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+++誰も触れてはならぬ  3部 (アシュ←ルク)





++++41




 急に走りだしたルークにガイは面食らった。
「ルーク!どこへ行くんだ?!」
 ルークは振り返りもせずに廊下を走っていく。
「ルーク!」
 叫ぶガイの事など全く気付いていないようだ。一心不乱に走っていく。ただ本調子でない体なのでそんなに早くないのがせめてもの救いだ。ガイは後を追う。ルークの前に突然現れた青い制服に正面からルークは突っ込んだ。
 部屋から出てきたジェイドの胸元に抱きこまれた形でルークは止まった。咄嗟に回避しようとするルークの体をジェイドが腕を伸ばし、その体を抱き込んだ。ルークは体を竦ませて硬直していた。
「な!何触ってるんだよ!触るんじゃねぇ……」
 ルークは一拍のあと叫んだ。
「おや、ルークでしたか。廊下は走ってはいけませんよ」
「わかったから俺に触るんじゃねぇ!」
 ルークはジェイドが体に触れるのを少しでも減らそうと、体を小さくして離れようとしたが、ジェイドはそんなルークを抑え込んだ。
「思ったより元気そうですね」
 ジェイドはルークの頭を撫でつけた。今までの思慮深いジェイドがこんな危険を冒すことなどはなあった。ルークから悲鳴に似た声が漏れた。血の気が引いたのか青い顔でガタガタと震えている。
「さ、触るんじゃねぇ……ヤダ……やだ……」
  あまりのことに動けなくなっているルークを力強く引きよせてガイは己の腕の中にルークを抱き寄せた。何が起きたのかルークはわからなかったのか、目の前からジェイドが離れたことに安堵してルークは肩の力を抜いた。そして背中の温かさに気付いたのだろう。恐る恐るというように背後を見てまた硬直した。
「俺が一番最初に抱きしめてやろうと思ってたのに……旦那に先を越されたっ!」
 本心から悔しくて舌打ちをしてしまう。ルークから立ち上る香りが鼻を擽り首筋に顔をうずめたい衝動をなんとか抑え込んだ。
「ガイっ!お前まで何やって……」
 そう言いながら逃げようとルークはもがいた。
「俺に触るんじゃねぇ……」
 逃げようとするルークを抱きしめて、その耳もとで大丈夫だ。落ちつけと囁いた。ルークは暴れることで触れてしまうことを恐れたのか、体を固くしたまま動くことを諦めた。
「俺は触れてはならぬだ……」
「大丈夫なんだ。ルーク」
「大丈夫なんかじゃない……触るなっ……よ……」
 ルークは震える声でガイの行動を否定する。怯える小動物のように震えているのがリアルに伝わり触れているんだとガイに実感させた。思わず腕に力を込めてルークを抱きしめた。恐怖による短い悲鳴がルークから上がる。これ以上するとルークが恐慌を起こしかねないのでガイは名残惜しいがその腕の力を緩めた。
「大丈夫なんだ。ほらな……俺もジェイドもなんともないだろ」
 ルークは認めないと首を緩く横に振って、よろよろとガイから離れると壁に縋った。
「もう毒の体じゃなくなったんだよ。ルーク」
 ガイの言葉を補強するようにジェイドも頷く。
「あなたは一度、超振動により音素へと還り、アッシュによって再構築されました。そのときに音素が正常に戻ったのですよ」
 ルークは言葉の意味がわからないというように茫然としてジェイドとガイの顔を眼球だけで交互に見た。
「あなたは正常なレプリカ体となったのですよ」
「正常なレプリカ……」
 ルークは言われた言葉の意味が理解できないのだろう音だけを繰り返した。
「毒の体じゃなくなったでいいじゃないか。ジェイド」
 ガイはよかったなともう一度ルークを抱きしめてその頭を撫でつけた。ルークは茫然としたままそれを受けている。
「毒の体じゃなくなった……?オレ……触れるの?」
「ああ……俺が触れてもなんともないだろ?」
「そんなことあるわけない……」
 ルークは信じられないと引き攣った笑みを浮かべた。
「ありえますよ。ガイとアッシュの話からもその可能性はあり得たのです。あなたの毒の体は後天的なものだったのです。レプリカの体を構築する第七音素が障気と同じ様に変化していたのすぎません。超振動で障気がなくなったのと同じで分解再構築で正常に戻ることは可能です。そしてそれはアッシュによってなされた。運がよかったですね。ルーク」
「だって……俺、予言だし……中和で、術で死ぬはずじゃ……」
「それもアッシュの手助けで運よく良い方に転んだというだけのことです。二人とも死んでいた可能性もあったんですから」
 ジェイドが珍しく饒舌で嬉しそうな表情をしてルークを見下ろしていた。
「毒じゃない……そんな……」
 ルークは信じられないのかじっと己の両手を見つめている。ガイはその手をとると手袋を抜き取った。
「ガイ……」
 ルークが不安に揺れる瞳でガイを見上げた。その素手を捧げ持ち唇を寄せる。触れるのにさすがに覚悟がいった。日焼けも沁みすらない綺麗な手に触れることになんだか穢すような畏れに似た葛藤があった。
「ガイ……駄目……触っちゃ……ダメ」
 ルークの手が震えていた。躊躇を違う意味にとったのだろう。それが逆にガイの背中を押した。柔らかな手の甲に口づけた。ふわりとよい香りが立ち上っていた。
 ルークは逃れようとそれ以上は下がれない壁に体を押しつけていた。
「な!なんともないだろ?」
 ガイはルークを笑顔で見上げた。青い顔のルークは信じられないというように涙で潤んだ瞳でガイを見下ろしていた。



