行われた。揺さぶられて乱れた髪も丁寧に撫でつけて整える。そうするとただ眠っているように見えた。
 あのガイがうろたえてレプリカに縋りついている。答えを返してくれそうな人はここにはいなかった。親が子を呼ぶような悲しい叫びがユリアシティに木霊していた。
「何があったのです?」
 マルクトの軍服を着たジェイドが規則正しい足音を立てながらこちらへと向かってきた。部下がいれば『現状報告を』と冷たく言われてしまうところであろう。
 ガイの腕の中で横たわるレプリカを物を見るように確認し、それからこちらを見つめた。
「とうとう殺って(やって)しまいましたか?」
「してねぇよ…」
 手の中にある重い日記帳のやり場に困る。何を知っているのか知らないが訳知り顔のこいつに向かって角が頭にくるようにいっそ投げつけてやろうかと手探りで角を確認した。さすが公爵家仕様だ角に補強の金具がついている。
「なにがあったかこっちが聞きたいくらいだ」
「それはルークの日記ですね」
 そういうときの瞳の色が少し変わった。こいつがこれがほしいならば投げてくれてやるのは少し癪に触るので投げつけるのはやめておいた。ジェイドはアッシュが日記帳を掴みなおすのを眺め、鼻で笑いガイに向き直った。
 投げつけずに角で殴りつけてやればよかった。
「アッシュに何かされたのですか?」
「何もしてねぇって言ってるだろうが」
 ガイが答えるより先にアッシュは否定した。ガイがティアを見上げた。ティアは首を横に振った。
「言い合いをしているようにしかみえませんでした。そんな風に倒れるようなことが起きたようには…」
「さて、ルークに何か病でもありましたか?ガイ」
 ジェイドは勿体をつけた様子でガイに向き直り質問を続けた。
「ないと思う。幻聴と頭痛くらいで…」
 アッシュはそれは『ある』というのではないだろうか?と嫌疑の視線をガイへとむけてしまった。人の生存において一番重要な脳になんらかの異常を疑うべき症状だ。それを『既病なし』と断言されている。少しレプリカを気の毒に思った。
 先ほどガイはそんな既病のあるレプリカをかなり激しく揺すっていなかったか?アッシュはぐったりとしたレプリカを見下ろしながら、ガイはまだ復讐を諦めていなかったのかとますますレプリカが気の毒になった。
 このままここで押し問答していても埒があかない。それにレプリカといえでもいつまでも転がしておくわけにもいかない。たとえそれが座り込んだガイの腕の中であったとしてもだ。
 アッシュは屈むとガイにもたれかかったままのレプリカに腕を伸ばした。
「おい…なんだ?」
 ガイが不信そうにアッシュを見上げ、ルークを抱える腕に力を込めた。
「いつまでこんなところに座り込んでいるつもりだ」
 ジェイドはルークを間ににらみ合うガイとアッシュをそのままに情報を集める。
「ティア検査機関はありますか?」
「あまり専門的なものは…」
 ティアは不安そうに瞳を揺らした。
「ではタルタロスの医務室に運んでください。そこそこの医療機関には負けない設備になってます」
 アッシュはルークを抱えあげタルタロスへと足を向けた。
「ルーク!」
 ガイがまとわりつくようにあとを追った。


+++++




+++4 無垢なる贄の仔2



 「検査結果は異常なしとしか言えません」
 タルタロス内の簡易なベッドに横たわるルークをジェイドは見下ろし言った。回りには心配そうなナタリアとガイがそばについて座っていた。そしてアッシュが一歩離れたところに立っていた。
「それはレプリカとしての検査結果か?」
 アッシュが確認をとった。
「ええ。あなたの申告に従ってレプリカを前提としての検査と考察をしましたが、このような症状を起こすような要因は見当たりませんでした。完全同位体などという場合など前例がありませんが…完全同位体というなら被験者と同じということです。人間と変わりないということなのですよ。なので彼の場合はあまりレプリカということを鑑みる必要はありません」
「じゃあどうしたっていうんだ?ルークは!」
「それなのですが、あとは心的要因かもしれません。ルークはレプリカだとは知らなかった。それをあのようなことを起こしたあとに知りその事実に耐えられなくなった。としか考えられません」
「ルークは逃避しているだけということですの?」
 ナタリアは指先で驚いたように口元を隠した。しかしこの声の冷たさまでは隠しきれずにいた。
「まぁそういうこともありうるということです」
「いやまて」
 ジェイドの言葉をアッシュがふと思い出したかのように止めた。
「ガイあの時お前はこの日記を受け取ることを止めたな。なぜだ?」
「え?」
 ガイはルークの手を握りしめたまま不意に声をかけられて驚いて顔をあげた。
「いや…あのときはとっさのことで…」
 ちらりとナタリアのほうを窺ってまたルークの手を強く握りしめた。
「言いたくないのならよい。これを読めばこの屑の考えていることぐらいすぐにわかるだろうさ」
「まぁルーク、人様の日記を覗き見るのは感心できませんわ」
 ナタリアの言葉にアッシュはうんざりとした表情を見せた。
「…何度もいうようだが、俺はアッシュだ。それにこれはレプリカから託されたのだからな。オリジナルの俺が見るのになんの問題もない」
「そりゃお前に託したさ。ルークは…だけど…それは…」
 ガイが遣る瀬無いというように言葉を飲み込んだ。縋るようにガイはルークの腕を擦り名前を呼んだ。
「ルーク!目を覚ませ!お前朝が弱いにしたってもう夕方だぞ!寝すぎなんだよ!!大丈夫お前は消えてない!消えてないから目を覚ましてくれ!」

