■■最新更新分■■


+++誰も触れてはならぬ  3部 (アシュ←ルク)





+++23



 ガイには長い沈黙に感じた。ルークはショックを受けているのか身動き一つしない。
「ルーク……」
 ガイは言い訳めいた言葉にしかならないのはわかっていたが、話を聞いてくれとルークに訴えようとルークの瞳を覗き込んだ。ルークは少し嬉しそうに目を閉じてそれから飲み込むように頷いた。その眼は何かを決意していて輝いていた。
「ルーク?」
 その表情になることをガイは理解できなくて名前を呼ぶしかできなかった。
 遮ることのできなかったリグレットの言葉を聞きとれなかったのか、理解できなかったのかルークはふと思い出したかのようにガイへと尋ねた。
「なぁ。ガイここから一番近い鉱山の町ってどこだ?」
 目の前にいるリグレットが全く眼中にないようだった。
「ルーク……突然どうしたんだ?」
「俺……そこに行かなくっちゃいけないんだ」
 ルークは視線を室内へと向けた。屋敷にいたときのようなどこか虚ろな感じのするルークに危機感を感じたガイはルークを室内へ押し戻した。触れらることを恐れているルークはガイから逃げるように部屋へと戻った。
 リグレットが慌てた様子でついてはいろうとするのを押しとどめしばらく内密な話があり席をはずしているようにと申し伝えた。
 命令されることに慣れたリグレットはガイのはったりな命令にしぶしぶだが、兵を連れてその場を離れた。

  扉を大きな音がたつのも気にせずに慌てて閉じた。
「ルーク……とにかくこの場を離れよう」
 ガイは振りかえりざまに言う。声が焦りのために荒くなるのは大人げないが仕方ない。
「だから鉱山の街に行かなくっちゃ行けないんだ」
 それに対してルークの声はいつもと変わらずのんびりとした雰囲気であった。そんなルークは窓の近くに寄ると外をうかがっている。
「知らないんだったらいいよ……探す」
 ルークの声は気もそぞろでどうでもいいような音を含んでいた。新しい遊びに夢中になっている時と同じだ。
「鉱山の街だと?」
 アッシュがルークの言葉を聞き咎め声を荒げた。ルークはアッシュの声におびえたように肩を揺らした。
「大丈夫。アッシュのことは俺が守るから」
「守るだと?貴様がか?」
 アッシュはヴァンを毒殺しておいて何が守るだと言うように眼力で人が射殺せそう目でルークを睨みつけた。
「守るよ」
 ガイにだけわかる程度にルークはふるりと震え、笑みを残して窓から外へと飛び出していった。木登りで鍛えた足腰は伊達ではなかった。ガイがしまったと窓の外を覗き込む。
「ルーク!」
 ガイが後を追うために窓枠へと足をかけた。
「ガイ……お前はファブレに復讐したいのだろう?それでルークを追うのか?」
 アッシュは足元に転がるヴァンの遺体を見下ろしていた。
「俺は違う……復讐したい気持ちがなくなったわけじゃないが、それでは姉上の望みは叶えられない」
 アッシュはどうするのだ?一緒にルークを追うにしてもこの部屋から逃げるにしても一緒に行くかとガイは目で尋ねた。
「俺はどうしたかったのかわからなくなった……ヴァンを止めたいと倒してでも止めたいと思っていたはずなのに……認められない。卑怯な手でヴァンを殺したアイツを許せる気がしない」
 俺はどうしたいんだ?と迷子のような目でアッシュはガイに問うた。
「どうする一緒に追わないのか?」
「ヴァンをこのままにもできない。俺がアイツを殺す。それまで鉱山の街などに行かせるな。預言を成就などさせてやるものか……俺が師の敵を取る」
 アッシュは忌々しそうに拳を握りしめ言う。アッシュの言葉にルークの問いの意味を察した。
「預言の成就……そうか!そういうことかっ!!」
 ガイは慌ててルークの後を追った。



++++



 ガイはずっとファブレに復讐したくて、ずっとルークを殺したくて傍にいたんだって女の声が聞こえた。ガイは否定するけど、なんとなくそれも本当で女の声も本当なんだなってわかった。
 だって……そうであるほうが収まりのいい記憶があるから……

 『復讐』って言葉がルークの頭の中をぐるぐると回る。それはルークに危害を加えることなのだと女の声は親切に説明してくれる。それをオリジナルにはしてくれるなよと言う。そしてそれはアッシュにも及ぶことを言外に示す。

 アッシュに危害を加えるのなら、ガイもヴァン師匠みたいに慈悲を与えなきゃいけないのかなって思ってちょっと悲しくなった。ヴァン師匠もいなくなって、ガイもいなくなったら本当にアッシュだけになるんだなぁって思い至ると胸がきゅんと痛んだ。
 でも、アッシュが残るならいいやってヴァン師匠のときにおもったんだから、やっぱりいいやって思った。
 ガイはルークが預言で死ぬことを復讐だと思ってくれないかな?そうだ、どうせ鉱山の街で死ぬのだから、ガイに復讐を遂げさせよう。
 ガイとそんな風にお別れすると思うだけで心臓が破裂しそうに早く打つけれど、ガイが望むような死に方をしよう。復讐はそれで終わりにならないかガイに聞いてみよう。
 それでガイに復讐したことにしてもらえば、ガイに慈悲を与えなくてもいいってことに気がついて、胸の痛みが取れた。とってもいいことを思いつけたことに満足した。

 ああ、はやく鉱山の街へ行ってガイに殺されなきゃ
 こんな身体のルークに今まで尽くしてくれたガイにお礼を込めて、ガイの望む死に方をしよう。きっと復讐を遂げたガイはルークを守ってくれたようにアッシュを守ってくれる。


 こんな風にせいせいした気持ちになれたのは初めてかもしれない。なんて清々しいんだろう。きっと死ぬときはもっと……ルークは夢見るように瞼を閉じた。

「なぁ。ガイここから一番近い鉱山の町ってどこだ?」
 はやる気持ちを抑えきれない。




++++






+++24




 「ガイが言うから来てみたけど、コーラル城は鉱山の街じゃないような気がする」
 ルークの訝しげな声が古い城の壁に響いた。ガイはこっそりと肩を竦めた。
「ここならダアトからの追手をまける。しばらく様子を見てみればいいんじゃないのか?ルークは鉱山の街に何の用があったんだ?何か必要なものでもあるのか?」
 ガイは預言の成就であろうと察しはついていたが、真意を知りたくてルークに尋ねた。
「本当に鉱山の街ならいいんだけど……違ったら困ったことになる……かも」
 ルークはガイの質問に答えるつもりはないらしく、独りごとのように小さくそう呟いた。ルークを見つめているガイの視線に気づいたのかルークが顔をあげた。
「ガイは他に鉱山の街を知らないのか?」
 ガイは何でも知ってるだろうと、昔と少しも変わらないルークの期待に満ちた瞳が眩しい。
「他には知らないなぁ。ルークこそ地理で習わなかったのか?」
 ガイはわざとらしいなと自分でも思いながらとぼけてみせた。
「習ったかも知れないけど覚えてねぇ……」
 ルークは不満そうに唇を尖らせた。あーと大きな声をあげてもっとちゃんと勉強しておけばよかったと叫んでいる。変わらない姿にガイは少し安堵を覚えた。



