■■最新更新分■■


+++誰も触れてはならぬ   (アシュ←ルク)




+++10



 アッシュが突然腕を引き再び抱きしめてくれた。ルークは強い力で抱きしめられて足から力が抜けた。頭に血が上りふわふわとした心地になって、後先のことも考えられないままにしばらく時間をくれというアッシュの願いを聞きいれた。

 メモを残す間に用意されたフレスベルグに乗せられ、山をいくつか越えた。眼下に緑に囲まれた城が見えた。手入れが滞っているのか住む者がいないように見える。草が石畳を割りあちらこちらに顔を出している。蔦は壁を這い、窓までも覆っていた。
 アッシュの合図でフレスベルグは地上におり、ルークも大地へと降ろされた。
「こんなところで何をするんだ?」
 ルークの質問にアッシュは応えることなく奥へと入っていく。ルークは洋服に絡む草をよけながら後を追った。階段を上がり入った部屋に大きな譜業装置が据え置かれていた。その隣に立つ者とアッシュは話をしている。
「ほーこれが完全同位体ですか?」
 じろじろと不躾に眺められルークはたじろぐ。
「完全同位体であるにもかかわらず毒の身体だ。どうしてだと思う?ディスト」
「さぁそれは調べてみませんと。完全同位体でないかもしれないということですか?」
 ルークを無視したまま二人の話は進んでいく。ディストと呼ばれた男が装置を操作し、中央のベッドに横になるように指示する。
「なんだよ?」
「お前のその特異体質を調べてもらう。こいつはこう見えても科学者だ」
「俺の……」
「ああ、なぜ俺に効かないかと効いたな。それの答えもそれがわかれば解るかもしれねぇ」
 ルークは大人しく中央のベッドに横になった。
「毒を消すことができるのか?」
 ルークが躊躇いつつ発言した。アッシュはディストに返答を視線で求めた。
「さぁそれは調べてみないとわかりませんよ」
 ルークは指示に従いゆっくりと横たわった。


 「すばらしい、あなたのレプリカは完全なる同位体ですよ!!」
 酷く浮かれた声が聞こえた。それに対する声は冷静だった。
「ならばどうしてこんな特異体質になっている?」
「予想ですが、貴方のその後天的に身に付けた耐毒の性質が第七音素を変質させているとしか考えられませんねぇ。障気と同じですよ第七音素が毒化したようなもの」
 アッシュが忌々しそうに舌打ちした。
「で、こいつの毒は消せるのか?」
「それはこのデータを解析してからでなければわかりませんね。別にいいじゃないですかこのままでも」
 がんっ!と硬質な物を叩いた音が響いたいつの間にか眠ってしまっていたらしい。。ルークは音に驚いて咄嗟に目を開いた。
「気がついたか?起きあがれそうならそろそろ戻りたいのだが」
 ルークはベッドに横になったままで声のする方へと目を向けた。碧の瞳が覗き込んでいた。鈍く頭痛がしてルークの意識は遠のきがちだった。
「アッシュ……?」
「ああ。どうかしたか?」
 アッシュがルークの乱れて目にかかった髪をかきあげ、そのまま頭を撫でつけた。ルークは驚いて身じろぎをしたがその手から逃れることはなかった。驚きに見開いていた瞳はうっとりとした表情に変わり、ルークはゆっくりと目を閉じた。いつまでもそうしていてほしいと思うルークの気持ちとは裏腹にその手はすぐにルークから離れていった。
『検査はキツイものではなかったはずだが……』
 アッシュの困惑した声が頭痛と共に頭の中で響いた。
「声が頭の中でもする……ような気がする」
「ああ、ついでに同調フォンスロットを開いておいた。お前とこれで連絡がとることができる。これからは俺の言う通りにしろ」
「同調フォンスロット……幻聴?」
「違う。俺の声がお前に伝えることができるようになった」
 ここについてからは難解な言葉が飛び交いルークには理解できなかった。ルークはアッシュの言葉も少し理解できなかったが、穏やかな感情が伝わってきていたので問題ないことなのだろうと判断した。それより気になっていたことを尋ねた。
「俺の身体はもとに戻りそうか?」
「それはデータの解析をしてからだそうだ」
「そっか。よろしくおねがいします。先生」
 ルークはゆっくりと身体を起こして頭を下げた
「健康面は異常なしです」
 ディストは作業をする手を止めることなくそれだけを言った。。ルークの頭の中の声がやむと頭痛も消えてしまった。

「アッシュが俺に触れられる理由もそれからなのか?」
 ルークはゆるゆるとベッドから降りるとアッシュに尋ねた。アッシュにその責があるわけではないが、期待しただけにその落胆は隠せない。
「ああ、それは俺が毒に対して耐性があるからだろうな。それにお前は」
「アッシュ!では私は研究室に戻ってこれを解析しますからね!楽しみですねぇヒトの完全同位体データ。奇跡のデータですよ!!」
 アッシュがそこまで言いかけた時にディストが叫ぶように言うと譜業椅子で部屋から出て言った。
「ああ」
 アッシュも同じように部屋から出ていく。外はすでに夕闇が迫っていた。




 フレスベルグの足元にヴァンが待ち構えていた。
「ヴァン師匠!」
 ルークはうれしそうにヴァンの元まで駆け寄った。その後ろには心配顔のガイが同じように立っていた。
「みな心配していたのだぞ」
「ルーク!メモ一枚でいなくなって心配していたんだぞ!!」
 ガイは抱きしめてやりたいとでもいうように両手を彷徨わせて大きな声で怒鳴った。ルークは回りにいる白光騎士団のぴりぴりとした感じに首を傾げる。心配しなくていいようにメモを残したはずだった。
「あれ?ヴァン師匠の手配してくれた健康診断を受けてたんですけど……」
「私は手配してなど……」
「でも六神将の方がお迎えに」
 ルークはくわしいことを聞こうとフレスベルグの上にいるアッシュへと視線を投げかけた。視線の先は空が広がり小さな影があるだけだった。ルークが首を傾げている間にフレスベルグは空へと舞い上がっていた。
「アッシュ?!」
「アッシュこれはどういうことだ?!!下りてきて説明しなさい!!」
 ヴァンが空に向かって怒鳴りつけるが、フレスベルグは下りてくることはなかった。ルークはさようならと空に向かって手を振っていた。
「ガイ〜俺何か飲み物が欲しい」
 ルークはのんきな声でそう言うとあてがえられた天幕へと入っていった。



++++





+++11



「まったくどこへ行ってたのですか?」
 ガイはカップを差し出しながら、ほんの少しの怒りを滲ませていた。
「怒られたのか?」
「そりゃ……少しだけですけどね。主人を置いて遊びに行ったと……あと見張りに立っていた白光騎士殿はかなり絞られてました。持ち場を離れたと……」
「あっ、それ……俺がお使いを頼んだだけなのに。それにメモを置いていっただろ。ヴァン師匠のご用だって」
「それがヴァン謡将はご存じなかったようで騒ぎが大きくなったようだな」
 ガイが呆れたように大きく息をついた。口調が二人だけのときの砕けたものに戻っていた。ルークも格好を崩してだらしなくソファにもたれかかった。
「知らない?だって六神将のアッシュが迎えに来たんだぞ」
「書き置きをみてヴァン謡将に尋ねに行ったら知らないってことで、お前が誘拐されたって大騒ぎだ」
 ガイは祭りで購入した様々な菓子をテーブルに並べ始めた。
「これ、祭りで購入した駄菓子。とくにこれが新しくて人気だそうだ」
 ルークは興味深げに色とりどりの菓子を覗き込んでいた。特に深い赤の菓子を手に取り口に入れた。口をもごもごとさせた後にルークは顔をしかめた。酸味が強いのが気に入らなかったらしい。
「彼の勝手な行動だったんだろ?」
 ガイの返答にルークは眉を顰めた。不満そうに唇を尖らせた。
「俺の健康診断をしてくれたんだ。この特異体質も心配してくれて、治す方法がないかダアトの研究者だって調べてくれるって言ってくれたのに」
「調べさせたのか?」
 ガイの声が跳ねた。声の調子とは違い手は止まることなく次から次へと菓子の次は玩具をテーブルへと並べる。玩具は音機関を使ったものが多いのはガイの好みが多いにかかわっている。
「ん〜?調べたってほどの事はなかったぞ。ちょっと横になってすぐに終わった。アッシュ怒られてなきゃいいんだけど……あと怒られた俺の見張り役の奴大丈夫かな?」
「さぁ俺は知りません」
「ガイは意外と冷たいな」
 不安そうに眉を顰めたルークに対してガイは他人事のようにさらりと返す。
「冷たくもなりますよ。俺だって帰って来たらルークはいないし、怒り狂った隊長に捕まって散々だったんですから」
「悪かった……後で隊長を呼んでくれ。それからヴァン師匠に会いに行く手配を頼む」
 ルークにしては殊勝に申し訳なさそうに小さくなっていた。
「わかりました。それであのアッシュと言う人ですか?公爵様に似ているというのは」
 ガイが諦めたように笑みを向けて、気になっていたことを尋ねた。途端にルークは元気を取り戻し身体を乗り出した。
「そうそう!お前も思っただろ!父上に似てるって、それに!!俺に触れてもなんともないんだ」
 やっぱり似てるよなぁと呟きながら、クッションを抱きしめた。ルークは恋をする乙女のように頬に朱を乗せている。
「軍人らしく言葉はぶっきらぼうで少ないけど、優しいんだ。俺の身体の心配してくれて健康診断までしてくれてさ。ヴァン師匠が手配したんじゃなきゃアッシュがしてくれたってことだろ」
 ルークは興奮したように言いつのった。
「すごく普通の人と同じようにしてくれるんだ……フレスベルグに乗る時も抱きかかえてくれてさ」
「抱きかかえた?!!」
 ガイが驚いて動きを止めた。
「だろ〜驚くだろう?マント越しだったけどさ……そうじゃないとフレスベルグが脅えて乗れなかったんだけど……」
「そっちじゃなくて抱きかかえさせたんですか?」
「そうだよ……じゃないと俺独りでフレスベルグなんかに乗れねぇって。空を飛んだのも初めてで面白かった。また乗りてぇな」
 遠い眼差しで思いを馳せているルークに、ガイがもう言っても仕方ないというように呆れて溜息を大きくついた。
「普通は公爵子息っていうのはそういうことさせないものですよ。聞いてないと思いますがご忠告しておきます」
「アッシュが俺が落ちないようにマントをぎゅってしてくれたら、なんだか不思議な、いや、違うな、懐かしいかなそんな感じがした」
 ルークは抱きしめたクッションに恥ずかしそうに顔を埋めた。
「何かお礼をしたいなぁ」
「そのうち何か要求でもあるんじゃないのか?気をつけろよ。ルーク」
 ガイは冷たく言いながら、手にしていた音機関の玩具を起動させた。ガーガーと音を立て単調な動きを繰り返すそれにルークは気を取られて空返事を返した。