「消えてないとはどういう意味ですか?」
 ジェイドがガイの肩に手をおいた。ガイは再びちらりとナタリアをみて口を噤んだ。
「ガイ。私のことは気にせずにおっしゃって。ルークがなぜ目を覚まさないのかがわかるかもしれませんもの」
「ナタリア殿下申し訳ありませんがしばらくイオン様とご一緒にいていただいてもよろしいですか?」
 隣室にて休憩をしているイオンとティアのもとへとジェイドは進めた。ナタリアは少し不満そうにしていたがナタリアがいる限り話は進みそうもなかった。わかりましたとナタリアは理解をしめしあとでご説明くださいませとアッシュに言ってから部屋を出た。
 ナタリアが出てドアが閉まる音を聞いてガイはほっとしたように座りなおした。
「ナタリア様だけが悪いんじゃないんだ。ルークは10歳の時に誘拐をされて記憶をなくしたって話はしたよな」
「ええ…レプリカなのでしたら記憶どころか生まれたての赤子同然だったでしょう」
「ああ…まさしく生まれたての赤子だった。だけど屋敷のものたちはしらない。当然俺も知らなかった。だからさ「思い出したか?」って口を揃えたように聞いてた。今はもう戻らないだろうって諦めもついてたりしたけど、やっぱりいまだにことあるごとに「思い出したか?」って聞くんだ」
「それがどう…」
 アッシュが聞くのは当然だろうとナタリアや屋敷のものたちへ理解を示した。
「俺もそうだったんだけど、あのときふと思い出したんだ。まだルークが言葉を理解し始めて間もなかったころだよ。夜泣きが酷いころがあったんだ。そのときルークが医者に教えられたんだろうな『記憶が戻ったら消えるって、消えるのは痛いのか?』って聞いたことがあった…俺もまだそのころはよくわかってなかったから。痛くないって答えたような気がする」
「おい…それって」
「記憶が戻れば今のルークは消えると思っているということですか?」
「たぶん…あの頃の言葉をいまだに信じているとしたら」
「レプリカなんだぞ。そんな記憶喪失の間のことは昔のことを思い出したら消えるなんてことあり得るわけねぇだろう…」
「でもルークはレプリカだとはしらない。ルークには『昔のルーク』と『今のルーク』しかない。そして回りの望んでいるのは…」
「『昔のルーク』」
 ジェイドは痛ましいものを見るようにルークを見下ろした。
「そう信じている。『記憶が戻ったか?』ということはルークに消えろって言ってるのも同意語だったんだ。なのに…7年間みんなで消えろと言い続けてた。ルークもそれが一番の目標だった」
「目標だと?」
 アッシュが呆れたようにそんなものが目標になどなるわけがないと大げさにいうなとガイをにらみつけた。
「ああ…だから忘れてしまう勉強はあまり熱心にはしなかったし、身体が覚えているであろう剣術ばかりを一生懸命にやっていた。昔のルークが還ってきたときに歩行で苦労しないようにってな。あいつ歩くのに苦労したから…」
 ガイはルークの顔に崩れてかかった髪を掻きあげてやった。
「この屑レプリカが!!どうやったらそんなくだらねぇ考えに!!」
「あの屋敷でずっとそう言われて育ったら、だ…」
 ガイはルークの頬に落ちてしまった雫を指で拭っってアッシュを振り返り睨みつけた。
「過去の『ご立派な昔のルーク様』に囚われて時間は止まったままのファブレ家にだ…満足か?ご立派な昔のルーク様」
 アッシュはルークの襟をつかみ上げた。
「くだらねぇ!過去への執着じゃねぇか!!」