 放置され崩れかけたコーラル城のなかで野営を組む。 簡単な夕食を済ませてかろうじて残っていた暖炉の前で二人は並んで座っていた。
 ルークは何か言いたそうにしていたが、タイミングが掴めないのか何度も言葉を呑み込んでいた。ガイもできればその話題には触れたくなかった。ルークが聞こえてなかったり理解できていないのならそのまま知られなければいいと思っていた。


 そんな二人の会話が弾むはずもなく。長い沈黙の後にルークがぽつりと問いかけた。
「ガイはずっと復讐するために、あの家にいたんだな……」
 答えを求めていたわけでもないようで、ルークは独りごとのように言葉を続けた。とうとうガイが恐れていた言葉が出た。
「ガイとヴァン師匠は古い知り合いだったって。同志……って……それってヴァン師匠も俺を殺したかったんだよな……」
「だから俺は違う……ルーク」
 声が緊張で出ずらい。ガイの絞り出すように出した否定の言葉にルークは首を傾げた。
「違うのか?」
 その声は残念そうで、酷く落胆しているように思えた。
「ルークはそうだったほうがよかったのか?」
 ガイの質問にルークはこくりと頷いた。朱い髪が炎を受けてちらりとその朱を濃くした。
「だってさ、ガイが俺の近くにいる理由があったんだって思ったんだ……けど……なんだ違うのか。じゃあどうして一緒にいるんだ?今も……俺を殺すためじゃなきゃどうしてオレなんかと一緒にいるんだ?俺は給金を払うことは出来ない」
 ルークはすごく危険なのに……と納得がいかないと言いつのった。ルークの声は室内に想像以上に反響した。暖炉の炎が揺れる狭く暗いところで響くその問いにガイは酷く責められているように感じた。
「違うんだルーク」
 ガイが叫ぶように言いルークの肩を掴んだ。ルークは反射で逃げようともがいた。それでもガイは手を離さない。肩を掴まれた反動でルークの瞳と覗き込むガイと目があった。ルークのほうが痛いというように揺れる目をそらした。
「そうだったらよかったなって思ったんだ。俺の我儘でガイを危険な仕事に縛ってたんだじゃないって思えるし。それに今まで尽くしてくれてたガイに俺は返すものがないから……」
「え?」
「だからお返しってわけじゃないけど、復讐させてあげられたらって。俺を鉱山の街で殺してくれたらいいなって……」
 ルークはにっこりと笑ってガイに言った。
「どういう……」
「すごくいい考えだとおもったんだ」
 ルークは自信があったんだと残念そうに言った。
「ガイの気持ちがおさまるような好きなやり方で。でも血がガイに付くとガイが危険だからあんまり方法は選べないよな……毒殺って俺に効くのかな?いろいろと試してみようか?それとも今までにいろいろやってみて効かなかっただけか?」
 どうなんだ?とルークはいつもの会話のように首を傾げて尋ねた。
 ガイは想像していたことと違うルークの言葉に言葉がでなかった。ルークはそんなガイをおいてけぼりにしたまま言葉をどんどん紡いでいく。
「一番痛くて辛いのってなんだろうな。ガイの復讐の気持ちがなくなるようなの。どんな方法でも死ぬからアッシュに復讐するのはなしな」
 ルークの静かな声で続く酷い内容の話を止めたくてガイは叫んだ。
「ルーク!俺はもう復讐の気持ちはない!!」
「うん……そうだった。ならアッシュは安全だよな?よかった……」
「ん……?ならどうしてガイは俺と一緒にいるんだ?場所を教えてくれたらいいだけだったんだぞ。あのままアッシュと一緒に行けばよかったのに。あっちが本物のルーク様だったんだってガイもわかってるんだろ。
 俺の近くにいると危ないこと一番よく知ってるのはガイなのに……」
 ルークの中を占めるのはきっとそのことばかりなのだろう。話はまた初めに戻った。同じところをぐるぐると回り続けるルークの言葉は静かなゆえにとてもガイに悲しみと苦々しさを与えた。
「違うルーク。俺はお前と一緒にいきたいんだ」
 ルークは素直にうんと頷いてとても嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべた。
「俺、本当にうれしかったんだ。ガイが俺と一緒にいる理由があったことがわかって。俺がガイと一緒にいて楽しかったからさ、俺のわがままでガイにずっと危険な仕事させてるのかなって、本当はもう暇を出してやらなきゃってずっと思ってたんだ……
 俺付きって給金がいいんだろだからかなってちょっと思ってたけど……それでもガイは本当に長い間勤めてくれてたし。いつもうやめますって言われるのかなってちょっとびくびくしてた。それでもやっぱりその時が来たら俺はきっとガイをやめさせてなんかやれないなってのもわかってたし……俺のわがままだけでガイを縛ってたんじゃないって、わかって本当にうれしかったんだ」
 ルークは頬を少し染めて、ほっとしたようにそっと息をついた。ガイは強くもう一度そのつもりは随分と前になくなっていたことをルークに伝えたかった。ガイ自身もルークと一緒にいることが楽しかったのだと伝えたかった。
「だから俺は復讐するつもりはもうない!俺だって!!ルークと一緒にいられて楽しかった!だから!!」
 こくりと頷き顔をあげた時ルークの笑みがわずかに歪んでいた。
「ガイは優しいなぁ……」
 ルークは歪んだ笑みのまま照れたように小さく声をあげて笑った。
「だからガイはもう命を危険にさらす必要はないんだ……本物はアッシュなんだから」
「ルーク……」
「俺、ルークの預言を成就させるために鉱山の街で死ぬんだ。一緒に来るとガイも巻き込まれるかもしれない。だから……俺はちゃんとガイの望む死に方で鉱山の街で死ぬってアッシュとキムラスカに伝えて……」
 ガイは握りしめた拳がぶるぶると震えた。これ以上この拳を留めておくことができなかった。
「それ以上馬鹿なことを言うなっ!!」
 ガイは拳を床へと打ちつけていた。ガイの言葉をかき消すように大きな音がした。