++++





+++12



 バチカルに戻ると軟禁など今までしていなかったように、アクゼリュスへと親善に向かう大使に任命された。供に行く従者を選べと言われ思い出したのはアッシュだった。
 またアッシュに会えるかとルークは勇んでその名を叫んだ。
「父上。俺、アッシュがいてほしいです」
「アッシュとは何者だ?」
 クリムゾンはその場を見回した。その者は同席しているのかと問うようにガイで視線を止めた。ガイがぎょっとしたように身体を震わせた。
「神託の盾の六神将に名を連ねる『鮮血のアッシュ』殿のことだと思われます。旦那様」
「なんと六神将と……」
 クリムゾンはモースの方へとちらりと視線を流した。モースは鷹揚に頷き、勿体を付けたように首を横に振った。
「申し訳ありませんが、アッシュはただ今特務師団の任務中でしてな。すぐさま連絡をとることも難しい残念ながらルーク殿のご希望を叶えるすべがありませんな」
「特務師団だと……うむ。ルークの希望は叶えてやりたいが連絡がつかぬと言うのならば致し方あるまい」
 クリムゾンが残念そうにルークに言い聞かせるように言う。陛下がルークの名を呼び諦めろと視線で申し渡した。
「そうですか……」
 ルークは残念に思い項垂れた。
「特務師団はルーク殿に同行できませぬが、ヴァン謡将が同行しますこれ以上の心丈夫はございましょうか」
 モースは最上の人選だというように頷いてみせた。クリムゾンも陛下もそれで話は終わりだと言うように頷いた。
 アッシュには連絡が取れないという事実にルークはとても落胆した。みんながいうように総長であるヴァン師匠が一緒だと喜ぶべきだとルークは己に言い聞かせた。


 旅の準備をするために忙しそうに右往左往するガイをベッドの上でルークは眺めていた。手持無沙汰なルークはしばらくはその様子を見つめていたが、抱きしめていたクッションを荷物袋へと押し込める作業をすることにした。
 ルークの奮闘にも関わらず、小さな荷物袋にはふわふわとしたクッションはなかなかすべてが入りきらない。頭が入れば反対が飛び出す。
「何やってるんだ?ルーク」
「俺も荷物作りを手伝おうと思ってクッションを詰めてるところだ」
 初めての冒険を終えたルークは少しは成長したところを見せようと、意気揚々と胸を張って言った。
「それがいいのか?」
 ガイが困惑気味に尋ねるのに、ルークが素直に頷いた。
「いつも愛用してるのはこれだろ?駄目か?」
「その小さな荷物袋はルークの手荷物のつもりなんだが……他にも必ず必要なものがあるだろ?急に必要になるかもしれない予備の手袋とかハンカチとかそういうものを入れるための袋だ。あとは常備薬とかな」
「なんだそうなんだ。入らないはずだよな」
 明らかに袋の方が小さいのだが、ガイは苦笑を浮かべながらも突っ込みを入れることは諦めた。
「じゃあこれはこうやって抱きしめていくことにするな」
 ルークはへにゃりと笑みを浮かべてほとんどはみ出ていたクッションを引きずりだして抱きしめた。
「ああ、そうだなそうしてくれ」
 ガイはベッドの隅にあったぬいぐるみをといわれなかったことに安堵しつつ、手にしていたルークの薬やグミなどをを開いた袋へと押し込んだ。
「またしばらくは船旅になる。今度はちゃんと準備してくからそんなに不便はかけるつもりはないが……足りないものが出ないようにしっかりと準備しておかないとな」
 ガイは大きく息をついて何度も荷物を確かめている。
「アッシュがいてくれたらきっと退屈することもなかっただろうなぁ」
 ルークは再びベッドに懐きながら呟いた。
「あんな場所で急に六神将の名を上げるなんてどういうつもりだ?」
「だってさ……また会いたかったんだよ」
 ルークは頬を上気させて、言い訳するように言いつのった。
「……アッシュが一緒ならガイの仕事ももっと楽になるんじゃないかとおもったんだ……だってほら俺に触れるんだし……」
「六神将に身の回りの世話をしてもらうつもりかよ。それはまかり通らなくてよかったかもな……」
「ちげーよ!アッシュは強いから護衛だったらいいなっておもったんだよ。俺の護衛でずっと一緒だったらいいなって……そのまま白光騎士団にならねぇかな?ってちょっと思っただけ」
「白光騎士団に?六神将が?まぁもう一方の心配も俺の杞憂だったみたいだしな。まぁ事と次第によってはできないことではないかもな」
「心配ってなんだよ?」
「だからさ、似てるんだろ?それもキムラスカ王家の貴色を持った人なんだろ?そりゃ公爵様の隠し子かって思うのが当然だろう?」
「え?アッシュは父上の子供なのか?」
 ルークは驚いて身体を起こした。ガイがくすりと笑い首を横に振る。
「だから、違うだろ?旦那様も心当たりないみたいだったから隠し子ってことはなさそうでよかったな」
「なんだ。兄弟ができるのかと思ってちょっと喜んだのに……」
「おいおい……そこかよ。この話はここだけの話なんだからな。他ではそんなこと少しでも口にするなよ。ルーク。大変な問題になるぞ」
「そうなのか?」
「そうだろ……お前王位継承権三位って自覚がなさすぎだ」
「自覚ぐらいあるってーの!」


 頼んでいた荷物を持ってきたとメイドのノックで二人の会話はそこで終了した。



++++
 メモ:クリムゾンはルークが特務師団などというものとお近づきにならなかったことに安堵しております。どことなく過保護なのです。いろいろと突っ込みたいところはあるけどさらっと……orz






+++13


 船が使えなくなったことがそもそもの問題なんだとルークは思った。
 途中までは皆で機嫌良く船旅を楽しんでいた。妨害をしようとする魔物に襲われルークの乗る船だけが逸れ、そしてとうとう座礁してしまった。
 先を急ごうと言う者とバチカルへ帰ろうと言う者、カイツールからの救援を待つと言う者。実際には怪我人とその護衛を残しバチカルに救援を求めに一部戻せばもう幾人も残らないのだが、少ない者達で喧々諤々やり合っている声が天幕の向こうから微かに聞こえる。座礁前から頭痛に悩まされていたルークは作戦会議というものに参加できない。
 伝書鳩の連絡によると、ヴァンが率いる救援の本隊は予定通りにアクゼリュスへと向かっている。部隊長は避難民の移動が済んだ頃あいをみて、キャンプ地にカイツールからの救援隊と共に親善大使が顔を出せばよいと言う。