++++





+++5 無垢なる贄の仔3



 ルークの襟もとを掴み上げて、アッシュがその顔を覗き込むもルークの瞼は開けられることはなく。同じ顔が眠った顔と生きている顔が鏡のように近い距離で向かい合っていた。
「くそっ!」
 アッシュが反応のないことに苛立ちその手を下した。
「それにしてもレプリカだって?なんだよそれは…」
「偽物、紛い物ってことだ。俺であって俺でないもの。よくできていたから誰も気づかなかったんだろうが」
 ガイの呟きにアッシュが応えた。
「偽物…?結局は人なんだろ…」
「ええ。身体を構成する音素が人とは違うものですが…世の中には音素の構成が違う人もおりますので…人と言えるんじゃないんですか?」
 ジェイドはちらりとアッシュを見た。アッシュが忌々しそうに舌打ちをした。
「どこまで知ってやがる。死霊使い」
「いえ。確かルーク・フォン・ファブレは稀なるローレライと同位体であると噂を聞いたことがあるだけです。ならばレプリカはかなりローレライの同位体に近いと予想できるだけです」
「俺はローレライと同位体で、こいつとは完全同位体だと聞いている。」
「それはまさしく奇跡ですね」
 ジェイドは興味深げにアッシュを見つめた。
「何が奇跡なものか、こいつが化け物なら俺はもっと化け物だってことだ。それだけのことだ」
「そう呼ばれたことがおありで?」
 自嘲してそう吐き出したアッシュにジェイドは現実を認められない馬鹿者を相手する必要はありませんよ。と付け加えた。
「そんなことを言われたのは初めてだ」
 アッシュは自嘲しようとしたのが失敗して眉を寄せた。泣きだす前のような表情であった。
「アッシュもつらい目にあったんだな」
 ガイがルークにするのと同じように、アッシュの頭を抱きかかえた。
「な、何をする!ふざけるな!」
 アッシュは慌ててその腕の中から抜け出した。下を向いていたが隠れていない耳が紅い。
 ガイは何もない腕の中をさみしそうに見た後、眠るルークの顔を覗き込んだ。そしてアッシュと見比べた。
「偽物なんかじゃない。俺にとってのルークはこいつだ。お前じゃない。お前はアッシュだろ?」
「俺はルーク・フォン・ファブレだ。その事実は変えられない」
「ああ。だが今はアッシュだろ?それは俺の育てたルークと同姓同名の久しぶりにあった幼馴染の名前だ」
「今も幼馴染と呼んでくれることには礼を述べよう。だが、これのことは別だ。これは俺のレプリカだぞ」
「だからなんだよ。ルークじゃないか。あの過去に縛られた家で過去に縛られて身動きができなって未来を否定し続けることが、どんなに愚かしいことかということを身をもって俺に教えてくれたのはこいつだ。お前じゃない」
 ガイに力強い視線で見つめられてアッシュはたじろいだ。
「それでガイラルディアは復讐を諦めたとでもいうつもりか?」
「ああ…ヴァンから聞いたのか?…過去に縛られてて数多くある選択支をひとつしかないだなんて思いこむほど馬鹿なことはないさ。俺は俺のやりたいことをする。もちろん復讐を選ぶって手もあったがな。ルークがいなくなることは選べなかったんだよ」
「こいつはルーク・フォン・ファブレであって、お前のレプリカかもしれないが。アッシュお前自身じゃない。別の他人だ。そりゃ少しは繋がりが他よりはあるかもしれないがな」
 ガイが胸を張りアッシュを正面に見た。
「7年育ててきた俺とルークとの繋がりに比べれば大したことじゃないんだよ」
 アッシュはガイに言い切られて言い難い敗北感を味わっていた。



++++


 