++++






+++25



 レプリカがどうしてヴァンを殺したのかがわからなかった。あいつにそんな大それたことができるとは思っていなかった。きっと止めなんてさせないだろうと思っていたのだ。だからそういう汚れ仕事は己がすることになるのだろうとそう覚悟を決めていた。
 預言を違えて拾った命だ。あのレプリカの笑みを守ってやるのも悪くないとそんな風に思っていたはずだった。

 しかし現実はその身体の毒をもって毒殺していた。あいつには俺が必要なはずなのに……
 唇をやたらと袖口で擦りつけていたということは、口づけをしたということか。アッシュの腹の底がずくりと熱をもって何かが蠢いた。それは御しがたいほどの熱をもっていた。ふとレプリカの顔が脳裏を過った。無垢な瞳で恥ずかしそうに笑うその顔を、穢してやりたい衝動に駆られる。
 それはヴァンをそんな卑怯な手で殺したことに対しての怒りだろうとアッシュは拳を強く握った。


 リグレットが狂ったように声をあげて泣き叫ぶ声も遠くに聞こえる。腹の奥底で蠢く熱がアッシュを落ち着かなくさせる。
「ルーク……」
 名前を呼ぶと少しそれは落ち着くように感じた。
「お前の名前も家族も故郷も何もかも奪ったレプリカはとうとう、総長までっ!!アッシュこの不手際は何とする!!」
 なんとすると聞かれてもレプリカをどうすればいいのだ。心配せずとも預言通りならばアッシュかレプリカかのどちらかが鉱山の街とともに死ぬだけだ。アッシュは思わずもれそうになった溜息を飲みこんだ。
 だが、オリジナルと似つかぬレプリカ。あの歪んだ存在であるレプリカは触れるものをすべて殺してきたという。あの存在は預言の通りにそれだけで済むのだろうか?レプリカとはいえアッシュと同じ超振動を使えるのだ。世界は歪みに耐えられるのだろうか?アッシュは己の想像に背筋が冷えた。
 厄災を撒き散らすレプリカによって、世界が死滅しないとは限らない。
「俺の手で始末をつける」
 俺のレプリカなのだから、不始末のしりぬぐいはオリジナルであるアッシュがするのが当然であろう。
「本当だな」
 リグレットが念を押した。
「ああ、俺のレプリカだ俺が始末をつける」
 無邪気に笑い恥ずかしそうに体を翻したレプリカが脳裏をかすめた。愚かなレプリカには俺が必要なはずだ。あんな穢れた己のレプリカを存在させてはいけないのではないか、勝手をするなんてことは許されないことをおもいしらせてやる。アッシュは拳に力を込めた。
 


 すべてを奪ったレプリカ
 儚く笑うレプリカに絆されてしまったのが、すべての間違いだったのだ。やはりアイツは奪う者でしかない。虫も殺さぬような顔をして触れるものの魂を奪い尽くすモノだった。存在してはいけないモノなのだ。
 アッシュは己の分身であるはずのものの正体に体が震えた。己は違うはずだと手袋に隠れた手のひらを見た。何もかもを分解する超振動を操る手がわずかに震えていた。
「俺は違う……」
「俺は消したりなどしないっ!」
 アッシュは己に言い聞かせるように呟いた。

 すべてを消してしまうまえに、あいつを消さなければならない。




++++






++++26



 大きな声と音にびくりと跳ね、ルークが怯えて体を固くしたのがわかった。
「すまない……だが、本当に俺はルーク、お前のことそんな風に思っていないんだ。それはわかってくれ」
 ルークは固まったまま首を縦に振った。わかっているかどうかはかなり怪しいなとガイは溜息を飲みこんだ。小さい頃からこんな風にわかっていないのに相手の意のままに頷いて笑顔を見せていた。
 ルークは我儘だといわれているが、ルークが心の底から願ったことが叶うなんてことはないことをルークが一番よく理解している。だからやりたいことや本当に願うことをルークはいつしか口に出さなくなった。いまだって、頷いて口を閉ざしているが、わかってなどいないだろう。ルークはいつだって自分を殺して相手の意見を受け入れる。たとえそれが自分にとって意に沿わないものでもそうやって波風を立てることを恐れる傾向がある。いや、違うな。そういう風に育ててしまったというべきか……
 ガイは落ち着かない風にしているルークになんとかして伝えたいと思いながらもそのすべがわからなかった。あんなに長く近くそばにいたはずなのに、そんなことがわからないことにガイは自己嫌悪に陥った。
 事態が進展し、直面してから理解してうろたえるのはわかっていた。それを説明したいと思ってもルークはきっと理解できないだろうこともガイにはわかってしまった。
 ああ、全然変わっていない。
 この孤独に慣れてしまい独りでいて当然だと思っている子供にどうすれば、共に歩いて行くことを教えることができるのだろう。そう考えていてガイはずっと気になっていたことを改めて思い返した。
 孤独に慣れているとはいえ、『死』に対して敏感であったルークが、自らヴァンに慈悲を与えた理由はなんだというのだろう。慈悲を与えたのかと尋ねたガイに対して、ルークは後ろめたいものを感じているのか目をそらした。
 慈悲を与え、『死』を呼び寄せる触れるということにあんなに神経質で怯えているルークが、そうする理由はなんだというのだ?


「ルークはどうしてヴァンに慈悲を与えたんだ?」
 ガイの言葉にルークの体がまた跳ねた。ガイを見ることなくルークはまた眼をそらし床を見ているがその視線はおよいでいた。
「ルーク?慈悲を与えなくてはいけない何があったんだ?まさか……ヴァンからお前に触れたとでもいうのか?」
 ルークはゆっくりと首を横に振った。
「俺に触れる人なんかいない」
「ならどうして……」
「だって……」
 ガイはルークの言葉を待った。
「だって……ヴァン師匠がアッシュに酷いことさせるって言うから……」
「酷いこと?」
 ルークはこくりと頷いた。
「アッシュは神託の盾兵だ。上司の命令には背けないんだから仕方ないだろ?」
「だからそんな酷い命令はやめてくださいってお願いしたのに、師匠はだめだって……それで……」
 ルークはゆっくりとその時のことを思い返しているのか、揺らいだ瞳で手のひらを見つめた。
「命令出来ないようにした……アッシュに酷いことさせる師匠は嫌いだ」
 ルークは見つめていた手のひらで顔を覆った。そんな理由だけで殺したというのか?あんなに懐いていたヴァンをそれも慈悲という方法で……ガイは信じられない気持ちでルークを見つめていた。