 急ごしらえで仕立てられた天幕の中でルークはベッドに突っ伏したままガイからその報告を受けた。
「本国からは親善大使は一刻も早く現地に入れという催促だったようだが、お前の体調もあまりよくないだろ。部隊長は隊員の負傷者のことだってある」
「でも、親善大使の俺が……いか……ないと……ヴァン師匠も……うっ……」
「またいつもの頭痛か?」
 ガイに遅れて入ってきたジェイドを迎えるために身体を起こそうとしたが、頭を抱えて身体を二つに折る。陸路で馬車ででも行くと言うルークにジェイドが気にしませんよとベッドに横になることを勧めた。
「安静にしていたほうがいいのでは?」
 ガイもルークに横になるように勧める。サイドに置かれた水差しを手に尋ねた。
「いつもより長引くな?薬は飲んだのか?水を飲むか?」
 ルークは手でそれはいらないと指示する。
「すぐに治る……アッシュ?」
 ルークは頭を抱えたままアッシュの名を呼んだ。
「どうした?」
「ザオ……どこ?ザオ遺跡へ?」
「ザオ遺跡ってどこにあるのかわからねぇ……」
 ルークは独り呟くと不意に苦しみがなくなったように辺りをみまわし、紙に地図をかき始めた。
「おい……ルーク?」
 ガイの尋ねる声には答えず地図を書き終えるとルークは脱力したようにその場へと崩れ落ちた。
「ルーク大丈夫か?どうしたんだ?」
「よくわからない……アッシュの声がして、身体が勝手に動いた。アッシュが地図を書いてやるって言って……どうして俺の身体が勝手に……」
 ルークは困惑しそして不安そうに唇を震わせた。手元にある紙にははルークが知るはずもないアベリア大陸と道が描かれていた。ザオ遺跡と書かれた場所に大きく印が入っている。筆跡もルークのものではなかった。
「どうして……俺……」
 ルークは不安そうにガイとジェイドを見上げた。
「頭痛はどうだ?幻聴はまだ聞こえるのか?」
 ガイは心配そうに覗き込み質問する。ルークははっと気づいたように頭に手をやった。緩く頭を横に振りほっとしたように息をついた。
「もうない……」
「アッシュの声ってどういうことだ?今までの幻聴もアッシュだったのか?」
 ガイが軍医を呼ぼうと立ち上がるのをルークはとどめた。
「もう大丈夫なんともない。怪我人がたくさんいるんだ必要ない」
「でも…」
 ガイは心配そうに何度も入り口を振りかえる。
「私が診察しましょうか?」
 ジェイドがルークの前に立った。こう見えても医師でもありますのでと笑みを見せる。
「いい……大丈夫だ。頭痛はいつものことだ」
「ですが、いつもと様子が違うという話では?」
 ジェイドがガイに尋ねガイも頷いた。
「声……声が今までのと違った。はっきりとアッシュだってわかったんだ……そうだザオ遺跡に来いって……どういうことだろう?」
 ルークはゆるゆると立ち上がり簡易ベッドに座った。
「なぁガイ……この地図で俺達の居るところってどこだ?」
 ガイは仕方ないというようにルークの前に立ち、地図を覗き込んだ。
「さっきの話だとこの辺りにいるはずだ」
 ガイは地図の上アベリア大陸側。カイツール軍港の対岸を指差した。
「ならザオ遺跡は歩いてでも行けるよな……」
「まさか行くつもりなのか?」
「大丈夫だって!俺だって怪我人を引き連れて行くなんてことはいわねぇよ……怪我人とその護衛はここでカイツールかバチカルだかの迎えを待ってればいい。俺はアッシュに会いに行く」
「どうやって?」
「地図があるし……どうにかなるって……」
「この辺りは砂漠ですよご存じですか?」
 ジェイドがひょいと地図を覗き込みガイに尋ねた。
「砂漠……」
 ガイがそう呟いて絶句する。
「砂漠だとどうなんだよ?」
「そうですね徒歩となるとかなり過酷な旅だということですよ」
 ジェイドに言われてルークはぐっと言葉を詰まらせる。
「大丈夫だって!砂地用の馬車だってあるし……迎えが来るまでの待っている間にちょっといってくるだけだ」
「ちょっとね……」
 ジェイドが呆れたというように溜息をついた。
「あなた独りで砂漠越えができるとでも思っているのですか?」
 ルークは想いもかけない言葉を聞いたというように小首を傾げた。
「まさか怪我人を放置して護衛を引き連れていくおつもりですか?」
 ジェイドがこれはおかしいと言わんばかりに喉で笑った。
「そ!そんなことは言ってねぇだろ!怪我人とその護衛は置いていくってちょっと行ってくるだけだって言ってるだろ!だいたいお前にはたのまねぇし……俺だって馬車くらい……そのくらいの距離ならどうってことないだろ?……なっガイ……」
「無理だ。ルーク……お前、砂上だぞそれに馬車なんて乗ったこともないだろ無茶を言うなよ」
 ガイが苦しげに否定の声を上げた。
「馬車になら乗ったことあるってーの!馬鹿にするな!」
 ガイが驚いた表情でルークを見返した。ルークはどうだと言わんばかりに顎を上げて言いつのる。
「だいたいそれくらいの距離なら歩いてだって行けるさ。タタル渓谷だって歩いて下った!!」
 ルークは不安を打ち消すように、ムキになって怒鳴った。
「俺は独りでもアッシュに会いに行くんだからな!」
「タタル渓谷程度では比べ物になりませんよ。ルークおぼっちゃん」
 ジェイドが楽しそうに口をはさんだ。ルークは怯んでしまった己をごまかすように行くと怒鳴った。
「大佐ルークを煽るのはやめてください」
 ガイがジェイドを制した。
「あなたのために言ってるんですよ。あなた独りでこんなお坊ちゃまを連れて砂漠越えをできるつもりですか?私は同行する謂われはないので同行いたしませんよ」
 ジェイドの言葉にガイはぐうの音も出ず悔しそうに唇を噛みしめた。ルークはベッドを拳で叩いた。
「ガイは関係ないだろ?!」
「あなたが行くと言えばガイはついていかざる得ないことを理解しているのですか?」
「ガイが一緒に行くのは当たり前だろ!!」
「関係ないと言ったり当然だと言ったり……あなたはガイを殺したいのですか?」
「なんでそうなるんだよ。ちょっとアッシュに会ってくるだけだろ」
「ちょっとじゃないと忠告しているのですよ。あなたは砂漠越えをしらなすぎる。ガイを死ににやるようなものです。万が一にでもあなたは無事でもガイは確実に死にますよ。くだらないことを言うのはおやめなさい」
「ガイは強いから死なねぇよ!!くだらないってなんだよ俺は親善大使なんだぞ!俺が行くって言えば行くんだよッ!アッシュに会いに行くんだ!!」

 ティアが天幕の中に食事の盆を掲げて入ってきた。
「ルークお食事を持ってきたわ。どうしたの?」
 ティアがテーブルに盆を二つ置いた。
「馬鹿なお坊ちゃまの我儘ですよ」
 ジェイドが付き合っていられないと手を振った。出ていくジェイドの後ろ姿を見送りながらティアはもう一度何があったのかと尋ねた。
「ルークがアッシュに会いにザオ遺跡に行くって言うんだ」
「アッシュが?アッシュって六神将の?まさかまた講和の邪魔をするつもりじゃ……」
「そうかその可能性もあったな……」
 ガイが納得したといわんばかりに考え込む。
「アッシュはそんなことしないっ!」
「わからないじゃない。六神将はずっと妨害をしてきていたのよ。あなたの船もそのせいで座礁して怪我人だってたくさん出ているのよ……同じ神託の盾として信じたくないけれど……」
「アッシュはそんなんじゃない……」
「ああ、ルークわかっている。アッシュはそう思ってなくても命令があると従わなければいけないのが軍人と言うものなんだ」
 ガイがルークにいい含めるようにいった。ルークは納得がいかないと横を向いた。
「せっかく食事を持ってきてくれたんだ。冷めないうちに食べたほうがいい。な」
 ガイが子供に言うようにルークを宥めようとする。ガイがテーブルの上を整えてルークを席につかせた。ルークは手に持たされた匙をきつく握りしめた。



++++






+++14



 びゅうびゅうと乾いた風の撒きあげた砂が頬を打つ。
 砂煙をあげて駆けていく馬の背を月明かりの下で見送っていた。ルークは準備した覚えのない道具袋を抱えて砂漠の真ん中で途方に暮れていた。
 確かにベッドに入る前にはこっそりと抜け出して馬車でアッシュに会いに行こうと思っていた。だがそれはガイと共にだ。準備をした記憶も天幕を出た記憶もない。いや、よく考えてみれば寝る前に頭痛がして夢でアッシュに会いに行こうと準備をして馬にまたがった。でも夢の中の事のはずだった。ルークは馬に乗ったこともないし馬に乗れるとも思ってなかった。
 案の定、夢から覚めたように意識がクリアになった途端に、馬に早々に振り落とされている。しかも身体が倦怠感と共に強張っている。
 ルークは呆然として砂の上で座っていた。
「な……にが……?」
 答える声は風の音ばかりだった。
「ここはどこだ?」
「ガイ……?」
 不安でガイを呼ぶ声も震える。マントが風に煽られてとても寒い。見渡す限り月明かりで白く光る砂ばかり。
「アッシュ……?どこ?」
 つきりと頭痛がしてまっすぐ進めと声が遠くの方で聞こえた。ルークは仕方なく歩き始めた。アッシュの声に支えられてルークは砂の中を進んだ。


「ルーク……!!」
 じりじりと焼けつく太陽で幻聴が聞こえる。頭痛がないのがせめてもの救いだ。ルークはアッシュの声を聞こうと意識を中に集中する。再びルークと呼ぶ声が聞こえた。ルークは顔を上げ辺りを見回した。 外衣のフードの下から見た世界は暑さのあまりに空気が歪み景色がゆらゆらと揺らいでいる。ハレーションを起こしたように辺りは黄色く眩しいばかりで砂と空以外は見えない。
 ルークは息をついて、足元へと視線を落とした。導くようなアッシュの声も夜が明けてからは聞こえなくなった。聞こえる間は頭痛で距離は進まないのだがそれでも心細さは感じなくて済んだ。
「アッシュ……」
「ガイ……何処だよぉ……」
 ルークは一歩踏み出したが膝がかくりと折れ、崩れ落ち熱い砂の上に座り込んだ。
「ルーク!!」 
 幻聴にルークは空を見上げた。黄色い太陽が二つ並んでいた。
「ガイ……」
 口が渇いて擦れた声しかでなかった。
「全く独りで出かけるなんて無茶しやがって!!どれだけ心配したと思ってるんだ!!」
「それより中に」
 馬車からジェイドが顔を出した。ルークはガイに支えられて馬車へと乗り込んだ。
「さぁて」
 獲物に手を乗せた獣のようにジェイドが目を細めてルークを見下ろしていた。奥に座っていたティアが水を差し出してくれた。ガイに手渡されていた濡れたハンカチで熱く火照った頬に当てると冷たくて気持ちよかった。
「独りで砂漠越えなんて……」
 呆れの含む声でそう言われても怒鳴り返すだけの元気はルークにはなかった。安堵の方が大きくて脱力してしまう。
「よかった……」
 ルークは手渡された水を一気に飲み干した。
「俺……気がついたら一人で砂ばっかりの中にいて……全然わかんねぇし。ガイを探してもいないし、すごく怖かったっ」
 安堵の次は身体が震えて止まらなくなった。扉はすでに閉じられガイが入って来る様子はない。
「ガイ……は?」
「御者台ですよ。どれほど自分が愚かであったか理解したようですね。しかしその言い訳はいただけませんねぇ」
「いいわけ?」
「気がついたらとは……」
「そうよルーク。早って迷惑をかけたんだからちゃんと謝れば私達は許すのよ。そんな言い訳をするなんて……」
 ティアが冷たく言い放ちルークを睨みつけた。
「私達とても心配したのよ」
「違う……本当に俺は……」
 夢で見たあれは本当に夢だったのだろうか?アッシュの声が聞こえてそれからの行動は記憶にはあるがルークにはしたという実感がわかない。まるで人形にでもなって操られていたようなそんな感じだ。ルークはまた記憶障害だろうかと不安を覚えそれ以上強く否定できなくなった。
「キムラスカの王位継承者は夢遊病ですか?」
 ジェイドに鼻で笑われてルークは口を噤んだ。
「そんな風にごまかしてばかりだといつか取り返しのつかないことになるわよ」
 ティアは溜息をついてそっぽを向いた。ジェイドは興味がないと言わんばかりに窓の外を見ていた。そして外へ向かって声をかける。
「ガーイ。どこへ向かってるのですか?」
「ザオ遺跡。ここまで来たんだ。あと少し足を延ばせば付く」
「ガイ……俺本当にわから……ない……」
 ルークは昨夜の記憶があやふやであることを伝えておきたいと、もしかするとまた昔のように何もかもを忘れてしまうのではないかという不安がひたひたとせりあがって来る。
「全くあなたときたら甘いですねぇ」
 ジェイドの声に遮られてルークは言葉を飲みこんだ。
「ガイ……俺ガイの隣に座りたい」
「次に馬車を止めたときにしたら?ルーク」
 ティアが馬車を止めないと御者台に行けないことをルークに伝えた。ルークは身を乗り出していた身体を戻し椅子に座りなおした。
 あとでガイに伝えよう。以前も屋敷から出て帰ってきたときには記憶がなかったという。旅の途中にもしもの事があった場合対処してもらわなくてはならない。ルークは震える身体を隠すように抱えた。