+++6 無垢なる贄の仔4


 「ガイの自信を打ち砕くようで申し訳ないのですが」
 ジェイドが二人の間に割って入った。
「なんだ?」
「アッシュにルークとの同調フォンスロットでの説得をお願いしたいのです。この引きこもりを引きずりだしてきてください」
「ああ…その手があるか」
 アッシュがにやりと笑いガイを見た。勝ち誇ったアッシュの眼にガイは苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「まぁそれくらいは譲ってやるさ」
「負け惜しみか」
 いったい何の勝負をしているのかわからないが、二人は子供のように剥きになって言い合っている。
「ただし危険な方法だということを言っておきます。フォンスロットを繋ぎあなたが巻き込まれて戻れなくなる可能性もありますよ。別に私は彼が眠ったまま衰弱死しても構わないのですが…」
「衰弱死…そんなのはダメだ」
 ガイが叫んだ。
「と彼がいうものですから…それにまだルークは親善大使なのでできれば意識のある状態でキムラスカにお返ししたい。ルークが目を覚ましたとしても待っている現実は地獄でしょう。こちらの都合だけで起こして差し上げるのは酷かもしれませんよ」
「まったく。どこまでも嫌味な奴だな。多少の危険は承知している。地獄が待ってるかどうかはレプリカが決めるといいことだ」
「危険を覚悟の上で起こすと?」
「ああ。俺はこいつに用があったんだ。このまま無視を決め込むのは許さねぇ。それに何かあればお前が何か手を打つんだろう?」
 アッシュは俺達はヴァンを止めるには有効な駒だ見捨てるとあとで臍を噛むぞと、悪役張の笑みで言った。
「できるだけのバックアップはしましょう。アッシュ、あなたがルーク、あえてレプリカと言いましょう。レプリカをあなたの複製品や模造品などというような認識しか持ち得ないのならルークを目覚めさせることができないでしょう。それゆえにこの方法を実行させません」
「わかっている。こいつはもうすでに別のルークだというんだろう。ああ、確かに俺はレプリカっていうものは俺のモノであると教えられてきたし、そうだと思っていた。いいように使える駒だってな。だが実際には全然使えねぇし俺の言うことだって聞きやしねぇ。ヴァンが使えて俺が使えねぇはずがねぇと認めたくなかっただけだってこともな。
 フォンスロットを繋いだことだってあるんだ。こいつのことだって多少はわかるつもりだ。俺だってそこまで馬鹿じゃねぇよ。だが。言っておくがガイよりは俺のほうがコイツとは浅からぬ縁がある」
 ガイが受けて立つと言わんばかりに睨みつけた。
「理解してくれていることはわかりますが…最後の言いたいことがよくわかりませんね。つまりは家族だと言いたいということですか?」
 ジェイドは眼鏡を指で押し上げた。疲れたような溜息付きだった。
「…すこし違う気がするが…まぁいい」
 アッシュは考え込むように天井を見上げたが、的確な言葉が見つからなかったらしい。



++++




+++7 思い出の場所 1


 見上げればどんよりとした紫の空が頭上を覆い。足元には紫のどろどろとした海が打ち寄せていた。
 ああ、ここはアクゼリュスが落ちたクリフォトだ。とルークはぼんやりと思った。空から音もなく芥のごとく落ちてくるかけらを見ていた。遠くに落ちたものは音もなく海へと沈んでいく。そのためなのか打ち寄せる波が時折大きくなる。近くに落ちたものは大きな音を立てて濁ってたくさん飛沫をあげ、やはり沈んで行った。波が大きく揺れるとざっぱりと音が大きく、小さく揺れるとちゃぷんと小さく。
  それ以外は音がなかった。あの時大きな音が怖く感じたのとそれを宥めるかのような打ち寄せ揺れる音が不思議だったのでよく覚えている。
 世界は綺麗なばかりではなく、こんな恐ろしいところもあったのかとあんぐりと口をあけて見つめていたら侮蔑の言葉を投げかけられたんだった。
 ルークは自分の手を見た。小さな手、懐かしい子供のころの白い服、丈の短いパンツからは素足が見えていた。
 ああ、これは夢か。現実の身体は大きくなってもどういうわけか夢の中の自分の体はさほど大きくなったことがない。昔に比べれば立つことも歩くこともできるようになったという違いがあるくらいだった。だから小さな手をみると夢だなと判断できた。
 いつもなら鏡に映ったようなもう一人の自分に問いかけるのだ。
「お前は昔のルークなのか?」
 そう問いかけると自分にもその問いが聞こえて首を横に振る。
「違う。まだ消えなくてごめんなさい」
 鏡に映ったもう一人の自分からも同じ返事が返ってくるだけのそんな夢だったはず。