++++







+++42 



 「てめぇら何してやがる」
 どなり声と共にアッシュがものすごい勢いで駆け寄りそのままルークの手を掴むとその腕を引いた。
「てめーもそんな風にボケっとしてねぇでさっさと逃げろ!屑がっ!!」
「アッシュ……」
 アッシュに手を引かれてルークはガイ達を後に残したまま、来た廊下を戻ることとなった。
「アッシュ……待てって!アッシュッ!」
「うるせぇ!気がついたら消えてるから心配するだろうが!」
 本当に消えてしまったのかと思ったとせつない声でアッシュは呟いた。そのままルークを引きずるように廊下を走り元いた部屋へとルークを押しこんだ。勢いがついていたために、ルークはよろめいて床に転がった。
 アッシュはしまったというように心配そうな表情をし、それを隠すように舌打ちをした。
 ルークは助けを求めるように廊下を見上げ、逃げだそうとでもいうように廊下へとにじり寄る。アッシュは眉間の皺を一層深くして不快だと感じていることを隠さなかった。、扉を乱暴な音を立てて閉め、ルークに怒鳴りつけた。
「てめぇは誰のレプリカだっ?!!」
 ルークは驚きで体を震わせて肩をすくめた。窺うようにアッシュを見ると、怯えたようにすぐさま顔を伏せた。
「ア、アッシュの……」
 床に座り込んだままで、叱られる子供のようにルークは小さくなった。
「わかってるなら勝手にガイなんぞに触らせてるんじゃねぇ」
 ルークは素直に頷いた。
「ガイ……大丈夫だったかな?俺に触れたりして、まさか死んだりしないよな?ジェイドとガイが変なこと言うんだ。俺がもう毒の体じゃなくなったとか……って。俺をぬかよろこびさせてどうするつもりなんだろうな?」
 ルークは落ち着いたのかゆっくりと立ち上がり苦笑を浮かべた。ルークは手の甲をしげしげと見やり、ガイが触れたそこを確かめた。ポケットを探りルークは慣れた手つきで予備の手袋を取り出して手にはめた。
「ガイ、手なんか舐めて……大丈夫かな?」
 ルークは踵を返して部屋を出て、ガイの様子を確かめようとした。それをアッシュが腕を伸ばして行く手を阻んだ。
「どこへ行くんだ?」
「やっぱり心配だから、ガイが大丈夫かどうか確かめに……」
「お前はっ!!」
 アッシュは怒鳴りつけかけ呆れたように口を噤んだ。忌々しそうに舌打ちをされて、ルークは扉のノブへと飛びついた。
「ごめんなさい……あの、すぐにするつもりだったんだ。今からすぐに出発するから、ガイにアルビオールの場所を確認してたんだ。ちょっとガイも怒ってたけど、アッシュのことは俺が守るからな。俺はアッシュのレプリカなんだから!アッシュはしばらくはこの部屋から出ない方がいいかもしれないな」
 扉を出ながらルークは何かのスイッチが入ったかのように、まくし立てる。
「おい……」
「ガイにもちゃんと言っておくけど、もしガイが復讐を諦めてなかったら困るだろ?」
 ルークは扉を閉めながら、アッシュに向き合った。しっかりとアッシュの顔を見る。
「俺!アッシュのレプリカだから!ちゃんとする。いろいろと手伝ってくれてありがとう。アッシュ」 
 閉めようとした扉はアッシュの足が邪魔をして閉じられない。ルークが困惑した表情でアッシュを見上げた。
「足……痛くないか?」