++++






++++15



 緊張感が漂う客車内でルークは何を言っても言い訳ととられ、非難や侮蔑を受けることになりそうで口を噤むしかなかった。黙り込み俯いていたルークは知らずと眠りに落ちてしまっていた。
 椅子が大きく揺れてルークは意識が浮上する。
「ここがザオ遺跡ね」
 ティアの声に到着したことを知る。ガイと話をする機会を持てないままザオ遺跡に到着した。ルークはぼんやりと窓の外を眺めていた。ガイが扉を開けてくれるのを待つ。その時に話があると伝えようとルークは扉が開かれるのを待つ。
「どうしたのです?いまさら怖じ気づきましたか?」
「アッシュが待っているんでしょう?行かないの?」
 ジェイドとティアにそう言われてルークはジェイドが開いた扉を潜り馬車を降りた。ガイは?と馬車を降りて姿を探すと、ガイはルークの方を気に掛ける様子もなく馬の手入れを始めていた。ガイに声をかけそびれたままルークは遺跡へと足を進めた。
 暗い遺跡の中へと恐る恐る一歩踏み出した。
「遅かったな」
 ザオ遺跡に到着し遺跡の中に入るなりアッシュに声をかけられた。ブーツが砂を踏みしめる音にアッシュの苛立ちを感じる。
「あまり遅いのですれ違ってしまうんじゃないかと心配していた」
「アッシュ!」
 先頭を歩いていたルークがアッシュへと駆け寄った。
「一人じゃなかったのか?」
「砂漠で途方に暮れてたらガイが迎えに来てくれたんだ」
「まっすぐ進むだけだって言っただろうが!どうやればあれで迷えるんだ?遅いと思ったぜ」
 アッシュは舌打ちをしてルークに歩みよりフードの下を覗き込んだ。ルークの砂のついていた唇を手袋で拭った。
「大丈夫だったか?最後までフォローできなくてすまなかったな」
 そういいながらもアッシュは足早に遺跡を出て行こうとする。優しい言葉のその指先に翻弄されて上の空になっていたルークは慌ててそれについて元来た道を戻る。
「アッシュ?何処へ行くんだ?」
「アクゼリュスへ行くんだろ?待たせている。急げ」
 遺跡の影にタルタロスが停泊していた。
「タルタロス……どうして?」
「これはこれは」
 ジェイドが眼鏡を治しながら苦笑を浮かべる。
「イオンをダアトへ送る護衛任務だそうだ。導師イオンが講和条件の遂行を見届けないと帰らねぇと駄々をこねるんでな。俺はそれに便乗……」
「イオン様がいらっしゃるの?」
 ティアの瞳が少し輝いたように見えた。アッシュはなんの躊躇いもなくガイの隣、御者台に座るとさっさと乗れと声を荒げた。
「アッシュ!」
 ルークも慌ててアッシュの後を追いかけるが、すでにガイとアッシュで御者台は満席だった。
「何をしてる。さっさと乗れ。この馬車のままタルタロスに乗船する」
「う、うん……」
 ルークは御者台に未練を残しつつ客車に乗り込んだ。抑えたジェイドの笑い声が耳に触る。
「ガイをとられたんでしょうか?それともアッシュですか?」
「うるせー!!」
 ルークは大きな音を立てて椅子に座った。客車が大きく揺れてガイが何を暴れてるんだ?とのぞき窓から覗き込んだ。
「なんでもねぇ」
 ルークは腕を組んだまま唇を尖らせてそっぽをむいた。


 タルタロスで以前使っていた部屋をそのまま使用することになる。ルークはベッドに座りガイに入れてもらったお茶を口にして一息ついた。
「アッシュは何か任務があって連絡がつかないってモースが言ってたから、あえて嬉しい」
「導師護衛はラルゴの任務だ。俺は便乗でここにはいないはずの人間だ。口外するなよ」
 アッシュはルーク以外の人間にも口止めをする。
「俺のためにわざわざ待っててくれたんだろ?ありがとう」
「導師がお前が来るなら一緒に行きたいとおっしゃったんだ。俺の発案じゃねぇ」
「イオン。ありがとう。アクゼリュスに行く足がなくて途方に暮れてたんだ。これで遅れが取り戻せそうだってガイが言ってた」
 ルークは感謝の意を表して笑みを浮かべた。
「僕もまたルークに会えてうれしいです」
 イオンもルークと同じように柔和な笑みを浮かべ二人は再会を喜んだ。アッシュはそうそうにルークの部屋から退出していく。ルークは残念そうにそれを見送っていた。
 
「イオンにお願いがあるんだけどさ」
「なんですか?」
「あのな、アッシュを俺の護衛騎士に欲しいんだ。イオンはダアトで一番偉いんだろ?」
「ええ……まぁ。でも神託の盾は総長の命令で動きますから。残念ながら僕の一存では決定できません。もちろん言い添えてお力添えをすることはできるかもしれませんが……ヴァン総長にお願いされた方が早いとおもいますよ」
 イオンは申し訳なさそうに頭を下げた。
「一番は本人の意思ですけどね」
 その心配はないかもしれませんねとイオンは柔和な笑みをルークへと向けた。アッシュがルークへの対応が他人にするものと違うことを数日で感じとったアニスが冷やかし気味にルークをけしかける。
「そうなったらイオン様〜六神将に空きができちゃいますよぉ〜大変です〜」
「そっか。そうだよな。アッシュが嫌だったらしかたねぇもんなぁ」
 そうは言いながらもルークの表情からは断られるなどとは微塵も思っていないことは明白だった。言質を取りたいと言いたいばかりに、ルークはそわそわとした様子でアッシュの出ていった扉を見た。
「追いかけていっては?私達も部屋に戻りますから」
「そうする!」
 ルークはガイが呼びとめるのにも構わずに部屋を飛び出した。

 ルークは甲板に独りで立つアッシュの横に駆け寄った。
「アッシュ!」
「また勝手に出歩いているのか?」
 潮風が二人の髪を派手に吹き荒した。ルークは慌てて髪を抑え、アッシュは気持ちよさそうに目を細めた。
「ちょっとだけ……アッシュに話があって」
「なんだ?」
「俺の護衛騎士になってくださいっ!」
 ルークは耳まで赤くして勢いこんで叫んだ。
「無理だな」
 即答で却下された。
「え?」
 考える間もなく断れると思っていなかったルークは動揺しながら、個人だから駄目だったのかとファブレ家の騎士団の名前をあげる。
「じゃあ!!白光騎士は?」
「俺は神託の盾だ」
 アッシュの表情からルークの望みは叶いそうにもないことが知れた。
「じゃあ……せめてヴァン師匠みたいに剣の稽古をつけに来てくれることは?父上にお願いするからっ!!」
「駄目だ。俺はバチカルには行かない」
「ヴァン師匠の命令でも?」
 ルークは縋るように尋ねた。己が酷くみっともない表情をしている自覚はあったがそんなことには構っていられない。なんとしてもアッシュとの繋がりをこの機会に創っておきたかった。
「ああ……あいつがそんな命令をするはずがない」
 アッシュが薄暗い笑みを浮かべた。
「そんなことない!ヴァン師匠は俺のお願いはなんでも聞いてくれる!」
「それは無理だろうよ。籠の鳥は籠の中で大人しくしてな!」
 アッシュはそう言い捨てて船内へと戻っていく。
「アッシュ……」
 ルークの声は風に流されてアッシュに届かなかった。
「アッシュ!!!」
 ルークは力の限りの声で名前を叫んだ。しかしアッシュは振り返ることも足を止めることもなかった。



++++






+++16



『イオンとお前は障気があるアクゼリュスの大地には降りるな』
 アッシュは反論をする二人の意見など一切耳を傾けずにタルタロスから下船していった。後にヴァン師匠からの迎えがなければ親善大使なのにアクゼリュスの大地を踏むこともなく帰ることになっているところだった。乗員は二人が降りると船を出港できないと迷惑そうではあったが、すぐに戻るからと説得した。アッシュが仕えてもいいと思えるほどのおこないをしなければと焦るルークは親善大使の仕事をこなすべく使いについていく。
 イオンと共にヴァン師匠の居ると言う坑道へと案内される。ルーク達がタルタロスを降りたことに気づいたアッシュが行くなと回線で叫んでいた。しかしルークはヴァン師匠が誘うまま譜業の奥へと足を進めた。
『それ以上奥へいくなっ!アクゼリュスを滅ぼすつもりかっ!』
 アッシュの声と頭痛にルークは足を止める。いくら毒の身体だといってもそんな存在するだけで回りの人を害したりはしない。触れさえしなければ大丈夫なのだ。アッシュの忠告にルークは少し傷ついたが、気を取り直して先へと進む。別部隊で到着した救助隊に挨拶をしたら、すぐに船に戻るつもりだとアッシュに伝える。
『そうじゃねぇ!!』
 アッシュが強く否定して強制力を強めたのか頭痛が酷くなる。ルークは思わず痛みで足が止まった。
「どうかしたか?ルーク?」
「頭が……痛い……」
「ここはまだそれほど障気は充満してはおらぬはずだが?やはりお前には荷が重い仕事であったか……?」
「大丈夫ですせんせ……」
 ルークはヴァンに幻滅されるのが嫌で身体を起こした。頭痛に耐えながらヴァンの後をついていく、行くなと叫ぶアッシュの声に耳を傾ける余裕はない。
 見たこともない大きな譜業にルークは興奮を隠せなかった。
「師匠……」
「ここで超振動を使うのだ。ルーク」
「ここで?そんなことをしたら……」
 繊細そうにみえる譜業が傷つかないだろうかとルークは躊躇する。
「障気が中和されるのだ」
「そんなことが?」
 ヴァンの言葉にイオンですら疑いの言葉が漏れた。
 アッシュのやめろと言う声が大きくなり、ルークはあまりの頭痛に身体が硬直する。また身体が思うように動かない。アッシュの舌打ちが聞こえ身体が勝手に着た道を戻ろうと動き始めた。
『その場を離れるんだよ!』
「あ……?」
 視線が定まらずふらふらと人形のように戻り始めたルークをヴァンは引き寄せ、耳元で囁いた。
「フォンスロットを開き力を解放するのだ。合言葉は『愚かなレプリカルーク』」
 四方に引き裂くように身体が軋んでいる。踵を返しその場を立ち去ろうとする身体と腕をあげ譜業へ向けて超振動を放とうとする身体。己の身体なのにどちらも己の意思とは違うところで身体だけが動き、相反した動きに軋み硬直している。意思の通りに動くのは瞳だけだった。それすらも混乱で何を何処を見ているのか判断ができない。ぐるぐると視界が回る。
「ヤダ……怖い……やあ……助けてっ!!」
 怒りと苛立ったアッシュの声がはじき出されたように遠くなっていく。身体の痛みが少し減り、それと同時に体中のフォンスロットが開き力が溢れて超振動となり掌から譜業へと向かって放たれた。
 すべての力を放出した身体は支えを失い床へと倒れ込んだ。
「せんせ……い」
「ようやく役に立ってくれたなレプリカルーク」
 縋るように見上げた先には、愉悦の表情でヴァン師匠が立っていた。
「せんせぇ……」
「はっ……まだ生きていたか?」
 冷たいモノを見るような冷徹な瞳がルークを見下ろしていた。