「嫌いだから殺したのか?」
 知らずと声が冷たくなった。ルークはひるんだように体を揺らした。
「だって……アッシュが……」
 ルークは取り繕うようにアッシュの名前を出した。そんな人のせいにするなんて思わなかった。ガイがなんだか残念だと感じている己に気付き始めていた。
「アッシュに頼まれたのか?」
「違うっ!アッシュはヴァン師匠に会うなって言ってた」
「ならどうしてそんなことをしたんだ」
「俺、アッシュを俺の護衛騎士にしてほしくってヴァン師匠に頼もうって……それにみんなが俺をヴァン師匠が騙してたんだって言うのも間違いだってちゃんと言って欲しくってそれで……」
 どうやらルークは会いに行くことを止められていたにも関わらず、会いに行ったことを説明しているつもりらしい。それすらもガイには言い訳に聞こえてイラつかせた。
「だからそれでどうしてヴァンに慈悲を与えることになるんだ?!」
 言葉を挟んだガイの声にルークはまた肩を震わせ息をのみこんだ。怯えるなよとガイは思わず床を蹴った。
「それはヴァン師匠がアッシュに酷いことさせるって言うから……俺、やめてほしくて……」
「それはさっきも聞いた。ルーク。人が死ぬってことがどういうことかわかってるのか?ヴァンはもう何もできない。そしてもういない。お前がヴァンに会えないだけでなく。誰もが会えないんだ。アッシュだってもうヴァンと話すらできないんだぞ。それがどういうことかわかってるのか?」
 死とはそこで途切れるものだ。ガイが家族を思い出しても姉はすでにガイより幼い姿だ。そのうち両親だって追い越すだろう。話をしたくともできない。同じ時を過ごすことは二度とない。
「知ってる……でもアッシュに幸せになって欲しかったんだ。俺がアッシュに返せるものなんかないから、せめて俺がいなくなってから酷いことしなくていいようにしておきたかったんだ。ヴァン師匠にもう会えないのは辛かったけど、アッシュにこれ以上辛い思いさせるほうが嫌だったんだ!ごめんな。ガイ……ヴァン師匠はガイにとっても大切な人だったんだよな。本当にごめん……俺、どうしたらガイに償える?」
 ルークはどうしたら償えるのかとガイに訴えた。



++++







++++27



 眼の間にいるガイが酷く遠く感じた。ルークの中ではアッシュに会うまでは一番近くにいた人。一番長くそばにいてくれた人。物理的な意味でも精神的な意味でもだとルークは思っている。

 たぶんいろいろと間違っているんだろうな。とルークは話ながら思った。ガイがイラついて声を荒げるなんて滅多にないことだった。
 ヴァン師匠に慈悲を与えたことをすごくガイは怒っていた。もう会えないんだぞって切なそうに言う。会えないことはわかっていたけど、どうしてガイがそんなに怒るのかがわからなかった。ただ酷くまたガイに落胆させて間違ったことをしちゃったんだなってことはわかった。
 ガイの澄んだ青い瞳を見ることができなかった。どうしてそんなことをしたのかって聞かれてもうまく言葉にできなかった。
 だってそうしなきゃいけないと思ったから……
 ヴァン師匠に今、会えなくなるのは、すごく悲しかったけど。それはアッシュの未来には変えられない。それにいずれルークにとって大事な人は遅かれ早かれ会えなくなるのだから変わらないと思った。今か近い未来かの違いだけだ。
 そんなことを口したらきっともっとガイに落胆させるうえに、嫌われてしまうことくらいはわかっていた。ガイがそんなにヴァン師匠と仲良しだって知らなかったからごめんなさい。
 でも知っていたからと言って、慈悲を与えなかったかと言われたらちょっとわからない。ガイがヴァン師匠にやめてって言ってたらヴァン師匠はやめてくれたんだろうか?
 ヴァン師匠がアッシュに酷いことをさせないって言ってくれたら、ルークも慈悲を与えずに済んだのだ。そしてアッシュに嫌われることもなかった。
 ああ、アッシュに嫌われちゃったな……

 改めてそのことに気づいてルークは息をついた。そして今、ガイにも落胆させている。早くガイの思いを遂げさせてあげないとこれ以上ガイにまで嫌われるのはとても辛い。きっとガイもアッシュと同じでヴァン師匠に死んでほしくなかったんだろう。


 やはり何かを間違えたらしい。
 昔からそうだった。何かをしたいと思ってルークが行動すればいつもそれは周りに酷く落胆と混乱をもたらした。だからできるだけ何もせず、何も望まず、眺めるだけの時間を過ごしてきたのに……外に出ることができてからは少しは変わるのかと思ったけれど、やはりそれは変わらなかった。
 何もかもが混乱と落胆を与えて、誰かが言ってたようにルークは『絶望』を振りまくだけの存在だった。

 何もできないのかもしれない。何もできないどころか迷惑ばかりかけている。毒虫って言われたな。とルークはアッシュの言葉を思い出して苦笑した。

 独りで眺めるだけの世界
 偽者だったからそれで当然だったのかもしれない。
 この体はここにあると思ってるのはルークだけなのかもしれない。すべては幻なんだろう。ヴァン師匠いわくその幻のようなニセモノにも預言には出来ることがあるらしい。
 アッシュが酷い事をしなくてもいいように、アッシュに酷い事が降りかからないように……

 せめてそれくらいはこの体や存在が役に立ってもいいはずだ。

 そう思うこともいけないことなのかもしれない。

 早く預言とやらに従って鉱山の街で死ななくてはいけない。これ以上周りに落胆と混乱をもたらす前に一刻も早く、アッシュを預言から解放するために一刻も速やかに事を終わらせなければならない。

 そう思うと一秒でも無駄にはできないと、居ても立ってもいられなくなってきた。ガイは考える時間が欲しいって言ったまま黙り込んでしまった。もうずいぶんと時間がたった気がする。

「なぁ、ガイ……もう決まったか?」

 ルークはそわそわとして落ち着かず、ガイに尋ねた。ガイが何のことだと不思議そうに顔を上げた。
「ガイの気のすむ方法決まったか?」

 どうやらまた何か間違えたらしい。ガイが痛いとでもいうように顔をしかめて見ていた。。ただただ……早く早く……ルークはそればかりを考えていた。




++++






++++ 28



 落ち着かない様子でそわそわとして、何度も決まったか?と尋ねるルークに正直、ガイは疲れてきていた。言葉をつくしても通じない想いが宙に消える。それがこんなに心を消耗させるとは思いもしなかった。