 そうだ!応えをもらったのだった。天から降るようにその声は木霊する「そうだ」力強くその声は確かにそう言った。バチカル生まれの誘拐された貴族だと。貴色の紅い髪に碧の瞳で肯定した。
 どうして消えていないのか…小さな自分の掌を見た。消えるような兆候もない。今までの記録の日記だって昔のルークに渡したから自分にはもう残っていない。
 ふと目の前の景色の中に泣き叫ぶ声が聞こえた。少し先の岩場に子供がしがみ付いていた。助けなきゃと思うと同時にこれは前にあったことだと認識をした。
「そっか…日記に書いてなかった」
 アクゼリュスについてからのことはまだ日記に書く前だった。そして気がついてからみんなに、しでかしたことを責められた。とても日記を書く気分になれなくて、そのままだった。だからこの罪は俺のものとして残っているということなのだろうか?
 こんなもの残すことにならなくてよかった。でも全部消えちゃうんだから消えてしまえばよかったのに…それとも罪は償わなければいけないのだろうか?ずっと胸の奥の方がぎゅっと何かに握りしめられたように痛い。これは消えるための痛みなのかと思っていたが違うのかもしれない。
 ガイの大切な音機関を壊したときに、ガイにごめんなさいと謝りの言葉を述べることを習い。そして音機関を二人で治した。見た目はいびつになったが、もとのように動くようになってガイはうれしそうにありがとうルークと笑ってくれた。
 きっとそういうことなのだろう。ごめんなさいと言って、助けて元に戻してそうすればきっとガイが言うように消えて、それで痛くなくなるんだろう。
 ルークは泣いている人を助けるために岩場へと向かった。ルークに気づき腕を伸ばしてゆらゆらと振っていた。この海にまた腕を突っ込むのは勇気がいった。前の時は知らなかったからできたことだ。海に触れる前に痛みを思い出して身体が震える。でもこの人も同じ苦しみをそれ以上の苦しみを味わっているのだから頑張らなくては。
 ルークは海に腕をつっこ突き出された腕を引いた。沈んでいく腕を必死に引き上げようとした。縋る手の爪が腕に食い込んで痛みが増す。瘴気の海はルークの肌を焼く。縋る腕の同じように焼けている…怖い。
 徐々にその力が弱くなっていくのがわかって、ますます恐怖心が募る。あの時も助けられなかった。わけのわからない叫び声をあげてがむしゃらに腕を引いた。不意に軽くなってルークは投げ出され尻餅をついた。
 両手には虚しく掻きむしられた傷跡と瘴気に焼けただれた肌が残った。
 あのときは爪跡なんかなかったのに…あれは波に揺られた死体の残骸だった。本当のことを知っているのに助けたいという願望がまたあさましい幻を創っている。
 ルークは助けたい誰かいないのかと泣き叫んだ。沈む行く腕にもしやと縋っているのはルークの方だった。
 助けられない。それでも変わらずに瘴気の海は波の音を繰り返していた。また泣き声が聞こえた。ルークはふらふらと声のする方へと歩き始めた。