「いてーに決まってるだろ。それより俺の話を聞くつもりはあるか?」
「痣になったらどうしよう……」
 うろたえた様子でルークは引いていたノブから手を離した。
「てめぇは俺の話を聞くつもりはあるか?」
 アッシュはもう一度同じ事を低い声で繰り返した。それは大地が崩落する直前の地鳴りをルークに思い出させた。ルークはこくりと頷いた。
「でも……時間が……アッシュの話はすぐに終わるのか?」
「なんの時間だ?」
 アッシュが怪訝そうに眉を潜めた。
「それでアッシュも怒ってたんだろ?早くしなきゃな。預言を成就させないと俺が俺でいるうちに、ガイの望みも叶えてアッシュを守んなきゃだし」
「まだそんなこと言ってやがるのか?」
「だって……俺はアッシュのレプリカだから。そのために生まれたんだろ?だからそれをしないと……」
 ルークは幸せそうに笑みを浮かべて俺はアッシュの役に立つんだ。と力を込めて言った。溜息をついて落胆を隠さないアッシュにルークは困惑した。レプリカとしての役割を果たす事が出来れば、アッシュは誉めてはくれなくても喜んでくれるだろうと思っていた。ルークはアッシュの落胆を命を長らえしがみ付いているルークの失態に対してだと思った。
「のろまでごめんなアッシュ。すぐにするから!」
「違うっ!」
 アッシュはルークの腕を引いて引きとめた。
「だけど……」
 ルークは引きとめられる理由がわからずに困惑の表情を浮かべた。
「てめぇはどうしてそんなに死にたがってるんだ?」
「死にたくはないけど……どうせ消えるなら役に立って消えたいよ。それにこんな物騒な体は己の手で始末をつけておきたいし」
「何がどうしてそういう話になってるんだ?そもそも預言はもう外れてるだろう。そんなものにいつまでも縋るな」
「予言が外れてる?」
「ああ」
 アッシュは頷いた。
「アッシュは預言で死んだりしないのか?」
「死なねぇ……俺はそんなつもりはもうない」
「本当に?」
「死んで欲しいのかよ?」
 ルークは激しく首を横に振った。
「アッシュは死なない……預言は外れたのか……」
 信じられないことを言い聞かせるようにルークは小さく繰り返した。
「あながち外れたとも言いきれないがな」
 アッシュの自嘲めいた呟きにルークは顔を上げた。不安そうに瞳が揺れる。
「てめぇは一度死んでるんだよ。障気を中和したときお前は一度音素となって散り俺が超振動で再構築した……んだと思う」
「ジェイドがさっきそんなこと言ってた。それで俺は毒の体じゃなくなったって……本当だったのか?」
「ああ……どうやらそうらしいな。お前が消えると思ったら一か八かの賭けでもやらずにはいられなかった」
「一度死んだ……?」
「実感はないのか?毒のほうはどうだ?」
「わかんねぇよ……でもさっきジェイドとガイに触れたけど二人ともなんともない風だった……本当に……?」
「確かめてみるか?」
 アッシュの声が笑いを含んだ甘いものになった。しかしその瞳は真剣そのものだった。ルークはその瞳に吸い込まれるようにじっとその顔を見つめていた。
「たしかめるって……?」
 アッシュはルークの頤に手をやり上を向かせた。アッシュの引力に逆らう様にルークは瞬きを繰り返した。その翠の瞳がアッシュを見上げる。柔らかそうな唇にアッシュは口づけた。
 