 廃墟の中にあったベッドにしては保存状態がよかったのか、カバーを外せばそれなりに使えた。もしかすると誰かがここを定期的に利用しているのかもしれない。ガイは状態のよいベッドにルークを眠らせた。
 疲れのためか深く眠りに落ちているルークの寝息は安らかだった。そのことにガイは安堵する。時間稼ぎのためにガイは時間をくれと言った。咄嗟だったとはいえ今はそれを後悔している。そんなつもりはもうないのだとどうして諦めずに伝え続けなかったのだろうか……ルークはガイがファブレに復讐したいのだと疑いもしなくなってしまった。
 きっと眼を覚ませば日課のように、決まったかと尋ねるだろう。どういうわけかルークは焦っていた。
 無邪気にガイに復讐を遂げるための方法を尋ねる。
 ルークは残酷だ。

 覗き込んでいたルークの眼が不意に開いた。無表情にガイを見上げた。人形のように動きずらそうにゆっくりと体を起こし辺りを見回す。少しだけ表情が浮かんだ。それはまるでアッシュのように見えた。
「ルーク……どうしたんだ?」
 視線が定まらない様子で意識があるようには見えなかった。今までにこんな風に寝ぼけたことなどはない。そう言えば砂漠を独りで横断しようとした時に、ジェイドに夢遊病かと嫌みを言われていたことはあったが……まさか本当に夢遊病だったのだろうか?
「ルーク」
 少しためらいがちになるのは許してほしい。こんな状態のルークを見るのは初めてのことなのだ。
「そこはコーラル城か?ガイ……そこにいるのだろう?」
 それに対して返ってくるのはいつもよりも静かで落ち着いた声だった。
「ルークどうしたんだ?目の前にいるだろう」
 ガイはルークの肩を掴み泳いている視界に入るように動いた。
「悪い……少し回線の状態がよくない。そこはどこだ?」
「回線……?コーラル城だよルーク。一体どうしたんだ?」
「屑め!レプリカが俺を拒否しているのかもしれない……あまりクリアに見えないんだ。時間も長くは持ちそうにない……ガイ。そのままそいつをそこに引きとめておいてくれ。俺もすぐに行く」
「アッシュなのか?」
「ああ……」
 ルークの首がかくりと前に揺れた。
「くそっ……動きづらいな……」
「どうしてルークがアッシュに……」
「そんな説明は後だ。こいつは……俺が始……末……」
 ルークが苦しそうに眉を潜めた。
「どうしたんだ?!」
「がぁい……頭が痛いよぉ……」
 ゆっくりとガイとあった視線は涙でうるんでいたが、しっかりとガイを捕えていた。いつものルークに戻ったことにガイは少しの安堵をおぼえた。
「薬を飲むか?」
 ガイは慌てて荷物入れの中を探った。確か常備薬のなかにいつもの痛みどめが入っていたはずだった。ルークは頭を抱え込むとたてた膝の間に埋めた。
「あ……収まってきた……」
 ルークはそのまま頭を抱えこみ、じっと痛みが治まるのを待ち顔を上げた。意識が感じられる表情をしていた。先ほどとは違ういつものルークの顔だった。
「アッシュの声がしたような気がするんだ……ガイ……アッシュが来たのか?」
 夢かとルークは呟くと儚げな笑みを浮かべた。
「い、いや……来てないが……お前は覚えてないのか?」
「何を?」
「さっき……いや、いい……もう少し眠ったほうがいい」
 ガイは薬と水を手渡した。ルークは頷くと薬を飲んだ。安心したように息をつくとまたベッドへと横になった。ルークはもう一度ゆっくりと息を吐いた。
 どうした?とガイが身じろぎをするとルークはガイを見ることもなく呟いた。
「早くしないとガイの望みも叶えられなくなるかも知れない……」
 ルークはまたガイへと視線を戻した。
「はやくしないと……」
 ルークは怯えた様子でガイに訴えていた。
「何をだ?」
「早くしないとガイの望みを叶えられない……俺が俺でなくなる前にガイの願いも俺のやりたいこともしてしまいたいんだ……だからガイ早く」
 まるで残る時間を知ってしまった病人のような物言いにガイはルークへとどうしたのか?と問いかけた。
「どこか悪いのか?医者に行ったほうがいいじゃ……」
 言葉にすればするほど不安が募った。
「そんなのじゃない……でも、たぶん……時間がないと思う。アッシュの声が聞こえたような気がするんだ。早くしないと見つかる……」
 先ほどの現象のことだろう。ルークは何か知っているのだろうか。ルークがアッシュのように見えたこととルークのこの焦燥と関係あるようにガイには思えて仕方なかった。レプリカとオリジナルだけにだけある何か繋がりが……
「アッシュと関係あるのか?」
 ルークはぱちぱちと瞬きを大きく繰り返した。
「ガイは知ってるだろ。俺は人間じゃなかったんだ。アッシュのレプリカっていう複製品だったんだって……それもかなり出来が悪いらしい」
 ガイはそんなことはないと言いたくて身を乗り出そうとしたら、ルークが手でそれを制した。
「俺、また記憶がなくなるんじゃないかって砂漠の一件のあと心配してたんだけど、どうやらそういうことじゃなくて俺はどうやら壊れるんじゃないかと思うんだ」
 変わらず静かな声でそれは決定事項だと言わんばかりに淡々とルークは言う。あの時何か言いたげにしていたはそれだったのかとか、あの時からそんな大きな心配事を抱えていたのかと、ガイはルーク
を見つめてやることしかできないことを悔しく思った。
「誰かがそう言ったのか?」
「ううん」
 朱い髪が横に振る首についてゆるりと揺れた。
「ならそう決まったわけじゃないだろ?」
「そうじゃないけど……たぶん。そういうことなんだと思う。俺が俺で居られ時間はもうそんなに残ってないんじゃないかな。アッシュにも嫌われたし……」
 はっきりとそんなことはないと言ってやりたかったが、自身の声が不安げに揺れてる。むしろルークのほうが落ち着いていて正論に聞こえた。
「お前はルークだろ?他の誰が何と言っても俺にとってルークはお前だよ!」
 ルークで居られる時間なんてそんな言い方をすることはないだろう。レプリカであってもルークはルークだ。力強くガイは拳を握りしめて力説した。本当に抱きしめて言い聞かせてやりたい。
 ルークは驚いた顔をして笑みを浮かべた。そう言う意味じゃないんだけどと小さな声で言う。ならどういう意味だと言うのだ。ルークはルークだ。
「ありがとう……ガイにそう言ってもらえて安心した。ガイにとってのルークが俺なら俺はアッシュに嫌われててもいいや……」
 それは俺のほうがアッシュよりルークとの距離が近いということだろうか?それならば嬉しい。最近少し距離を感じていただけにそれはとてもうれしい言葉に聞こえた。少しアッシュに対してフォローする余裕が生まれるのは我ながら現金だと思う。
「アッシュはお前を嫌ってなんかないだろ?」
 それだけははっきりと言える。アッシュはルークを心配して神託の盾の本部へと乗り込んだのだから。なのにルークは自嘲を浮かべて嫌われてるよとはっきりと言い切った。
「その話はもういいよ。それよりガイの望みを叶えたいんだ。どうやって死んだらいいか決まったか?もっとゆっくり考える時間があればよかったんだけどさ。ごめんな……」
 ルークは屋敷で些細な我儘を言った時のように、綺麗な笑みを浮かべた。
 ばかやろう……そんなに俺の望みを叶えたいって言うなら『死にたくない』って言えよ。俺が連れて逃げてやるから……ルークはきっとそんなことは言わないであろう事もわかっていた。
 だからガイは苦笑するしかなかった。