 助けなくっちゃ…



+++++++++++









+++8 思い出の場所 2 


 いつもよりざらりとした膜を通り抜けるような感覚をアッシュは覚えた。鑢で薄く削り取られるような不快感を抜けてルークの元へと急いだ。
 暗い世界の向こうには毒々しい紫色のどんよりとした空と海が広がっていた。先ほど抜けてきたクリフォトの景色だった。その淵に紅い髪の子供が立っていた。ちょうどレプリカを作ったころの姿のルーク・フォン・ファブレが立っていた。
「ルーク」
 呼びかけてもそれには気付かないのか、じっとルークは海を見つめておもむろに海へと腕を突っ込んだ。クリフォトの海に腕など突っ込めばただでは済まないと思ったが、ここはイメージの世界だから知らなければ怪我などはしないだろうとアッシュは慌てて止めることはしなかった。
 アッシュからは見えないが何かを引っ張っているようだった。そのうち悲鳴に似た叫び声をあげてがむしゃらに引き上げようと奮闘していた。
 アッシュは駆け寄った。アッシュがルークにたどり着く前に、それは失敗したのかルークは障害をなくして反動で尻餅をついていた。
 その両腕には掻きむしられたような爪跡と瘴気で焼けただれていた。イメージなのに痛むのだろうルークは堪えるように唇を引き結んでいた。この馬鹿は痛むことをしっていて腕を突っ込んだということだった。噛みしめた唇からも血が滲み、悲鳴と叫びと悔しさすべてを飲みこもうと噛みしめていた。アッシュは思わず舌打ちをした。
「おい!何をしている?」
 アッシュの声には気づかないのかルークは顔をあげるとふらふらとした足取りでまた淵へと歩みよった。
「助けなきゃ…」
 ルークは再び波間へと腕を突っ込み、焼けただれる腕の痛みはすでに悲鳴ではなく獣の唸り声のように聞こえた。
 アッシュはルークを抱き上げて海から腕を上げさせる。ルークはアッシュの腕の中で抵抗して暴れた。海の中からルークを引き寄せようとする抵抗もあり、アッシュはルークの名前を何度も呼んで彼の意識を己へと向けさせようとした。
「ルーク!俺がわからないのか?!」
 ルークの腕に爪を立てて海へと引きずりこもうとしていた手が外れて波間に消えていった。ルークの引き裂かれた皮膚と焼けただれた腕が痛々しい。
「だめだ!助けるんだ!俺は助けたい…っ!!」
 アッシュは後ろ抱きの力を込めてルークの背中に顔を押しつけた。
「ルーク…もう助けられないんだ」
「嫌だ!いやだ!!俺は助ける!俺は償うんだから!!」
 ルークは小さな手足を振りまわしアッシュの腕の中で暴れた。アッシュはルークの子供のような少し高い体温を感じていた。
「あれは過去になった。もう今からは変えられない。ここは現実じゃないのはわかってるんだろう?ルーク…?」
 そのとき初めてルークは自分以外の存在に気づいたとでもいうように、振りかえった。
「誰?」
「俺は…アッシュだ」
 アッシュはルークを抱きしめる腕を緩めて、ルークの足を地面へと付けて立たせた。アッシュは膝をついたままルークと視線を合わせた。
「昔の俺…どうしてここに…?」
 ルークははっとしたようにアッシュを見つめた。
「俺…消えなくてごめんなさい。まだ日記に書いてなかったから…俺、悪いことしたからそれで償いってのをやらないと消えないみたいなんだ…やっぱりそんなの迷惑だったよな。がんばってすぐに償いを済ませるからな!」
 ルークは踵を返して海へと向かい、屈みこみ海へと腕を差し出した。痛みの記憶がその行動を躊躇させるのか水面へと指先が入る前に腕が一瞬だけ怯んだ。アッシュはその隙をつき、ルークの腕を掴み先ほどと同じように抱き込んだ。
「何をしてる?!」
「どうして?俺が償いを済ませないと消えないんだ。お前が還ってきたときは俺は消えるって!俺は消えないといけないんだ…だから…」
「償いだと?」
「だって俺は師匠の言う通りにできなくて、失敗して…だから崩落してたくさん死んじゃったって…俺が失敗したからっ!!俺が消えなくてずっといたから失敗したんだ。昔のルークなら失敗なんかしなかったっ!!もっともっと努力して昔を思い出して消えてたらこんなことにはならなかった!!だから助けるんだ!ここにいる人を助ける!」
 ルークは海へと振り続ける大地のかけらに腕を伸ばし叫んでいた。小さな身体で精いっぱいに助けようとしていた。
「ルーク…ここにいる人は助けられない」
「嘘だ!俺は助ける」
「本当はわかっているんだろう?ここにいる人達はもう助けられないってことを…」
「ヤダ…そんなことない」
 ルークは緩く頭を振って力なく否定する。
「だったらどうやって俺は消えるんだよぉ…」
 大きな目から涙が溢れ零れた。アッシュはルークの零れる涙を大きな掌で拭ってやる。ずっと自分の居場所を奪ったというレプリカを憎んでいた。この手で消し去ってやろうと思っていた。それは大きな間違いであったことはわかったが、どうしてこんなに悲しい生き物になっているのだろう。
 『ルーク・フォン・ファブレ』は呪いの名前だとでもいいのだろうか?いやそれでもアッシュは少なくとも幸せだと感じたことはあったし、生きていたいと思ってそれを手放したはずだ。こんな風に消えるためだけに生きたことなどなかった。
 大きな掌が顔面にあるためにルークの瞳は瞼で隠されていた。掌が大きすぎてかなりあらっぽいしぐさになってしまった。頬がこすれて紅くなってしまった。余計に痛々しくしてどうするんだ。アッシュは自分を叱咤した。掌をのけて瞼が開かれ、その翠の瞳は宙を落ちる大地に注がれている。
 アッシュを越えて遠くを見る瞳、それがさみしくなってしまう。
「頼む。俺を見てくれ…」
 アッシュは再びルークと視線を合わせた。
「見えてるよ、滲んで見えずらいけど昔のルークは見えてるよ…」
 大きな潤んだ瞳になんとも情けない顔をしたアッシュが映っていた。
「来てくれてありがとう…」
 ルークが少し辛そうに眉を寄せて言った。


+++++




+++9 思い出の場所 3 



「助けてくれ…」
 ふいにその言葉がアッシュの口から零れた。
「助ける?昔のルークを俺が?」
 ルークは驚きのあまりに涙が止まってしまっていた。アッシュも己の言葉を信じられない様子で何を言ったのか確認するようにもう一度繰り返した。
「俺を助けてくれ」
 ルークのきょとんとした顔が姿に相応した表情に思えた。
「ああ…」
 力強く頷きながら、こいつの笑顔が見てみたいとアッシュははっきりと自覚した。ヴァンの策略にはまって力を使ったと聞いたときは己のレプリカの不始末をしりぬぐいしなければいけない。と思っていた。そのためにヴァンではなくアッシュの手駒として使うつもりでここまで来た。
 馬鹿なら馬鹿なりに使ってやろうとそんなヴァンと同じ轍を踏むところであった。アッシュの全く予想しなかった行動に出たレプリカに振りまわされてばかりだ。
 だが、それも悪くないと感じていた。
 手を掴もうとしてその傷がまだ血を流していることに気付き、ルークの口にアップルグミを突っ込んだ。何の疑問も持たなかったのか、もぐもぐとルークは咀嚼している。
「そのためには起きなければ…この夢から出て」
 アッシュはルークの手を握り立ち上がった。
「またお前、どこかへ行くのか?」
 ルークが不安そうに見上げた。
「お前と一緒に行くんだ」
「一緒に?」
「しばらく目を閉じていろ」
 ルークの不安と疑問を浮かべた瞳をアッシュは掌で覆い隠した。
「目をあけていいぞ」