 硬直した後に逃れようと足掻く体をアッシュは押さえつけるようにしてその唇を貪った。ルークの膝が崩れ落ちるに至ってアッシュはその唇を解放した。
 崩れ落ちる体をアッシュは抱きとめて、確かめるように己の唇を舐めとった。
「あ……あアッシュ……な……」
 ルークは唇を手の甲で擦りながら言葉にならない声でアッシュを非難した。
「なんともねえだろ?前なら耐性があるとはいえそれなりに命がけだっただろうがな……」
「本当になんともないのか?」
「ああ……」
 ルークは信じられないというようにアッシュを見上げている。
「もう一度確かめて見るか?」
 アッシュが含み笑いで言う。ルークはとんでもないと拒否をした。
「そんなに嫌かよ……」
「そうじゃなくて……これ以上は俺の心臓が持たない……」
 ルークは真っ赤な顔で呟いた。
「本当だぞ。すごいことになってるんだ……」
 アッシュはその鼓動に耳を寄せ、満足げな表情でルークを抱き上げベッドへと座らせた。髪を撫でつけてその感触を楽しむように繰り返した。
「アッシュ……」
「ここにいるんだな」
「?」
「お前は消えずに、ここにいる」
 アッシュが確かめるようにルークをそっと抱きしめた。
「ああ」
 いるよとルークは擽ったそうに頷いた。
「ずっと俺の隣にいてくれ」
「本当に?」
 ルークの顔がぱっと華やいだ。
「俺ずっとアッシュが一緒にいてくれたらいいなって初めて会った時から思ってたんだ」
 すごくすごくうれしいとルークは喜びを隠さない。アッシュにすべてを預けるように腕の中に収まっていた。
「でもアッシュはそれはないって言っただろ?それに師匠に慈悲を与えたから怒ってた。できそこないの俺を殺したいって思ってたんだろ?」
「そ、そう思っていたこともあったが、誤解していたと気付いた。お前が消えるのを見て取り戻したいと思ったんだ。お前を殺したいんじゃなくて消してでも……他の奴に取られたくないだけだったんだってな……」
 アッシュは腕の中のルークを確かめるように力を込めた。
「だいだいお前はガイなんぞにキスなんかさせるし、ガイの心配ばかりだ」
「キス?キスなんかしてない……」
 ルークは体を起してアッシュを見つめた。その唇を視界に入れてルークは頬を朱に染め俯いた。
「さっき手にさせてただろうがっ!」
「え?」
 ルークはアッシュの言葉に驚いて顔を上げ不思議そうに首を傾げた。
「あ、あれキスなの?」
「屑がっ!てめぇのそういうところが俺は……心配で……」
 アッシュは真っ赤になってそれをごまかす様にルークを抱きしめた。
 ルークは赤裸々なアッシュの告白に絶句して、アッシュの真意をはかろうとその顔をまじまじと見つめた。そしてようやく納得がいったのか噛みしめるように言う。