++++







++++29 



 頭が暖かい。ああ、ヴァン師匠が頭を撫でてくれたんだ。
「よくできた。ルーク」
 満足そうな笑みを向けられて、低くても穏やかな声が耳殻を心地よく響く。体中がふわふわとしてとても心地よく。訓練での疲れなどあっという間に吹き飛んだ。これはきっと譜術のキュアとか言うものに違いない。
「はい!ありがとうございます」
 いつもより張った声が出る。こんな風に大きな声が自分から出るなんてすごく不思議だった。それを受けてまたヴァン師匠が嬉しそうに笑ってくれた。胸のあたりがとても暖かくてこれを手放したくないと思った。もっと頑張ってまたそうやってヴァン師匠に誉めて欲しいと厚かましく思った。
「せんせぇ」
 触れたくて伸ばした手に気付いてルークは慌てて引き戻した。
「ん?どうしたルーク」
 ヴァンはそういってルークの頭の上の手をぽんと弾ませた。このあふれる出るような感覚はなんというのだろう。声にならないほどせんせぇが頭の中でいっぱいになった。見上げた先に立つヴァン師匠がガイに呼びかけられて、こちらを向いていないのが酷く残念だった。
 こっちを向いて……
 


 暖炉の薪が小さく音を立てて崩れた。
 居眠りをしていたらしい。ヴァン師匠がルークに触れたのはその一度きりだったように思う。あの時ガイが注意したのだろう。『触れてはならぬ』と……『もう一度』をずっと求めていた。いつかきっとまたあの感覚を得たくてずっと願っていた。体を温かなものが包み込む感覚がよみがえる。そしてアッシュの顔が浮かんだ。
 ルークは思考をふりきるように緩く頭を振った。



 時間がないと確かに伝えたはずなのだけれど、ガイは一向に願いを口にする様子もない。ガイのことだから遠慮しているのだろうか。少し煩いくらいに急かしてみたりした。早くしないと願いを聞いてもそれを叶えることができなくなっては意味がない。意識を保てる間にガイの復讐と遂げて、アッシュへの危険を減らさなくてはならない。それは鉱山の街で行い預言すら成就するという綱渡りなのだから、ルークがルークで居られるうちにしなくてはいけない。

 そんなに持ち込んでいなかった食料もそろそろ切れそうだ。ガイもきっと諦めて鉱山の街へと移動を始めるだろう。その証拠に荷物をまとめ始め出かける用意をしている。
「ルーク」
 城の書庫から見つけた暇つぶしに読んでいた本から顔を上げた。ほらやっぱり移動始めるんだ。
「移動か?!」
 退屈し切っていたから思わずはしゃいでルークはベッドから降りた。
「いや、食料が尽きるから街へ買い物へ行ってくる。ついでに追手の情報も探ってくる。だからルークは城から出るなよ」
「でも……そんなことより鉱山の街へ急いで行かないと……」
「だからそのためにも情報がいるだろ。街に付く前に神託の盾に捕まってもいいのか?」
 ガイはこちらの言うことなどわかっていたとでもいうように言う。目的地に着く前に捕まってしまては駄目だ。ルークは慌てて首を横に振った。
「なら大人しく待っていられるな?どんなに遅くても日が暮れるまでには戻ってくる」
「ガイ……独りで行くのか?」
「お前を独りにするのは心配だけど、お前は目立つから街には連れてはいけない。ほら剣をつけておけ、魔物が迷い込んでこないとも限らない」
 ガイはそう言ってルークの剣を腰へとつけさせた。ずしりと重みの掛る剣にルークは独りになる不安を急に感じた。剣術は習ってはいたが、真剣を手にするのは久しぶりだ。そもそもあまり使ったことがない。
「魔物は来ないぜ。ガイ」
 魔物は来ないから使うこともない。だからこんな重たいものは持っていたくないと剣を外そうとホルダーに手をかけた。
「ああ、そうだったなだが、盗賊はどうだ?独りになったら自分で身を守るしかないんだぞ。勝手にどこかへ行ったり死んだりするなよ」
 ガイはそれをホルダーを抑えて安定させルークに釘を刺した。
「わかった」
 ルークは力いっぱいに頷いた。だってまだガイの望みを聞いてない。
「だけど……ガイ早く願いを言ってくれないと俺が俺でなくなったら待ってられないかも……」
 残る不安を口にすれば、ガイはまた痛いって顔をした。ガイは行ってくると背を向けた。ガイの後について城の出口まで追いかけた。その姿が小さくなって見えなくなるまで見送った。