 クリフォトの海も空も一瞬のうちに消えて辺りは暗い。
「昔のルーク…」
 ルークは不安そうにアッシュを見上げる。
「ここは俺の中だ。わかるか?外が感じられるだろう?」
 ルークは外へと意識を向けているらしい。驚いた声で「昔のルークがいる」と呟いた。鏡に映るように立っていたためルークはそれをみて驚いている。
 アッシュは視線をベッドで眠るルークの身体へと向けた。
「え?俺がいる…?俺は消えるんじゃないのか?」
「お前と俺とは違うって言っただろ?」
「だって…昔のルークだって言った」
「ああ。けれどお前じゃない。俺はアッシュだ」
「…」
 ルークはじっと眠るルークの姿を見つめていた。アッシュは鏡に映ったアッシュへと視線を動かしてやる。
「アッシュ?」
 ルークは鏡に映る姿に声をかけた。
「ああ」
 ルークはアッシュの顔を見上げながら『アッシュ』と繰り返した。
「おれはアッシュでお前はルークだ」
 ルークはこくりと頷いた。ガイのルークを呼ぶ声が二人に聞こえた。
「ガイが泣いてる…」
「ああ…お前が起きないと涙の海でおぼれるかもな…」
「そんなの…」
 ルークの瞳は困惑で揺れる。
「お前のために泣いているのだぞ」
「昔のルークがいるのに?ガイがなんで泣くんだ?」
「それはガイに聞け」
 ルークは自信が持てないのかその視線はふらふらと揺れていた。
「お前には俺がいる。俺にはお前が助けてくれるのだろう?」
 ルークの瞳がぱっと輝きアッシュを見上げ大きく縦に首を振った。
「ああ、もちろん!」
「なら起きろ。もう自分の体に戻れるな?」
 そうアッシュが言った時には意識のなかにルークはいなかった。