「ありがとう……アッシュ」




++++









++++43



「ありがとう……アッシュ」
 ルークは噛みしめるように言う。そして瞬きを一回した後に同じ口でアッシュに絶望を与えた。

「俺さ、でもガイと約束したから」
 アッシュは離すまいとするように腕に力を込めた。
「ガイと一緒に行くのか?」
 ルークは違うと首を横に振った。
「そんな心配しなくてもいいよ。ガイをとったりしないって」
「ガイをとる……とはどういう意味だ?」
 ルークは少し拗ねてみせた。同じとは思えないほど幼い仕種がアッシュの庇護欲をかきたてる。
「だってアッシュとガイは仲良しだろ……一緒にアルビオール見てた時すごく楽しそうだった。いいよなアッシュはガイと仲良しで」
「俺よりお前の方が仲がいいだろうが」
「そんなことないよ。だってガイは俺を見ていつも辛そうな何か我慢してる顔するんだ。俺だってそれくらいわかってたさ。だから約束したんだ。俺も役に立ちたくて」
 アッシュの何を言ってるんだと呆れた表情に対してルークは諦観と決意をその瞳に覗かせた。
「では何を約束したと言うんだ?」
「ファブレの復讐を俺で済ませるんだ。ちゃんと死ぬって約束した。この前は失敗したけど次はちゃんとする」
 腹部を覗き込むルークはまだ新しい傷跡に指を這わせた。
「もう毒の体じゃないなら血の心配しなくてもいいから大丈夫。ちゃんとやれる」
 ルークは力強く頷くと口の端をあげた。
「ルーク……どういう?やっぱりあれはお前が自分で傷つけたのか?」
「そうだよ。だって約束したんだ。預言はもう守らなくてもいいなら場所はどこでもいいってことだよな」
 助かったぜとルークは子供のように朗らかに笑った。
「本当にガイがそんなこと言ったのか?お前に死ねと……?」
 アッシュは張り付き声が出にくくなった喉をこじ開けてルークに問うた。ルークはしばらく考える風に首を傾げた。
「ガイはそんなこと言わないけど。ファブレに復讐するためにバチカルにいたんだよ。父上や母上。アッシュだって殺されちゃうかもしれないんだ。だから俺で終わりにしてくれって俺が頼んだんだ。ガイの希望通りの死に方で死んでやるって。でもガイはどんな方法が良いかは言わなかった」
 ルークは話ながら残念に思ったことを思い出したのだろう。本当に残念そうに肩を落とした。
「どうしよう……俺が死んでもアッシュ達を殺したいって思ってしまったら……ガイきっと苦しむだろうな。あんなにアッシュと仲良しなのにさ」
「ルーク……」
 アッシュは声が震えるのを止められなかった。無邪気な顔でアッシュを見上げるルークは心からそう思っていることを疑う余地はなかった。
「ガイに確認してみろ」
「ああ。そうだな。毒の心配ないんだしガイの手で恨みを晴らすことだってできるようになったもんな」
 さすがアッシュは賢いなとルークは照れたように俯いてアッシュの腕を確かめるように撫でた。
「心配しなくても大丈夫だって、アッシュは俺がまもるんだから……」
 ルークは名残惜しそうにしながらも、アッシュの腕から離れた。
 「じゃあ。ガイに聞いてくる」

 また同じ廊下を戻ることになったが、ルークはガイのところへと向かった。アッシュも少し遅れてルークの後をついて来ていた。
「俺、独りでも大丈夫なのに」
「独りにできるかっ……この自殺志願者」
「なんだよその自殺志願者って……俺はガイの復讐の為に死ぬだけであって死にたいわけじゃない。どうせ死ぬなら有効活用したいって思ってるだけだ」
「俺の隣にいるより死ぬ方がいいんだろうが……」
「どうしてだよ。アッシュに生きていて欲しいからだ。できれば俺もアッシュとずっと一緒にいたいけど、約束は約束だし。アッシュの為なんだって」
「俺のためなら生きて俺の横にいろ」
 ルークは嬉しそうに良いなそれと笑みを浮かべた。思わず出てしまった本音にアッシュは耳まで赤く染まった。
「ちっ!わかってるなら努力しろ」
 努力はしてるつもりだと呟きルークは拗ねたように唇を尖らせた。そして、そうだなと笑みを浮かべた。
「俺はアッシュのために努力する。だってアッシュのレプリカだもんな」
 アッシュの必死な気持ちをわかっているのかいないのか、ルークはまだガイは居るかなぁとのんきな声をあげて扉をノックした。