++++





+++17



 親善大使としてアクゼリュスの人々を救助する。
 それが、目に映る景色と結びつかない。見たこともない紫色のどんよりとした空。空に地獄の穴のような黒い穴が開きそこから大地が降ってきていた。
「何が……?」
 何度見上げても何度おもいかえしてみても。ルークには現状が把握できないでいた。夢?これは夢か?
 アッシュの言いつけを守らずにヴァン師匠に呼ばれて坑道を降りた。親善大使として顔を出しておくべきだという判断から、そうした。しかし途中で頭痛が酷くなり記憶が定かではない。
 夢の中の出来事のように思い通りに動かない身体が超振動というものを使って譜業を破壊してしまったことはわかるのだが、それをしたという意識はない。また記憶障害なのだろうか?

 供にアクゼリュスへ来た者達はガイまでもがルークのしたことを嘆き、何が起こったか解らないと答えたら罵られた。冷たい視線でぐるりと囲まれ、そして皆はルークから離れていった。

 もともとさほど仲の良い一行ではなかったが、それでもガイは隣にいるものだと思っていた。じわりと目頭が熱くなった。涙は駄目だとルークは涙をぐっと堪えた。
 ……何が起きたのか未だルークには解らなかった。



 地上に戻る方法を探しに街に行くのだと言われてルークはしり込みをした。
「俺……ここに残ってるよ」
 ルークはタルタロスからの下船を断った。明らかにまた面倒事をいう表情をジェイドとティアがする。
「でもぉルークを一人置いてこの船まで壊されちゃってもいいんですかぁ?大佐〜」
 アニスがイオンを庇うように前に立っている。
「ならどこか部屋に閉じ込めてくれていい」
 視線が痛いと感じて、ルークは俯いた顔を上げることができなくなっていた。
「あなたの面倒をみる人を置いて行く余裕はないのよ」
 ティアが困惑した声を上げた。別のルートで救助に来ていたナタリアが溜息混じりにルークの名を呼んだ。
「ルーク一緒に行きましょう」
「ルーク!我儘言うのはやめて一緒に行こう」
 ガイがそう言う。だが手を差し伸べてはくれない。いや、差し伸べられてもその手を取る勇気もない。ルークは頑なに人の近くに寄ることを拒否した。
「人がいるところへ行くのは嫌だ」

「時間の無駄です。お好きになさい」
 ジェイドが結論を述べ街へと降りて行く。ルークは甲板からみんなを見送った。



 誰も振り返ることはなかった。
 甲板の上を渡る風の音がすすり泣く声に聞こえる。ルークはしゃがみこみ小さくなって耳を両手で塞いだ。どんなに強く耳を押さえても恨みのこもった泣き声は消えることはなかった。
 ぽんと肩を叩かれてルークは飛び上った。固く閉じていた瞼を恐る恐る開き見上げた。
「屑野郎、俺の言う通りにしろって言っただろうが!どうしてヴァンの言うことを聞いたんだ?」
 紅い髪が風になびいていた。碧の瞳は怒りに燃えていた。
「ア、アッシュ……黙って船を降りてごめんなさい……」
 ルークの身体はアッシュにまで軽蔑され見捨てられるのではないかと委縮する。委縮してしまったルークにアッシュは話にならないと諦めたのか舌打ちをした後に回りをみまわした。
「他の奴らはどこへ行った?」
「街に……」
 ルークは俯いたまま小さな声で答えた。
「お前を置いてか?」
「俺は人のいるところに行けない」
「それでこんなところで独りで泣いていたのか?」
「泣いてない!」
 ルークは慌てて頬を手で確認した。濡れた感触はないことにルークは安心する。
「濡れてないっ……」
アッシュは鼻で笑う。
「それのどこが泣いてないてぇんだ」
 くしゃりとルークの髪をかき交ぜた。ルークは脅えたように肩をすくませたが、しだいに驚愕の表情でアッシュを見上げる。
「それ……なに?なんの譜術?」
「は?」
「すごく気持ちいい……」
「譜術じゃねぇ、ただ頭を撫でただけだろうが!」
 アッシュは慌てて頭から手を離した。ルークはとても残念そうにその手の視線で追っていた。
「どこが譜術だ!屑が!」
「だって気持ちいい。昔、稽古中にヴァン師匠が一度だけしてくれたときがあった。すごくそのときも元気が出た。回復術のキュアとか言うのか?」
 ルークは確かめるように同じように自分の手を頭へと置いたが思ったような効果は得られなかったらしい。
「だから俺そんなすごい譜術を使えるヴァン師匠が大好きだったんだ……」
 ルークは最後に見たヴァンの表情を思い出し認めたくなくて、俯いて諦めの笑みを浮かべた。
「ヴァン師匠と同じだ。アッシュの手も暖かかいね」
「ガイの手も暖かいだろう」
「そうなのかな?ガイは……いつも大きな手袋をしてるからわからない」
「人は誰でも暖かいものだ。ぐだんねぇこといってないで行くぞ」
 アッシュはルークの腕を引いた。
「人は暖かいのか?譜術じゃなくて?」
「決まってんだろうが!!こうやって触れば暖かいだろうが!」
 アッシュは座りこんだままだったルークの腕を強く引きあげた。ルークは困ったような笑みを浮かべたままアッシュに掴まれた腕を見つめていた。
「あったかい……あれは譜術じゃない?」
「そうか……人は暖かいのか……」
 ルークは噛みしめるように言った。笑みを浮かべて、名残惜しそうにアッシュの手を解いた。
「お前……人に触れたことないのか?」
「それくらいあるよ。でもみんな冷たかった」
 アッシュはその言葉を聞いて背筋が冷たくなった。血が出たと恐慌を起こしていた子供の言葉とは思えなかった。
「お前……」
「何?」
 ルークは服のほこりを払いながらアッシュを子供のような表情で見上げた。
「いや、なんでもない」
 アッシュは船を降りるべくタラップへと向かった。
「俺は、街に行きたくない」



++++






+++18



 ぐずる子供のようにルークは足を踏ん張りその場を動こうとしなかった。
「お前は俺のレプリカなんだから俺の言うことを聞いてればいい!」
 アッシュはルークの腕を掴み引いた。ルークは知らない言葉を反芻する。記憶の中で同じ言葉を思い出してみる。いずれもあまり良い意味ではなさそうな言葉だった。
「レプリカって何?ヴァン師匠もそんなこと言ってた……そういえば検診したときも言ってた?」
 振り返ったアッシュが呆れたように舌打ちをした。アッシュは顔をルークに吐息がかかるほど近く顔を寄せた。
「お前まだ解ってなかったのか?あの眼鏡は何も言わなかったか?」
「眼鏡ってジェイドのことか?やっぱりジェイドは何か知ってるのか?俺には何も……」
 誰もルークと会話などしなかったことをルークは思い出し、辛そうに眉を寄せ俯いた。
「お前は俺の複製なんだよ。父上よりも似ているとおもわなかったのか?」
 アッシュはルークへと顔を近づけた。確かに似ているとも思った。
「複製?」
 ルークは言葉が信じられずに繰り返した。
「ああ、人工的に作られた俺の模造品だ。ちょっと予想外の劣化だがな…」
「う……嘘だ俺はルーク・フォン・ファブレだ」
「俺は7年前にヴァンっていう悪党に誘拐された貴族。ルーク・フォン・ファブレは俺だ」
 アッシュの言葉を否定しようとルークは試みる。頭痛がひどく思考が散じる。
 記憶にあるのは屋敷の中のみ。困惑したメイド達の視線。おかわいそうに…昔のルーク様なら…という言葉。誰にも触れられず。誰も触れず。遠巻きな穢れをみるような視線。そして時折向けられるガイの冷めた冴え冴えとした視線。
「本物は俺だ」
 アッシュの言葉に反論する根拠となるものをルークは必死で探したが、思い当たるのは肯定するようなことばかりだった。
「ニセモノ……人じゃない?ちがう!違う!俺は……俺は……ルーク……ルーク・フォン……ファブレで……」
 ルークは頭痛に顔を歪めた。そして声が聞こえる。
『俺の居場所を埋めるためのニセモノ』
 ルークははっとしてアッシュを見上げた。アッシュが憐みの瞳でルークを見ていた。
『ヴァンは複製のお前を預言通りにアクゼリュスで死なせる予定だったんだがな……その方がこいつのためだったか?』
 絶望という名の黒い穴がルークを飲み込んだ。
 偽物で死ぬために作られた模造人間。愚かなレプリカ。劣化が酷く人と同じように生きることも叶わない。
「俺はヒトじゃない?……ヒトじゃないからこんな……誰にも触れられない……」
 ルークは己を言葉を否定しようと首を横に振るがそれを否定できることはなにもなかった。アッシュが重ねて何かを言っているがルークにはそれどころではなかった。
 否定したいのに否定できない。
「ヒトじゃない……」
 ぱんっと乾いた音がした。己の右手がルークの頬を平手うちしていた。
『お前は俺の完全同位体だ。同じなんだよ。その証拠にお前の身体を俺は使える』
 右手がルークの意思に反してその頬を打つ。
「痛い……俺の手が……勝手に?」
「わかったか?」
「アッシュ……アッシュ……俺の身体が勝手に……ヤダっ!怖い」
 またあの力が勝手に出て破壊してしまったらと恐怖でルークは目の前にいるアッシュに縋る。
『その力を使ってキムラスカを守るんだよ。わかったな』
 ルークの身体がびくりと震えた。救いを求めてアッシュの言葉を聞けば、より大きな闇がルークを飲み込んだ。
「あれは……アッシュが……?」
 ルークは怖いと震えた唇で言葉を飲みこんだ。。
 