 独りになって先ほどと同じようにベッドに持たれて本を開いても、少しも内容は頭になんか入ってこない。時間はさほどたっていないことはわかっていたが、ガイはまだ帰ってこないのかと窓から外を何度も覗いてみる。遠くに人影が見えた。赤と黒が印象的な影にルークは慌ててベッドへと駈け戻った。
「アッシュだ……アッシュが来てくれたアッシュが……来ちゃった。どうしよう」
 クッションを抱える手が震えていた。嬉しいと困ったことになったとがぐるぐる回ってどうしていいのか分からなくなった。とりあえず見間違いではないかと心配になってまた窓へと駆け寄った。先ほどより近くなった姿は紅い髪がはっきりと見て取れた。
 ルークは慌ててベッドへと駈け戻った。シーツをかぶって隠れていようかとシーツをかぶってみた。
「どうしよう……どうしよう……」
 でもアッシュに会えてうれしいのも本当でまたルークはその姿を確認したくて窓へと駆け寄った。ちらりとその姿を確認すると怖くなってベッドへと潜り込んだ。きっと怒っている。だから会うのは怖い。でも会いたい。あの温かな手で触れて欲しい。それは駄目だと望みを断ち切ろうとしては失敗する。
 アッシュを求める気持ちと怖いという気持ち、嫌われてるのだから諦めろと己に言い聞かせる。もう望みは決まっているのだ。アッシュを預言からすべての危険から守る。それだけだ……
「ガイ……ガイ……早く帰ってきて、早くその望みを言って」
 アッシュにまた会えば離れたくないと思ってしまう。
「ヴァンの次はガイか……この屑がっ!!」
 被っていたシーツが引かれてルークは勢いでベッドの上に投げ出された。
「アッシュ……」
「てめーはそうやって気に入らなければ殺して逃げて、それでまた新しいもんに依存して世界を破壊すんだろ?え?レプリカ」
「アッシュ!」
 アッシュを視界に入れた途端に無意識に体が彼へと向かって飛び出していた。会いたい。触れたい。それだけで己の中がいっぱいになる。
 嫌悪の表情でアッシュに刃を突き付けられ、ルークは伸ばしていた腕を引き戻した。目の前で煌めく剣にルークは息を飲んだ。
「ご、めん……なさい……俺が触れようとするなんて……」
「触れるだけで死を呼ぶとはな……はっ!お前が世界を滅ぼす前に俺が始末をつける!!てめぇが俺のレプリカかと思うと吐き気がする」
「アッシュ……?」
 振り上げられた剣よりも言葉がその視線が痛くてルークは喘いだ。
「死ね」
 その言葉と同時に剣が振り下ろされる。ルークは首筋を差し出そうとして思いとどまった。まだここは鉱山の街ではない。そして大量の血が飛び散ればアッシュですら無事とは言いきれない。ルークは咄嗟に腰に付けた剣で受け止めた。
「ふん……まだ足掻くのか?レプリカ」
 押しつけられた剣が重い。ルークは震える腕で懸命に押し返した。それでかろうじて均衡を保っていられる明らかな力の差にルークはアッシュを説得しようとした。
「駄目だ。アッシュ……俺の血は毒なんだ。アッシュが危ない。俺はちゃんと鉱山の街で死ぬから!だからもう少しだけ待って」
「預言か?そんなもの今更何の意味がある。ルークはすでに死にルグニカ大地ではすでに預言通りに戦が始まっている。お前などおよびではない!!貴様がその力で世界を破滅させる前に俺が始末してやるって言ってるんだ。大人しくその首を差し出せ。これ以上手間をかけさせるな」
「やだ……だって、ここは鉱山の街じゃない……ガイの望みだってまだ……」
「またガイかっ!屑がっ!!」
 アッシュはルークの剣を反動に使い一歩下がりまた打ちつけてくる。剣によって裂かれたクッションから羽毛が舞い散る。ルークはベッドから飛び降りて逃げた。お遊び程度の剣術で二つ名持ちの将校に正面からやり合って勝てるわけがない。
 ただ次の手がわかる。それだけでかろうじて避けて逃げることに徹する。それすらも体力のないルークには時間稼ぎすらできなくて部屋のすみへと追い詰められてしまった。嬲るようなその攻撃は躊躇だといいのにと思いながらルークはアッシュの名前を叫び続けた。
「アッシュ!お願いだから!」
「駄目だ。お前はいずれ世界を滅ぼす……俺と同じ力でな」
「アッシュ……俺、ちゃんとするから!」
 追い詰められてアッシュと真正面に向き合い。威嚇とはいえ剣先をアッシュに向けることすら苦痛だった。腕の筋肉の疲労で剣先が震えた。
「そこまでです」
 静かな声が割って入った。アッシュの喉元にいつの間にか槍が突き付けられていた。




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+++ 30 



 つかの間とはいえ、廃墟になった城のなかでルークと二人きりの生活はガイに平穏を与えた。まるで屋敷の生活が続いているような錯覚。ただ時折思い出したようにルークがまだか?と望みを言えと催促をする。それから逃れるようにガイは食料調達と情報収集を理由に城を出た。ルークを独りにする事は不安ではあったが、城から出ないように言い含めて街へと降りた。
 急げば数時間で戻ってこられる距離だった。追手が掛っていることを理解しているルークも独りで外へ出ることもないだろう。街へ出ることもたぶん考えもしないだろう。かわいそうな子供だ。ガイと離れることに不安そうにしたが、一緒に街へ行くとは言い出さなかった。
 城を出たガイを長い間見送っていた。