 ルークがノックの返答に扉を開けて顔をのぞかせるとガイが満面の笑みで出迎えた。
「ルーク!」
 次こそは抱きしめようというように両手を広げてガイは待ち構えている。ルークはするりとそれを交わしていた。
「どうしたんだ?ルーク」
「あのさ、俺、本当にどうも毒の体じゃなくなったらしいんだ」
「ああ、良かったな」
 だから抱きしめさせろとガイの両手が喜びを隠さずに待ちかまえていた。ルークはステップを踏むようにして、それを交わしてしまう。アッシュは少し胸がすき思わず笑みを浮かべてしまう。
「でさ、ガイとの約束のさ。復讐の方法を確認し直した方がいいなって、この前の時は毒が心配であんまり方法を選べなかったし。後始末のことを考えてたらどうも思い切りが悪かったみたいで、失敗して生き残ってしまっただろ……ガイには本当に申し訳なかったなって思ってるんだ。それでさ。方法どうする?ガイ自信でやったほうがいい?」
 ルークは一気にまくし立てガイの返答をもらうためにガイを見上げた。唖然とした表情のガイがルークを見下ろしていた。
「ガイ?」
 ルークはガイの返答が遅いので不思議そうに聞きかえした。
「アッシュ……ルークは何を言ってるんだ?」
「お前と復讐を遂げさせるって約束をしたらしいな。その話らしいぞ。くだらない約束をしたな」
 アッシュは呆れたような表情でガイに答えを与えた。
「俺はそんな約束をしてない!!」
 ガイは叫んだ。
「した。ガイはファブレを憎んでる。だから俺で復讐をおしまいにしてくれるってそう約束したじゃないか!!ガイの嘘つき!アッシュも父上も母上も殺させないからな!」
 ルークはアッシュを庇うようにガイの前に立った。
「ルーク……」
「俺の復讐のために死ぬと?この前ってその怪我はそのためにルークが自分でつけたのか?」
 ガイはルークの腹部のまだ新しい傷跡を見ていた。
「ごめんな。ガイ……失敗して、呆れる気持ちはわかる……本当に昔から俺、何をやっても駄目だな」
 ルークは申し訳なさそうに言いつのった後に瞳を輝かせた。
「でも次はちゃんと死ぬから。もう毒の体じゃないって!ガイが望む方法で今度はちゃんと死ねるから!」
「俺はもう復讐するつもりはないって言っただろ?!何度もそう言ったはずだ」
  ガイは悲しみとも怒りともいえない震える声で言う
「それは俺で復讐をおしまいにするからだろ?それで気持ちが晴れるって話だろ?俺が生きてたらガイは復讐が終わらない」
 ルークはそれはいけないことだというように、悲しげに頭を横に振った。
「俺、ガイのこと大好きなんだ。ガイにずっと何かを返したかったんだ。ついでみたいになって申し訳なかったけど……ガイの長年の望みを叶えてガイに幸せになってほしいんだ。こんなやり方、俺の我儘だってわかってるだ。本当だ。ガイ……ガイの望みを叶えたい。だから約束を守ってアッシュ達を守る」
「何度もその気持ちはもうないって言っただろ。そんなことをしなくてもアッシュもファブレ家も無事だ」
「でも、約束した」
 ルークは頑なに小さく呟いた。ガイは困り果てたようにアッシュを見返した。アッシュも打つ手がないというようにガイへと視線を返した。
「約束なんかしてないだろ」
「だって……ガイの望み……」
「だったら俺にお前を抱きしめさせてくれよ。俺の望みはそれなんだから。それで復讐は終わりってことでいいだろ?」
「え?どうしてそうなるんだ?」