 キラキラと光る巨大な音機関の元でヴァン師匠が口元を歪めルークに命令をする。すでにルークの思うまま動かない身体は意思とは関係なく何かが身体の中から飛び出していく。煌めいていた音機関が色をなくし崩れて行く。
 障気を中和するにしてはそぐわない結果にルークは重い体をヴァン師匠へと向けた。侮蔑の笑みを向けられた。その唇がゆっくりと動いた。
−−−ようやく役にたったなレプリカルーク−−−


−−−ルークがアクゼリュスを壊したんだ−−−
−−−何千人もの人が亡くなりましたわ−−−

 ルークを取り巻く人々が口ぐちにルークを責めた。
 青い顔青い唇で乳母が信じられないという表情でルークを見下ろしていた。
−−−どうして私がこんなことに−−−
−−−お許しください。ルーク様付きだけはっ!!−−−
 泣き叫ぶ若い娘の声。
−−−触らないでっ!!−−−

 崩れた世界には
 打ち捨てられたように折り重なる死体と辺りを染める赤。紫色の曇天。
 とても馴染み深い腐臭が鼻につく。

 お前が触れたから世界は死滅する


「怖い……怖い……嫌だ」
「俺の言う通りにしていればいい。余計なことを考えるな」
 あれはヴァン師匠とアッシュが望んだことだった。認めたくはないがそれが真実だったとルークはアッシュを見上げた。
 アッシュは脅える子供をあやすようにその頭を撫でつけた。
 ルークはふわりと暖かいものが守るように包んだように感じた。ルークはそれに縋るようにしがみついた。
 
 アッシュはするに任せてその身体を抱きしめた。ルークの身体から力が抜けてそのままアッシュの腕の中に倒れこんだ。
 急に強制的に閉じられた回線にアッシュが痛みに耐えるように片目を閉じた。
「気を失ったか……」


++++
 




+++19  



『ヴァンのいいなりだと、屑にもほどがある。レプリカはオリジナルの言うことを聞いていればいいものを……まったく使えないにもほどがあるな』
 いつぞや経験したような砂漠の風のようにざあざあと耳触りな音の中、ルークを嘲る声が聞こえる。
『アッシュ……』
『お前がいなくなれば父上や母上が悲しむことがわからねぇわけでもないだろう……なんのために身代わりをつくったかわかってるのか……』
 アッシュはいらついたように舌うちをする。
 アッシュはヴァン師匠に誘われてレプリカを創った。そして計画がレプリカを預言に従わせる代わりにアッシュが預言に殉じるつもりであったことをルークは知った。
 そうならなかったことに感謝した。言いつけを破り鉱山へ向かってよかった。アッシュが死ぬことにならなくて本当によかった。アクゼリュスが崩落したと知った時は船を降りた事を後悔していたが、それでよかったのだと思い直した。アッシュを失わずに済んだ。それ以上に何を求める必要があったのだろうか。崩落に巻き込まれて亡くなった者達には申し訳なく思う。他の方法があればそうしていただろうけれど、アッシュを失いたくない。
 軍人は命令を聞かなければ行けないとガイが言っていたではないか。アッシュにあんな酷いことをさせずに済んでよかったとルークは己の行ないに少し救いを見出した。人が死ぬことはとても怖いことだからアッシュにあんな思いをさせることがなくてよかった。
 
 
『アッシュ……』
 呼びかける声がアッシュへとは届かない。
 身体は重く動かない。

 視界が揺れ移動している。ルークはアッシュの視界で世界を見ていることに気がついた。ユリアシティの廊下を通り抜け、アッシュが部屋に入った。
 大きなテーブルをはさみナタリアとイオンが椅子に腰かけていた。アニスはイオンにカップを差し出している。ガイは窓際に立ち外を窺っている。扉の前にジェイドがいた。ティアだけがその場にはいなかった。
「ヴァンの動向を探り目的を知りたい」
「知ってどうするつもりですか?」
「預言を覆そうとしているのならばどうやってそれをなすつもりなのかを知りたい。アクゼリュスが崩落したことは預言通りだとも言えるが、俺、いや『聖なる焔の光』はまだ死んでいないそれは預言を覆したことになるのか否か」
「預言はそんなに甘くはない……ですか?」
 ジェイドの言葉にアッシュは頷いた。
「ああ、この程度では預言は覆ったことにはならねぇだろうな。世界中にあるセフィロトの封呪を解かせていたことを考えればまだ何かするつもりなはずだ。それを知りたい。預言から脱却するためとはいえ、こんな風に被害者が大勢出るやり方は俺は認めたくない」
「あの女が言っていた『外殻大地は存続させるって言っていた』とはどういう意味なのか?お前たちは知っているのか?」
「外殻大地って私達の住んでた上にある大地のことでしょ?」
 イオンの隣に座ったアニスが上へと指を指した。
「あの女に聞いてないのか?」
「ティアによると立ち聞きした程度の事らしいのですが、そんな話をリグレットとしていたと言うことらしいです」
「ふん……役にたたねぇな。預言からの脱却といいながら、預言の通りに『聖なる焔の光』の力を使ってアクゼリュスは崩落させている。それの意味するところはなんだ?気が変わっただけか?それとも預言の場所と時間が違うのか……それに……」
 アッシュの最後の言葉は独りごとになっていた。
「いずれにせよ。ヴァンがセフィロトツリーをこれ以上破壊するにはあなたたちが必要ということですよね?」
 イオンがアッシュに尋ねた。
「そうだな……破壊するならな。ヴァンはセフィロトツリーを操作できる」
「そんなはずは……」
 イオンが絶句する。
「次はセントビナーかもしれねぇ」
「どうしてそう思うのですか?」
「ヴァンはシュレーの丘へ行っていた」
「急がなければいけないと言うことですね。では外殻大地へ戻りましょうか」
 ジェイドが取ってつけたような笑みで見回した。
「ルークは……」
 ガイが一歩前に進んで会話に加わった。
「申し訳ありませんが、意識が戻るのを待つわけに行きませんねぇ……それにあの身体では正直足手まといです」
 ジェイドは柔和な表情のままでばっさりと切って捨てた。
「でもでも〜!ルークがヴァン総長の手に落ちたらまたセフィロトツリーが壊されると思います!」
 アニスが手を上げて危惧していることを述べた。
「ヴァンは操作できるっていっただろうが、あいつは必要ない。第一、ヴァンは死んだと思ってるだろうよ。ならば外殻大地に戻るよりここの方が安全だ」
 アッシュは溜息まじりに言うと、誰も反論できなかった。ルークの居ない場所でルークを残して行くことを決定されていた。



++++






+++20



 「お願いだからそばにいてっ!」
 ルークの伸ばした手は宙を掻いていた。見慣れない天井が視界に入る。声は相手には届かなかったらしく虚しく散った。
「アッシュっ?!」
 ルークは飛び起きて辺りを見回した。いつの間にかタルタロスから降ろされていたらしい。始めてみる建物の中を、先程の見た視界を頼りに廊下を駆けていく。アッシュがいるであろう部屋を目指す。大きな音を立てて扉を開きルークは部屋へと駆けこんだ。
 がらんとした多部屋があるだけだった。
「アッシュ?ガイ?」
 応えを返す者もない。すでに使用していた気配も残らず、使用されていたカップも残ってはいない。ルークは踵を返し港へと向かった。回りの者に奇異の視線を向けられるが構ってなどいられない。
 港に着く前に結果がすでにルークには知れた。見える港にタルタロスの姿はすでになかった。

 何度心の中でアッシュの名を叫んでもアッシュからの返答はない。
「言うことを聞くから!ちゃんと聞くから返事しろよ!アッシュ!!」
 障気の海の波が鈍い音を立てて返すばかりだった。打ち寄せるを波を眺めてアッシュの返事を待つがいっこうに気配はない。
 ティアが残っているはずだった。彼女を探して外殻大地へ戻る方法を聞こうとルークはアッシュの答えを待つことを諦めてゆるゆると立ち上がった。


 太陽のない薄暗い庭に花が咲いていた。
「ティア……」
「ルーク。気がついたのね」
 ティアは笑みを浮かべて振り返った。
「花……綺麗だな」
「ええ、日のささないクリフォトで咲く花はこの花くらいよ」
「綺麗だからいいじゃないか……」
 ルークはしゃがみこみ花へと顔を寄せた。甘い香りに思わず表情が緩んだ。ティアが冷たい声でルークに尋ねた。
「それで何か用?」
「俺、外殻大地へ戻りたいんだ」
「でも、大佐がおっしゃるにはあなたは兄さんに狙われるかもしれないって。また利用されたいの?」
 ティアの言葉にルークは笑みで首を横に振った。
「利用されるつもりはないよ……ただ俺にできることをやりたいんだ」
「そうねあなたは大変な罪を犯したんだもの、その償いはするべきよね。でも何をするつもりなの?」
「俺、アッシュのレプリカなんだってさ」
 ルークは自嘲する。
「だからアッシュみたいにもっとしっかりしたいんだ。俺ってこんなだからさできることって少ない。でも……俺にしかできないこともあると思うんだ」
「頑張って」
 ティアが見守るように穏やかな笑みを浮かべた。
「俺、アッシュに頼りにしてもらえるようになりたいんだ……個人的にやらなくてはいけないこともあるし……今まで屋敷から出たこともなくって世間知らずだけど……頑張るよ」


 ユリアロードなるダアトのアラミス湧水洞へと抜ける道を教えてもらいルークは外殻へと戻った。どうするつもりなのかと尋ねるティアをそのままにルークは独りダアトへ向かった。