 帰路をゆくガイは焦っていた。肩にかかった荷物袋の重みが邪魔に思えるほどに、休憩に入った酒場で耳にした話にガイは思わず店を飛び出していた。
 世界の情勢が数日でそこまで変わるとは想定していなかった。ルグニカで起きた戦争を停戦させるほどの障気の噴出。いずれこのままでは世界は障気で滅亡する。対策のために世界会議が開かれているらしい。そして赤毛で緑の瞳の青年が世界を救う英雄となるらしい。彼をバックアップするために、見かけたらすぐに連絡せよと通達がなされたと言う。
 それのおかげでアッシュがこの町の近くまで来ていたこともわかったわけだ。ガイはアッシュはもう城についてしまっただろうかと遠くに見えた城を見つめた。まだルークのいる窓は見えない。
 もしルークとアッシュが会ってしまったらそのまま二人でどこかへ行ってしまうのではないか?と、そればかりが気になって気が逸る。まだルークへ望みを伝えていないとはいえ、復讐されたくなければアッシュと逃げれば良いだけのこと。アッシュに心酔しているルークならいいように言いくるめられてしまうだろう。
 城には殺気立った人の気配が漂っていた。物影から見えた姿はマルクト兵と白光騎士団の混合のようだった。城内に十数人は散っているようだ。
「ルーク!!」
 ガイは気にせずにルークのいる場所へと急いだ。
 室内は争った形跡がありありと残り、床にはクッションの内容物である羽が散っていた。ルークを庇う形でジェイドがたち、アッシュと睨みあっていた。
「何があったんだ?」
「ガイ……ここまでの道案内ありがとうございました。おかげでルークに会うことができました」
 ジェイドが涼しい顔でいう。ルークが困惑した様子でガイとジェイドを見比べている。
「道案内?」
 ルークが首を傾げてジェイドに尋ねた。
 道案内とはどういう意味だと考えるまでもなくつけられていたことに気付いた。しかも途中で先回りされていたらしい。焦りが生んだ油断に後悔しても遅い。異常に多かった魔物の理由がわかって疲労が増した。
「ええ……そして先回りさせていただきました。そのおかげでルークを助けることができたので上場でしょう。アッシュ、剣を引いてください。ルークにはしてもらわねばならないことがあります」
「この出来損ないのレプリカに何ができる!こいつはここで俺が始末をつける!そこをどけ死霊使い」
「アッシュ……」
 ルークが悲しそうな声でアッシュを呼ぶ。
「アッシュ?どうしたんだ?始末をつけるって何を言ってるんだ?」
 ガイにはどうしてアッシュがルークに向かって刃を向けているのかが理解できない。ジェイドから守ろうとしているわけではなかったらしい。
「それ以上近づくんじゃねぇ!こいつは禍にしかならない。そうなる前にオリジナルである俺が始末をつけるって言ってるんだ。こいつに世界を救うなんてことできるわけがねぇ。アクゼリュスの二の舞になるだけだ」
 ガイはアッシュにぎろりと鋭い視線で睨まれた。
「障気を中和するには超振動が必要なのですよ」
「それは俺がする」
「あなたには大地の降下をしていただかねばなりません。まだ最後の大仕事が残ってますよ。それこそあんな細やかな作業は音素の扱いを知らないルークには無理です」
 アッシュが悔しそうにぎりりと歯を食いしばった。
「俺、ちゃんとする。頑張る」
 ルークが強張った表情ではっきりと言った。
「てめぇは黙ってろ。わかってないんだろ。術者は確実に死ぬってわかって、てめーはそんな風に言えるのか?!!屑は黙ってろ!」
「おやおや……」
 ジェイドは呆れた風に両手を天に向けて振って見せた。
「アッシュはおかしなことをいいますね。ここで死ぬのなら、役に立って死んでもいいじゃないですか。ね?ルーク」
 ジェイドの胡散臭い笑みにつられたようにルークはこくこくと頷いて見せた。
「俺、ちゃんとやる。だってそこは鉱山の街だって!」
 ルークはそこでようやく思い出したようにガイを見て笑みをみせた。
「ガイの望み!そこに行くまでに聞いておかなくっちゃな!」
 これから剣術の稽古をするんだと張り切る子供のように、ルークはとても楽しそうに瞳を輝かせた。
「何を言ってるんだ?ルーク?」
 震える唇から出た言葉はそれだけだった。ルークが不思議そうにガイのほうを向いて首を傾げた。
「だから、鉱山の街に行くんだよ。ガイ。そこでガイの復讐も済ませるんだ。俺を好きな方法で殺していいからな。でもその超シンドーとかをしてる間は駄目なのかな?どうなんだ?」
 ルークは前に立っていたジェイドに尋ねた。首を傾げて真剣に尋ねる姿はとても愛らしかった。
「そんなことする必要を感じませんが?」
「でも、ガイの復讐しないと駄目なんだ。な、ガイ。俺に復讐したら気が晴れて母上やアッシュは大丈夫なんだよな?」
 いつの間にそういう話になっていたのだろう。ジェイドの軽蔑の眼差しが痛い。アッシュが怒りのあまりに耳まで赤く染まっていた。
「馬鹿にするなっ!屑に心配などされる必要などない!!」
「ルーク……俺は復讐なんてもうするつもりないって言っただろ?」
 アッシュの勢いにルークが脅えてジェイドの陰に隠れた。影からルークはこちらを伺っている。
「復讐しないのか?ガイ……俺を殺さなくてもアッシュに酷い事したりしない?」
 残念そうに尋ねて、念を押すように言うルークを見ているのが辛かった。
「ああ……もうそんなことしないさ」
 むしろルークを守りたいと思ってるんだ。そう言う前にアッシュがいつまでそうやって人の陰に隠れてるつもりだと叫び剣を突き付けた。ジェイドが冷静に槍で剣先を弾いた。
「煩いですよ。アッシュ。あなたは他にすることがあるでしょう。早くアブソーブゲートで大地降下を完了させてください。その間に訓練をさせ、レプリカには障気を消して頂きます。それがキムラスカ国王の命令です。もちろんマルクトもダアトも賛同しております。世界を敵に回すおつもりですか?」
 アッシュが悔しそうに剣を引いた。
「好きにしろ。こいつに超振動が扱えるとは思わねぇがな!」
 捨て台詞を吐いてアッシュは踵を返した。
「アッシュ……どうしたんだ?ルークはお前のレプリカなんだぞ。止めないのか?!」
「そういうガイこそファブレに復讐するんじゃないのか?」
「だから俺はそのつもりはもうないって言ってるだろ」
 ガイは部屋を出て行こうとするアッシュを追った。このままルークと物別れさせてはいけないようなそんな予感からだ。
「そっか……そうなんだ……」
 ルークはがっかりとした様子で肩を落とした。
「さて、これで気が済みましたか?」
 ジェイドがルークをエスコートするように先へと手を流した。
「ああ」
 優雅に頷いてルークはジェイドの後をついて崩れた壁から廊下へと出て行く。
「ルーク!!待て!ジェイドについて行くということは死ぬかもしれないんだぞ!また超振動を使うのか?!」
 ルークはゆっくりと振り返って、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。ガイの言葉を理解しようとしているようだった。
「超シンドー使うのはちょっとわかんないけどジェイドが教えてくれるって言うから俺やるよ。世話になったなガイ!」
 ルークは晴れ晴れとした顔で笑みを浮かべた。さようならと動いた唇を翻った髪が隠す。出迎えに来た白光騎士に促されてルークは背を向けた。


 ルークと呼びかけた声を聞きなれないすごい金属音が大気を揺らしかき消した。ガイは慌てて外へ出ると空を見上げた。飛行物がゆっくりと降下してくるのが見える。それも2機も
「なんだあれは?!」
「アルビオールだ。創世暦時代の譜業を復活させたらしい」
 同じように見上げていたアッシュが子供のように楽しそうに口の端を上げた。そう言えば昔だが、ルークと違いアッシュは音機関には興味を示していた。
「ガイはレプリカと行かないのか?」
「そういうアッシュはどうするんだ?」
「俺は眼鏡の言うとおりにするのは癪だが、大地の降下をしなければいけない。それをすませる。あの屑の始末はそれからだ……いざとなれば俺が障気の中和もする」
「お前は独りなのか?」
「いや、ギンジがいる」
 誰だと視線で問いかけるとアッシュはアレの操縦者だと自慢げに空に浮かぶ音機関を指差した。
「あの屑がまた人に唆されて力を使わないように見張っててくれ」
「アッシュ……」
 なんだかんだ言ってやっぱりアッシュはルークのことを心配しているだけじゃないのかとガイは安堵した。
「ああ、そうだな。ルークには俺がついててやらないと」




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