+++拍手LOG


+++親善大使様の冒険 4




 わかめスープの香りがした。鼻が無意識のうちにひくりと動いてしまった。決しておなかが減っているわけではない。ルークは思わずあたりを見回し、誰にも見咎められてはいないことを確認してほっと息をついた。
 わかめスープの香りがまだ漂っていた。そして何か音が絶えずしている。誰か楽器の練習でもしているのだろうか?ルークにはうまいのかどうかもわからない同じ音の繰り返しだった。
 それともガイの好きな音機関か?ガイに尋ねてみるかどうしようかとルークは迷っていた。先をいくガイの背中はいつも通りのリズムで進んでいく。音機関ならもっと弾んでいるはずだ。
「潮の香りがするねー!もうすぐ海〜!」
 アニスが大きな声と共に腕を振り上げた。
「潮の香り?海?」
 ルークは疑問を口にしてから、みんながアニスの言葉に笑みを浮かべて頷いていたことに気付いた。口を押さえてももう遅い。アニスが何を言ってるのかと首を傾げながらルークを振り返った。
「だから、海の音と香りがきつくなったでしょ?」
 わかんない?とアニスは大きく息を吸い込んだ。緩やかな上り坂にいい加減うんざりとしていたのだが、アニスはそのままの勢いで坂を駈け上がり始めた。
「もうすぐ海が見えるよ!」
 そのままはしゃいだ様子でアニスはルークを置いて走って行ってしまった。坂の登頂でアニスは両腕を振り上げてもう一度海だと叫んだ。
「海……」
 ルークは記憶にあるタタル渓谷ののっぺりとした黒いものを思い出していた。たしかに音は似ていたような気がしないでもない。遠くに見えたあれが海だと聞いた。あたりを見回してもまだ木々が見えるだけでそれらしいものは見えない。あの坂の向こうは別の世界なのかもしれない。今ののどかな景色が一変するのだろうか?
 遠くに見えた海というものは、なんだか恐ろしいものにしかルークには見えなかった。遠いからあれが海かと感慨深くおもっただけだ。あの黒いのっぺりしたものがアニスのテンションをあそこまで上げるルークはアニスの喜びようが理解できずに眉を潜めた。
「ルーク。行ってみよう。坂の上からなら海が見えるみたいだ」
 笑顔でガイはそう言って手を差し伸べてくれた。ルークはあの恐ろしげな黒いものがあるのならあまり近づきたくはないなと少し躊躇を感じた。
「だって……海だろ?」
「ああ、ルークは見るの初めてだろ?」
 ガイも珍しく高揚した様子でルークを急かす。
「海くらい見たことあるってぇの!馬鹿にすんな!」
 ルークは差し出されたガイの手を振り払い大股で先へと進んだ。怖気づいているなどと思われたくなかった。談笑しながら坂を急ぐティアたちの様子からもあの黒い海というものは、ルークが思うほど恐ろしいものではないのかもしれない。

 視界が開け、目の前に青が広がった。ガイの瞳のように薄い青と濃い青が層をなしていた。胸が何かが詰まったみたいにギュッとなってどくんと大きく跳ねた。
「ガイ……」
 喘ぐようにルークはガイを呼んだ。
 それを邪魔するように、風が強くルークに吹き付けた。眼が痛くて開けていられないが、閉じてこの景色を見ないのはもったいない気がした。喉の奥から何かあふれ出しそうな感じがするけど、それは音にはならなくてルークはあんぐりと口を開けたまま立っていた。
 振り返ったガイがどうだと言わんばかりに満足そうに笑っている。それがむかついてルークはなんでもないと言う風に先へと足を進めた。
「どうだ?ルーク。海は広いだろ?」
「そ、そうだな……」
 それにガイの目と同じで綺麗だった。

 アニスがはしゃいで先に行ってしまうのでルークたちは慌てて、後を追った。

 アニスとガイの熱心な説得の結果。海で休憩という名で少し遊ぶことに決まったらしい。打ち寄せる波を砂浜に座って眺めていると、ガイが手招きをする。ボール遊びをしようということらしい。
 ガイに手を引かれておそるおそると押し寄せる水に入る。少し匂いが鼻に付くが不快なものではなかった。
 動く水に足元をとられ動きにくいが、なんとかボール遊びを堪能した。
「ガイ……喉が乾いた」
 と先ほどまでそこで一緒に遊んでいたガイの姿を探せば、アニスが遠くのほうを見ていた。派手な色合いのボールの追うガイの金の頭が見えた。
「ちっ……いねーのかよ」
 ルークの舌打ちを聞き咎めてアニスが冷たい視線をルークへと投げた。
「ガイは流されたボールを取りに行ってくれてるんだから水くらい自分で飲みに行きなさいよ」
 ルークは仕方ないと浜へと足を向けた。アニスが満足そうに笑って手のひらに水を汲んで空へ散らすと光を反射して綺麗に輝いた。それをみてルークは閃いた。
 手のひらでアニスと同じように水を掬いあげた。口元へと運んだ。少し匂いがするような気がするが、それも初めほど気にならない。きっと匂う水は流れて行ってしまったのだろう。
 先日、コップに入っていない水も飲めることを学んだばかりだ。
 ルークは意気揚々と飲み込んだ。



 叫び声が青く高い空に響いた……




+++END+++





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