 巨大な建物の中へルークは巡礼の者に交じって入っていく。門番に止められたり道に迷ったりとルークは広い建物の中をうろうろとしていた。つきりと覚えのある痛みが頭にあった。
「アッシュ!」
 思わずルークは弾んだ声でアッシュを呼んだ。
『今何処にいる?』
「ダアトだよ」
『なぜそんなところにっ?!』
「俺なりに考えて出来ることをしてみようと思って……」
『ふざけるなっ!いいかそこから動くなよ……いや。俺の部屋にいろ。いいか部屋から出るな。ヴァンに会おうなんて思うんじゃねぇぞ』
 アッシュの怒りの声にルークは不満を感じたが、アッシュの部屋と言う言葉に引かれるものがあった。
「アッシュの部屋って何処?」
 アッシュは道順を説明する。
『いいかその部屋からでるんじゃねぇぞ。すぐに迎えに行く』
 アッシュは心配そうにそう言うと回線を切った。ルークは言われた通りの道順でアッシュの私室へと向かう。不意に呼び掛けられてルークは立ち止まった。
「アッシュ師団長!!」
 もうアッシュはこの場所へたどり着いたのだろうかとルークはその名前に反応して顔を上げた。ルークの前に破顔した神託の盾兵が立っていた。
「え?あ……俺か?」
「ええ……あなた以外の誰が師団長だと?……といってもその格好はどうされたんで?」
 彼は眉を顰めた。宿舎へ戻るという彼と話ながら彼についていく。
「変か?」
「そうですねぇ……似合ってはいますけどなんだかいつもとイメージが全く違って見えますね。師団服の方が威厳が増して見えますよ」
「そうか」
 ルークはおかしくなって笑ってしまう。
「ヴァン総長に会いに行こうと思うのだが、着替えた方がよいか?」
「それはぜひとも着替えてください。師団長!部屋を通り過ぎましたよ」
 彼はそう言ってある部屋を指差した。ルークは苦笑しながら部屋へと入った。すっかりとアッシュと間違えていたことがとても愉快に思えた。そんなに似ているという自覚はなかったのだが、父上より似ているとアッシュがいうのは本当らしい。
 ルークは悪いと思いつつも興味を抑えられずに室内を見回した。ベッドに小さな机作り付けのクローゼットがあった。何もない部屋だった。数冊の本と小箱。私物らしい私物が見当たらない。
 アッシュに見えるというのならそれを利用しない手はないとルークはクローゼットの中を物色することにした。いろいろとダアトを調べるのにはこのアッシュという名前は使えそうだと思った。
 せめて外衣を羽織ればそれらしく見えるだろう。あいにく中には外衣はなくアッシュの制服が一式納まっていた。支給されたばかりなのだろう袋に入ったそれをルークは心の中でごめんなさいと謝り、袖を通した。
 慣れないロングブーツの装着に苦労し、なんとか洋服を着ることができた。
 鏡の前にたち前髪をアッシュに似せて掻きあげてみた。あまり似ているとは思わなかった。慣れない髪型は気恥かしくてすぐにそれは戻した。
 ぼんやりと椅子に座ってアッシュが来るのを待っていた。アッシュが来たらヴァン師匠に会いに行こう。アッシュを護衛騎士にしてもらえるようにお願いに行くのだ。
 ヴァン師匠のもとよりアッシュを危険から守れるだろう。アッシュにルークの身体を操らせて酷いことをさせるたのはきっとヴァン師匠の命令だ。アッシュをヴァン師匠の魔の手から守らなくては。




++++





+++21


 扉を叩く者がいた。
「アッシュ師団長。ヴァン総長がお呼びです。至急総長室へとお越し下さいとのことです」
「後で行く」
 ルークは扉を開けもせずにアッシュに似せた声で返答した。
「至急お連れせよとの命令です」
 男はノックを続けた。連れていくまではここに張り付いているつもりらしい。ルークは扉を開けて騒音の元であるノックを止めさせた。
「どうして戻っていることを知ってるんだ?」
「門番からの連絡がありました」
「どうしても今じゃなければいけないのか?」
 ルークはアッシュの言いつけを破ってまで、ヴァンの元へとは行きたくなかった。
「お願いします」
 男は丁寧に頭を下げた。そこには有無を言わせぬ何か強いものが込められていた。こうなった以上衣装を替えていたのは好都合とも言えた。
「少し待て……」
 ルークはアッシュへの伝言をテーブルへと残して、男についてヴァンの元へと向かった。

 扉の向こうに、机に向かい仕事をするヴァンを見るとルークは目の奥に何か熱いものが込み上げてきた。鼓動が速くなる。尋ねたいことがたくさんあった。優しい師匠があのような冷たい視線で見たことが夢であったように思える。きっといつものように『ルーク』と優しく笑みを浮かべて呼んでくれるはずだとルークは思った。
「ヴァン……」
 それでも声が震えるのは抑えられない。
「私は些か落胆しているのだよ、アッシュ……」
「せんせぇ……」
 書類にサインをしていたヴァンが手を止めてゆっくりと顔を上げた。
「……レプリカ……か?!」
 ヴァンが驚いたように目を見開き、冷笑を浮かべた。
「生きていたのか……はっ!面白い」
 それから愉快そうに笑った。
「とんだ人違いだ。レプリカがなぜそんな格好をしている?アッシュはどうした?預言から逃れるために、もしやなり変わったとでも言うつもりか?」
 ルークは悲しみとも怒りともつかない感情の高ぶりで、冷水を浴びせられたように身体がぶるりと震えた。それを知られる前に口を開いた。
「この方が師匠に早くあえるかと思って、実際話は早かったです」
「会って何とする?」
 アッシュに呼び止められなければ、初めから尋ねるつもりだったことをルークは聞くことにした。まだ一縷の望みはある。あんなことをするのに何か理由があるはずだった。それをまだ聞いていない。
「師匠に教えてほしいことがあります」
「ほぉまだ師匠と呼ぶか?まぁよい。言ってみなさい」
 ヴァンは満更でもないようで、大様に構えて見せた。
「師匠はあの時……どうしてアクゼリュスを破壊させたのですか?」
「アッシュを救うためだ」
「アッシュを救う?」
 ルークは想像していなかった言葉に引きこまれた。心がアッシュの名前に反応してざわめく。アッシュは死の預言に殉ずるつもりだったのだ。それは同位体のチャネリングとかいうもので知っていた。ヴァン師匠の思惑とは違うものだったということか?
「そう、お前は預言を謀るための捨て駒」
「ああ……そういうことですか」
 もともとあの地でルークが死ぬはずなのがヴァン師匠の計画。アッシュは優しいから身代りになってくれるつもりでいたくれたのか。ルークは得心し、息をついた。肩に入っていた力が抜けた。レプリカは模造品で代替品でしかないと言うのはすでに他の者から聞いていたのであまり驚きはなかった。屋敷にいた頃に戻ったかのように心は静かになった。
「それがアッシュを預言から外す手であったのだ。愚かなレプリカのために台無しだ。なるほどオリジナルのほうが死んだか?」
「アッシュは生きてます……」
「ならばまた次の鉱山を破壊することになるな」
 ヴァンは顎に手をやり思考を巡らせる。
「またあんなことをするのですか?」
「私がではない預言によってお前がするのだよ。ルーク」
「俺はそんなことしません」
「でなければアッシュがすることになる」
「アッシュもそんなことはしない……」
「いやすることになる……星の定めとはそういうものだ。抗えぬ。預言は恐ろしいものだ」
 ヴァンが気の毒そうに目を細めた。
「私はアッシュを預言から救ってやりたいと思っただけのこと、お前があのときに死していればアッシュは預言から自由になれたものを……」
 ならば先にそう言っておけばいいものをとルークはヴァンを睨みつけた
「今からでも遅くはないぞ。ルーク。キムラスカもそれを望んでいる」
「そう言うことは先に言っておいてください。アッシュを使って回りくどいことなんかしなければいいのに……おかげでアッシュに嫌われた」
 ルークは思わず拗ねた口調になってしまう。あのとき自由に身体が動かなかったということはアッシュがルークの身体を使ってその仕事をしたということだ。みっともなく抗って泣き叫んだところも見られた。アッシュは慰めてくれるだろうが、ルークの矜持が痛んだ。
「そうすればあんなみっともないところアッシュに見られずにすんだし、アッシュにあんなことさせなくてもよかった……」
「はっ……お前に死ぬ覚悟があったとでも言うつもりか?」
 死ぬ覚悟と言われてルークは鼻で笑ったヴァンから視線を外した。確かにそんな覚悟があるかと問われれば『ない』としか答えられない。でもどこかで死を待っていたことも確かだった。ヴァンのいうような死に対する覚悟などというものではなかったが、『生』への執着もルークにはなかった。ルークには自分の『生』と『死』の認識があいまいであった。わかっているのは『死』とはいなくなることで、ルークが触れた者はいなくなるということだ。
 ルークにとって『死』とは一方的に与えるもので、それはルークから一方的に奪うもののことである。
 そしてそれによってルークへと投げかけられる視線と言葉がルークは大嫌いだと言うことだ。ルークには「生」と「死」の覚悟などは理解できない。そこここにあるものなのだ。ゆえにルークは軽く首を傾げた。
「覚悟……?」
「ありもせぬのに負け惜しみを言うでない」
 ヴァンは興味が失せたというように書類へと視線を戻した。いないモノとして扱われることには慣れているが慕っていたヴァンからそういう扱いを受けたことがなかった。ルークは少ながらず胸に痛みを覚え逃げ出したい衝動に駆られた。それでもこれだけは聞いておかなければならない。
「せんせぇはアッシュに何をさせようとしてるんですか?」
 ヴァンは視線をルークへと向けた。
「レプリカであるお前には関係ない。できそこないではできないことをアッシュにはしてもらう。新たな世界をアッシュは作るのだ。預言のない世界をな」
 アッシュの代わりに死ねと言われるのならば、それでアッシュが守れるのならば構わないとルークは感じていた。だが、ヴァンの指示であのような辛い仕事をこれからもアッシュがさせられるというのならば、放置して先に逝くことはしたくなかった。
 触れられる幸せをくれたそれ以上の幸福をアッシュに返したいとルークは思っていた。新たな世界はアッシュを幸福にしてくれるというのだろうか?
「新たな世界?」
「この世には預言はいらぬ。それをもたらすローレライも不要なのだ。アッシュならそれができる。ローレライと同位体で唯一ローレライを消滅させる力を持つ者それがアッシュだ。愉快ではないか同じであるか故に消し去る力を持つとは……」
 ヴァンは自説に酔ったように愉快そうに笑う。
「ローレライを消す?」
「そうともアッシュは神殺しの力を持つ者だ」
 ルークは言葉の意味を理解して知らずと身体が震えた。それはもしや……ヴァンはそんなルークに気付かずルーク憂慮していたことを肯定した。
「神殺し……」
 アッシュに神殺しをさせようというのか?それは人を大量に殺すより酷いことなのではないのか?ローレライとアッシュは同位体で。アッシュとルークも同位体。ルークにアッシュを殺すなんてことは考えたくもないことだった。アッシュがいなくなるそれだけで、それはとてつもない喪失感を覚える。それをアッシュの手でさせようというのか?
 ルークの中で怒りとも恐怖ともつかない衝動が湧きあがった。この人は師匠で敬愛しているが、アッシュに酷いことをさせる人でもある。
「そんな……だって……」
 ルークは小さく呟いて首を横に振った。
「師匠……そんなこと……考え直してください。そんな酷いことアッシュにさせるだなんて……」
 ヴァンに縋ってルークはやめてくれと懇願した。
「お前が変わるとでも言いたいのであろうが、出来そこないのレプリカには何ができる。お前は預言が成就していると見せかけるための捨て駒としての役目を果たせばよい。残念だったな……」
「師匠……考え直してっ!」
「これは預言に縛られた世界を解放してやるために必要なことなのだ。アッシュもそれを望んでいる」
「でもそれをアッシュがしなくてもいいでしょう」
 必死で縋って言いつのるルークを見下ろし、ヴァンが喉の奥で笑った。
「できそこないのレプリカは生き残りたくて必死だな。愉快……それくらいの足掻きでは預言は覆らぬと言っておろう。星の定めを覆すにはそれくらいの荒療治が必要なのだ……ルークお前は創られたその意味を果たせ」
 そうじゃない。大好きなヴァン師匠とアッシュその二人を選ぶのは悲しくてさみしいことだったが、アッシュを守らなくては……ルークの拳に力が入った。
「せんせぇ……」
 ルークはヴァンへと歩みよりヴァンを見上げた。
「慈悲を……」
 ルークは濡れた唇でそう呟いた。両腕を抱きしめてと言わんばかりに差し出し、剣術の指南を請う時のように媚て請うていた。何も知らなかった従順な頃のようなその姿。ヴァンは満更でもないらしく口の端を上げた。
 ルークは背伸びをしてヴァンの首に両腕を撒きつけ抱きついた。
「大好きだったよせんせぇ……」
 そのまままっすぐにヴァンだけを透明な瞳で見つめ続け唇を重ねた。
 困惑したように身を引こうとするヴァンから離れないというように、その頭を引き寄せてくちづけを深くした。
 ヴァンが急に顔色を変えルークを突き飛ばした。ルークは壁に打ち付けられ床に崩れ落ちた。その視線は挑戦的な色でヴァンをまっすぐに見つめ続けている。
 ヴァンは膝をつきそのまま床へと崩れて突っ伏した。
「何を……?レプリカ……」
 そのままヴァンはぴくりとも動かなくなった。
「さようなら、ヴァン師匠。アッシュにはそんな酷いことさせられない……俺はアッシュを守るんだ」
 ルークはゆっくりと身体を起こした。
「また、ガイに叱られるかな?」
 ルークは穢れを気にするように唇を手の甲で強く擦り続けた。両の瞳からは涙が静かに流れた。