「だってルークは俺の望みを叶えてくれるって言ってるんだろ?なら俺はお前を抱きしめたい。それとも俺の望みは叶えたくないのか?」
「え?だって……ガイは復讐で……?え?望みは俺が死ぬことなんじゃ?」
「俺がそんなこと望んでるって本当に思ったのか?」
 ガイは呆れた様子で腕を開いて見せた。ルークは困惑と躊躇を見せてガイを見上げている。
「殺さないのか?それで復讐は終わりになる?なんか変じゃね?」
 ルークは悩みながらもガイの広げられた腕を見ていた。アッシュの腕になら飛びこめるのになぜかガイのその腕の中には飛び込む勇気が持てなかった。長い間そういうことができればいいと願っていたはずなのに実際それができると言われても先立つのは恐怖と迷いだった。
「俺はルークと親友だと思ってたんだがな。お前が違うと言うなら仕方ない。一度だけ抱きしめて諦める」
 ルークの躊躇を疑いだととったガイは本当に残念そうに溜息を吐いた。
「諦めるんだな?」
 なぜかアッシュが答えていた。
「え?アッシュ……俺は」
 ルークは否定するように首を横に緩く振る。
「一度だけだからな。それ以上は許さねぇ」
 アッシュはそう言うとルークの背中を押してガイの腕の中へと押し込んだ。怖いと思う前にふわりと体温を感じた瞬間に引き戻されていた。背中に温度を感じて見上げるとアッシュの胸に倒れこんでいた。
「おいおい……」
 ガイが呆れたと言わんばかりの表情でルークの残像を追っていた。
「約束の一度だ。よくがんばったなルーク。死ぬほど怖かっただろう……」
「う、うん……」
「これでガイは復讐を諦めた」
 アッシュに誉められたことがルークはうれしくて仕方なかった。誉められるようなことはしていないんじゃないかと気づいてはいたが、アッシュが保護者のような満足そうな笑みを浮かべるので何も言えなくなった。
 ただ嬉しかった。
 ルークは腕の中で大人しく体をアッシュに預けていた。
「あ、うん……ガイがいいなら」
 ガイは抱きしめ損ねた腕を見つめて、足りないと言いたげに唇を動かしかけた。ガイが怖い顔に見えてルークは不安になった。
「でもそんなのじゃ……復讐は収まらないんじゃ……」
 ガイは何かを飲み込み、振り切るように腕を下ろした。
「そんなことないさ。俺はルークの親友だから復讐をしなくてよくなったことを心から喜んでいるさ」
 ガイはいつもの笑顔でルークを見下ろした。
「な?」
「それにルークにもしものことがあったらその時のほうが心配なんだ。俺を止める者がいなくなるだろ」
「え?」
「俺は親友のルークの悲しむ顔を見たくない。だから復讐をしない。ルークにもしものことがあったら守れなかったアッシュを恨むぞ。それでいいなら勝手にしてくれ」
「ガイ……俺、本当に死ななくていいのか?」
「ああ、むしろ生きてアッシュを守れよ」
「うん……」
 撫でようと伸ばした腕をルークに避けられてしまった。
「ルーク……頭を撫でるのも駄目なのか?」
 ルークは不安げに瞳を揺らせて、だってと言い淀んだ。
「一度は終わったからな」
 アッシュの満足げな声がする。
「そう言うんじゃなくてさ、本当に触れても大丈夫かどうかわかんねぇじゃん。怖いんだ。だから無理」
「アッシュには触れてるのに?」
「アッシュは大丈夫だから」
 怖くないとルークは言う。ガイが諦めきれずに手を伸ばしてもルークはさっと長年の習性でなんなくそれを避けていく。