   +++++

   
+++10 狭い船室も広い外の世界



 ルークが目を覚ますと先ほど見ていたのと違う角度ではあったが、ルークに覆いかぶさるようにガイが縋りついて泣いていた。そういえばガイの泣き顔なんて見るのは初めてだ。
「ルーク!」
「ガ…ィ…」
 思ったより声が出なかった。泣き叫んだから声が出ないそんな感じでかさついたよわよわしい声しかでなかった。それがまたガイに心配をかけてしまったらしく。水をとってくると慌てて席を立った。
 残ったジェイドがルークを覗き込み『どうですか?』といつもよりも柔らかな声で尋ねてきた。
「…まぶしい……しい世界みたい…だ…」
 それもかさかさとした声でしかでなかった。アッシュがジェイドの後ろで不機嫌そうな顔をして立っていた。アッシュが視界に入ると胸のあたりが暖かく感じられた。
「どこか不調を感じるところはありますか?」
 ルークはしばらく考える様子で手を動かしてみたり、足を覗き込んでみたりしていたが、何もないと首を横に振った。
 ガイが部屋へと戻りルークになみなみと水の入ったカップをルークへと差し出した。ルークはそれを受け取ると一口飲み、それからすごい勢いでカップを空にした。
「喉が渇いた…ってことくらいかな?」
 声が普通に出るようになっていた。
「あ、あ、りがとう。ガイ…」
 ルークは空になったカップをガイへと返した。
「ルークに礼を言われるなんて変な感じだな…」
「そんなことないだろ」
 ルークは頬を膨らませた横を向いた。
「さて、ルークは今の状況をどのように理解してますか?」
 ジェイドは二人の会話を全く気にしていないのか質問を続けた。
「今の状況?」
「目の前にいらっしゃるこの人のことは?」
「アッシュだろ?」
 ルークはジェイド越しにアッシュに視線を合わせた。知らずと笑みが浮かぶ。
「ええ。それは理解しているのですね。では、彼は貴方の何なんですか?」
「昔のルーク。でも今はアッシュ」
 ジェイドが呆れた様子でアッシュを振りかえった。
「どういう説明をしたんですか…」
「どういうもないだろうが、あるがままを言っただけだ」
 アッシュが不機嫌に答えた。ジェイドはため息をついて眼鏡を指であげた。
「レプリカという言葉に覚えは?」
 またレプリカって言葉だ。ジェイドは痛ましいって言ってる目でルークを見ていた。
 「アッシュと会った時に言ってた。俺がそれだって…ジェイドとみんなが模造品だって。劣化した複製品?ってことか…それの話をしてたことがあった。あとヴァン師匠も俺のこと「愚かなレプリカ」って言った。俺は劣化した複製品なんだってことなんだと思う。いま気がついたけど…たぶんアッシュの…」
 ルークはアッシュを見上げた。
「記憶がなかったのも忘れたんじゃなくて、俺は作られたから記憶がなかったのか?」
「ああ…そうだ。10の年にヴァンに唆されてな。レプリカを創られた。それがお前だ」
「俺とお前は音素振動数が同じ完全同位体だ。組成は同じといっていい」
 アッシュがベッドに歩み寄りルークの手をとった。その手を重ねて見せる。同じ大きさに同じ指の長さまで同じ。でもルークにはアッシュほどの剣だこはなかった。傷跡もなかった。
「でも違う…」
「ああ」
 アッシュもそのことに気づいて感慨深いものがあったのか、愛しむようにその指先を触れあわせ温度を分け合い頷いた。
「アッシュ…」
 ルークはアッシュをまっすぐに見つめた。
「俺はアッシュのレプリカなんだな…ヴァン師匠に創られた」
 ルークはもう記憶を戻すための努力は必要ないのだという脱力感。それと消える心配がなくなった安堵とがないまぜになってどういう表情をしていいのかわからなかった。
「俺も過去を持ったままでいいのか…」
「そして未来もだ」
 ガイがうつむいていたルークの頭に軽く手を乗せた。
「未来も俺のもの…でも、ヴァン師匠はきっともう許してくれないよな。あんな失敗したんじゃ…ダアトへ亡命もできない」
「どういうことですか?ルーク」
 ジェイドが言葉をはさんだ。
「俺、瘴気の中和をうまくできることができたら、師匠は俺が英雄になれるって。英雄なら軟禁なんてされなくてもいいはずだからダアトへ連れて行ってくれるって言ったんだ」
「亡命ですか?」
「亡命って連れて行ってくれるってことだろ?」
 ルークはちがったか?とジェイドを見上げた。
「ええ…おおむね近い意味合いではありますが、語意としては違いますね。自国において迫害を受け、または迫害を受ける危険があるために外国に逃れること。をいいます。まぁルークは監禁されていたわけですから当てはまることは当てはまります」
「そうなんだ。俺、外国に行くことかと思ってた。逃げることなんだ…」
 ルークはがっくりとうなだれた。
「それも自国を捨てるのでよほどのことがない限り、戻ることはかないませんよ」
 ルークは事の重大性を理解して顔色を変えた。
「だって…ヴァン師匠は…」
 ルークは小さく頭を横に振って言葉を飲み込んだ。それから大きく息をついた。
「どっちにしろ…失敗したから意味ねぇことか…」
「そのことですが、ヴァンの企みは成功したんじゃないんですか?」
 ジェイドとガイがお互いに素早く目配せをアッシュへと投げた。
「ああ…初めから落とすつもりだったみたいだな。ルークには悪いが預言通りにお前はそこで始末するつもりでもあったはずだ」
「始末…?」
「愚かなレプリカをそこで死なせるってことだ」
「嘘だ!そんなことない。師匠は連れて行ってくれるって!」
「お前を裏切ったんだ。いや裏切ったとは思ってないか。あいつはお前を道具にしか思っていない。道具は使い終わったら捨てるだけだ」
 ルークはアッシュのキツイ言葉を聞きたくないと耳をふさいぎ首を振って否定の言葉を吐き続ける。
「認めろ。ヴァンは俺たちを道具だとしか思っていない」
「せんせぇはそんなことない…」
 アッシュはルークの襟を掴み上げて目を合わせた。ルークは逃れようとして顔を背けた。
「それを認められなければお前はまた利用され取り返しのつかないことになるぞ」
「そんなはずない…あれは俺がちゃんとできなかったからあんなことになったんだってみんなも言ってた!だから…俺がちゃんとできてたらあんなことにならなくて!!俺だって師匠とダアトで剣術見てもらって…」
「屑が!お前に何ができたら瘴気を消せたと言うんだ?」
「しらねぇよなんかだよあのなんか出ていく感じのするやつ」
「超振動も知らないと…?」
「ちょうしんどう…」
 ルークはジェイドが言った知らない言葉を繰り返した。アッシュに手を離されてそのままベッドに座り込む。
「俺…せんせぇの言う通りにしなさいって父上と母上がそう言ってた…だから…」
 狭い船室に溜息だけが聞こえた。
「さて、この無垢なだけの子供をどうしますか?」
 ジェイドは冷たい視線で見下ろしていた。



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どこまで続くかは不明ですが、ぽちぽちと書いていく予定です。書けたら上げていくことになるので、途中で修正が入ったりするかと思いますがそんな感じで(どんな感じ?)よろしくおつきあいいただけると幸いです。どうもありがとうございました。 090328



  
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