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++++22



 俄かに室外が騒がしくなる。ルークは顔を上げて辺りの気配を探った。ゆっくりしている暇はなかった。知らずと時間を過ごしてしまっていたようだ。扉のすぐそこまで足音は近づいていた。ルークは窓に寄り外を覗き込んだ。
 外にはまだ兵はいない。アッシュの振りをして素知らぬ顔で出るつもりではあったが、室外からは偽物やレプリカの単語が聞こえる。正体がばれているらしい。扉から出るよりは窓から脱出する方が得策かと窓に手をかけたときに扉は開かれた。
 見覚えのある深紅の髪が飛び込んできた。
「ヴァン!ルークをどうしやがった!!」
「アッシュ……」
 ルークは動きを止めてアッシュの元へと駆け寄りその胸に飛び込んだ。アッシュはしっかりとルークを抱きとめた。ゆっくりとアッシュとルークは視線を合わせ、お互いの無事を確認していく。投げ飛ばされたときに打ち付けた頬の腫れを労わるようにアッシュの指がそっと触れた。
「大丈夫か?」
 ルークは静かに頷いた。アッシュはほっとしたことでその衣装の方に目が行ったのだろう。アッシュはルークの姿を呆れた様子で眺めた。
「ルーク!それは俺のっ!」
「ちょっと借りちゃった」
 ルークは照れたように笑ってみせた。
「借りちゃったじゃねぇよ。ヴァンに何もされなかったか?」
 アッシュが心配そうにルークの顔を見ようと少し離れた。ようやく床に倒れ込むヴァンに気づいた。アッシュは怪訝そうにルークとヴァンを見比べた。
「倒したのか?」
 アッシュはルークから離れると愉快そうにヴァンを覗き込み、その顔が苦痛に歪んだまま息絶えているのに気づいた。
「レプリカ……これはいったい……」
 アッシュが声を詰まらせた。ルークはアッシュが喜びを一転させ困惑しているのに気がついた。
「俺が慈悲を与えた」
 ルークには『慈悲』の言葉通りに虚無の緩い笑みを浮かべて、アッシュを見た。アッシュの表情が困惑から悲哀へと変わる。アッシュの後ろからガイに続いて、追ってきていた神託の盾兵がなだれ込もうとする。入口からはまだヴァンの姿は見えない。
「慈悲?」
 アッシュはますます怪訝そうにルークを見上げた。ルークは頷きその唇を力任せに擦った。まだ穢れがとれてないような気がしたからだ。
 遅れて室内に入ったガイは耳に入った「慈悲」の言葉ですべてを悟った。ガイは静かに扉を閉めガイ以外あとの者が入れないようにした。外はしばらく騒がしかったが応援を呼びに行ったらしく静かになった。ガイはルークに改めて確認した。
「慈悲を与えたのか?」
 アッシュとガイの表情が冴えない。ルークは心臓が掴まれたように痛んだ。間違えたのだとルークにも理解できた。
「ああ……」
 ルークはそれ以上アッシュとガイの顔を見ていられなくなって顔を背けた。それはまるで子供が拗ねているようにしか見えないこともわかっていたが、どんな顔をして二人の前に立っていればいいのかがわからなかった。
「俺……」
 できることをしたらこうなったとは今更言えなかった。それは間違えた選択だったことはアッシュの表情を見ればわかった。アッシュはヴァンを止めたいとは思っていたが、憎んだり殺したりしたいわけではなかったことをルークは遅くして理解した。ガイもマルクト兵に対してのときとは違う感情が見えた。酷く悲しみ動揺していた。
 アッシュとガイがとても遠くにいるように感じた。

 もうアッシュはルークを抱きとめてはくれないかもしれない。そう思うと先程まで抱きとめてくれていた感触がないのが酷く物足りなく感じた。
 また、今までと同じになるだけだとルークは己を慰めた。『誰も触れてはならぬ』それだけだ。
「俺……帰……」
 ルークは帰ると言いかけてどこへ帰るのかという問題に直面した。それにアッシュの洋服も着たままになっていた。
「アッシュに服を返さなきゃ……ってもう着れないよな……」
 身に付けた黒い師団服をルークは愛しいモノのように眺めた。
「ごめん。これもうアッシュに返せない……から貰ってもいいか?」
 ルークの言葉にアッシュは反応しない。アッシュは聞こえていないのか無視することにしたのか返事せずに、まだ足元に転がるヴァンを見下ろしていた。
「なら焼却処分しておく……」
 ルークは自分の声が震えているのがわかった。貰えるのなら宝物にしようと思っていたが、残念ながら快い返事はもらえなかった。ルークは無表情にそう言い部屋を出ようと出口に近付いた。
「レプリカ……」
 足音で気付いたのか、アッシュが引きとめようとルークの腕を引こうと手を伸ばした。また触れてもいいのだろうか、期待と未練とそれとも拒絶されるかもしれないという不安がルークの心を混乱させる。
 アッシュに触れたい。離したくない。
 そのルークの気持ちはアッシュにとってメリットはあるのだろうか?また間違えてアッシュから奪ってしまうことになるかもしれない。ルークは触れて奪いはしても与えたことなどないのだから……甦った記憶にルークは触れることに恐怖を覚えた。
「俺に触るなっ!」
 ルークは身体を避けるとその手から逃げた。だってヴァン師匠だって触れて奪ってしまったじゃないか……
「死にたくなかったら触るんじゃねぇ……」
 お願いだから触れてくれるなとルークは威嚇するようにアッシュを睨みつけた。
「誰も俺に触れるな……」
 ルークは外へ出るために扉へと手をかけた。
「レプリカっ?!」
「ルーク?」
 ガイが驚いてルークを呼びとめた。


 割り込むように扉が乱暴に叩かれた。
「ヴァン総長!!」
 リグレットの声だった。ルークは扉を開けるに開けられず思わずノブから手を離した。返答しようとするアッシュを制して、ガイが大丈夫だと頷き扉を開け独り部屋から出た。
「ガイラルディア様!」
 リグレットが嬉しそうに声をあげた。
「侵入者とはあなたでしたか?やっとヴァン総長と行動を共にする気になられましたか!総長もお喜びでしょう」
 喜色を浮かべたリグレットはヴァンの部屋へと入ろうとする。驚いた表情でガイとリグレットを見つめて立ちつくしているルークを邪魔そうに睨むことも忘れない。
「アッシュ、そのように立っていると邪魔だ。用がすんだのなら下がれ……」
「ガイラルディア?ってガイのことか?」
「ああ……そうだ。アッシュは聞いてなかったか?ガイラルディア様はヴァン総長の主筋にあたる同志だ」
 ルークの問いにリグレットが己の優位に満足げに答えた。
「主筋……同志?」
「俺はっ!違っ!!」
 ルークが首を傾げるのを遮るように青い顔をしたガイが叫んだ。
「謙遜されるな。ガイラルディア様。ヴァン総長の一番古い同志だと聞いている」
 リグレットはガイの表情に気づいていないらしく意気揚々と告げた。
「だが、協力するならレプリカルークは構わぬが、アッシュは殺すなよ。アッシュはヴァン総長の計画に必要だ。復讐はファブレとレプリカルークにしておけ」
「復讐?」
「なんだそれも聞いておらぬのか?」
 リグレットは鼻で笑った。ヴァンのことをよく知っているということに優越と満足を感じているのを隠さない。
「違うっ!」
 ガイが叫んだ。リグレットの言葉はそんなものには遮ることはできなかった。ガイとファブレの因縁について声高らかにリグレットはルークに告げた。
 



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2部終了です。





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