「そういうことらしいな……では邪魔をしたな」
 アッシュがとても楽しげにルークの腕を引いて、そこから退出して行った。まるで満腹な猫のような満足げなアッシュなどという珍しいものをガイに見せた。




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+++44  




 アッシュに手をひかれながらルークはガイのことが気になり何度も振り返る。そのたびにアッシュの指の力が強くなる。
「アッシュ……痛い」
 何度か繰り返した結果ルークはアッシュに痛みを訴えることとなった。それで初めてアッシュは気がついたのか握りしめていた指の力をわずかに緩めた。
「アッシュ、あんなのでいいのか?ガイが変な顔してたぞ」
 再びルークは心配になり廊下を振り返る。ガイの納得がいってないという表情が少し気にかかった。
「あれで充分すぎだ。全くお前は警戒心ってものがないのか?」
 アッシュは非常に不満げに言いつのった。
「あるよ!俺に触れると死ぬんだぜ。バリバリ警戒してる!!」
「本当にそうか?触れられたいんだろ?」
 ふんとアッシュは鼻を鳴らすと前に向き直り、ルークの腕を乱暴に引いて先に進んだ。腕を引かれてルークは躓くようにして後をついていきながら、小さな声で呟いた。
「俺に触れていいのはアッシュだけだよ」
 それじゃあ駄目なのか?とルークはアッシュに窺うように見上げた。アッシュのルークの腕を掴む力が強くなり、そのまま引き寄せ壁と腕の中へと閉じ込めた。
「お前そんな恥ずかしいことをよく言えるな」
 アッシュは閉じ込めたルークを抱きしめて耳元で呟いた。
「恥ずかしいことなのか?」
 いつもよりもアッシュの体温が高いのが伝わって、ルークは心配そうにアッシュを見上げた。
「ああ……たぶん……」
 アッシュの耳が赤くなっているのが見えた。アッシュは歯切れが悪くそうだと言った。
「ごめん……もう言わない」
 ルークは項垂れて小さくなった。
「……それにもっと他の人も努力してみる」
「いや……そういう意味じゃ……」
 アッシュは否定して顔をあげ、廊下であることに気づきバツが悪そうにルークの体から離れた。ルークは離れた体温を残念に感じながらも申し訳なくて佇むことしかできなかった。アッシュは舌打ちをすると再びルークの腕を掴み足音も荒く先へと進んだ。
「行くぞルーク」
「うん……」
 ルークは意気消沈してしまい重い足を引きずるようにして、とぼとぼとアッシュの後をついていく。手を引かれていなければきっとそのまま廊下で立ちつくしていたに違いなかった。
「ア、アッシュ……迷惑ならもう触らないほうが良い」
 ルークは自分からアッシュの手を振り払うことなどできなくて、ただ先ほどのように掴まれていることに躊躇を感じずにもいられなかった。アッシュの握りしめる指の力がまた強くなった。
 その強い力を怒りと感じ取りルークは引かれていた腕を己のほうへと引きもどそうとした。
「アッシュ……?俺……アッシュの横にいたいけどアッシュがいらないっていうなら我慢する」
「いらないなんか言ってない。迷惑なんかじゃねぇ……お前はどうしてそう!」
 アッシュは苛立たしげに立ち止りルークへと向き直った。
「アッシュ?ならどうして怒ってるんだよ。迷惑なんだろ?」
 アッシュは無言で歩き続け部屋に入り、扉を閉めた途端に怒鳴りつけた。
「ちがうと言ってる。屑がっ!お前に触れていいのは俺だけなんだろ?!」
 ルークはこくりと頷いた。
「ならばずっと俺のそばにいて他のやつなんかに触れてもいいなんて言うなっ!わかったな!」
 ルークは大きくうなづいた。
「うん」
 ルークは引かれていたアッシュの手を握り返した。アッシュが離れないというように指を絡めた。

「俺に触れていいのはアッシュだけだよ」
 ルークはそっともう一度呟く言葉はアッシュの唇に吸い込まれた。





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長らくお付き合いありがとうございました。
あと少し後日ということで続く予定です。まだこれから書くのでどうなるのかわかりませんが……
ひとまずは終了です。お粗末さまでした!

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