+++タブレット+++  アシュルクだったりガイルクだったり鬱話 死にネタかもしれない




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 子供の泣き声が小さく届く。屋敷の裏に広がっていた森に似たその緑の深いところの奥から途切れ途切れに泣き声がしていた。
 「怖い……怖いよぉ〜!」
 大きな樹の陰で子供が蹲り泣いていた。子供を隠すように立つ木々を抜けてルークは子供の前に立った。
 子供は翠の瞳を涙でうるませて、それでも威嚇するように見上げた。
「俺はっ!おれは悪くないっ!」
 悪くないと言いながらも怯えたように、腕を振り回してこちらを威嚇している。
「怖いよぉ……もうヤダっ……」
「大丈夫……俺が守ってやるからな」
 ルークは熱の塊にように熱くなった子供の頭を抱きかかえた。
「大丈夫。お前は悪くないよ」
「だって……みんな俺が……」
 しゃくりあげながら子供は体を小さくした。
「悪いのは全部俺なんだから、だから怖いのも俺が全部。お前を守ってやるからな」
 腕の中は温かかった。子供の香りがたちのぼりルークを勇気づけてくれた。
「大丈夫。俺が守ってやる」
「本当か?」
「ああ……だから」
 ルークは息を飲み覚悟を決めた。
「大丈夫だ」
「うん……」
「もう怖いこともすぐに終わるから……」
「うん」
 子供はルークの胸の中で頷いた。鼓動がルークに勇気を与えてくれる。
「でも、後はどうなるの?」
 ルークは子供の顔を見おろした。ルーク自身その答えはまだ持っていなかった。
「どうしようか?お前はどうしたい?」
「カエリタイ」
「カエリタイか……そうだな。帰りたいな」
 なにも知らなかったあの頃に。ルークは言葉を噛みしめた。綴じた瞼の裏は暗かったが、明るい金髪と空のような青い瞳がやさしい声で名前を呼んでいた。
「カエリタイな……」
 ガイが笑って手を伸ばしてくれている。名前を呼んで抱き上げて。大きな背中が温かい……
「帰りたいな……」




+++++2+++++




 「カエリタイか……」
 ルークは知らずと声に出していた。揺れるカーテンに人影を探して視線を送るが、室内にはルーク一人だった。誰もいなかった。
 旅に出る前と同じルークの部屋だった。出窓から訪問者が無くなっただけでなにも変わらない。カエリタイ場所はここだと思っていたがどうやら違ったらしい。
 遅まきながら気付いた現実。ルークは苦笑を漏らした。

 ヴァン師匠をラジエイトゲートで倒した後、ルークはレプリカであるにも関わらずファブレにいることを許されている。だから帰る場所はここだと何の疑問も持たずにいたのだが……実際はレプリカだと知れたことで居ずらく感じていた。でも他に行く場所もない。いつか完全同位体であるルークはアッシュに上書きされて消えるのだと言う。なら少しの間なら許されるだろうとここに留まった。それももう終わるようだ。
 カエリタイと己の内で泣く存在がいる……


 「カエリタイ」と泣く子供の帰る処をルークは察することが、さすがに出来た。
「なら還るか?」
 声に出してみた。こくりと子供が頷くのがわかった。
「なら、ルーク。そうしよう」
 そう決めたと空を見上げた時に頭痛がルークを襲った。同時に『屑……』とアッシュの呼びかけが聞こえた。
「何?」
『ローレライから何か受け取ってないか?』
「何かって何んだ?」
『しらねぇよ。送るとかなんとか言ってだろうが!』
 アッシュの勢いに子供が怯えてしゃがみ込む。その両手で何かきらきらと輝くものを抱えているのが目に入った。
「覚えがないけど……あ……ちょっとまて」
「それ……じゃないのか?」
『あるのか?屑』
「うん……なんだかきらきらした珠」
『それだ。ローレライの宝珠。それを俺に渡せ』
「え……?」
『渡せと言ってる。ローレライが解放しろとかなんとか言ってただろうが!それに必要なんだよ!』
「そ、そうなのか……」
 ほらアッシュが渡せって言ってるから。とルークは子供に手を伸ばすが子供は抱え込んだままそれを手放す様子がない。
「港まで出てこれるか?」
 アッシュの質問に答えるまえにルークはそれを制した。
『アッシュちょっとだけまって……』

 ルークは頭痛に耐えながら子供の説得にかかる。
「ほら……アッシュがそれがいるって言ってるんだから」
「ヤダ。これ欲しい。俺もう怖いのやだ……カエリタイ……」
「そっか。それと一緒に帰ればいい。ほら怖いのは全部俺が持っててやる。それならいいだろ?それにお前はアッシュに返さなきゃいけないんだし、今までの生活だってさ……」
 子供は珠を抱えたまま頷いた。
「ガイは……?」
「ガイの事も……お前が持っていけばいい。あいつが受け取るべき時間だったんだから……俺は罪と怖いのだけでいいよ。お前やアッシュには関係ないんだ……
 ルークは恐怖で声が震えるのが抑えられなかった。
「ガイのはルークがいるって言った」
「うん……離れるのはつらいよ。でも大丈夫。ガイは俺のこと迎えに来てくれたんだから。それはいいだろ?それがあれば俺は大丈夫だよ」
「でも今はガイはいない」
 心配そうな声が言う。
「うん……だって俺、ルークじゃない」
 ルークは泣きそうな顔で笑った。そのまま頭痛が増して呻いた。
「アッシュが待たされて怒ってる……ほら、早くアッシュのところへそれを持って行けよ」

『アッシュ……ローレライの宝珠と一緒に全部返すな……』
 ルークは痛みのあまりにそれだけを言うと意識を失った。




+++++3+++++++++




 屑でのろまなレプリカはちょっと待てとアッシュに言うと、ぼそぼそと独り言を言う。
「ローレライの宝珠と一緒に全部返すな……」
 そう言うと何かをアッシュに押しつけて、ぷつりとチャネリングが切れた。待ち合わせの約束をまだ告げていないのに勝手に切るとは生意気な。再びチャネリングを繋ぎ怒鳴りつけてやろうとして腕の中にある温かいものに気付いた。ああ……なんだ宝珠はもう手の中にあるじゃないかと安堵する。
 腕の中に押しつけられた温かなモノに酷い安心感と安らぎを覚えてローレライの宝珠とはこういうものなのかと得心していた。
 なるほど屑なレプリカがなかなか手放さない理由もよくわかった。
 温かなものに包まれ満たされていく。こんな風に感じたのはいつ以来だっただろうか。


 瞼の奥に刺すような日差しを感じて朝の到来にアッシュは気付いた。
 まだこのまどろみを手放したくないなと思いながら、アッシュはまぶしい日差しに諦めて体を起こした。この胸元で熱を発するものはローレライの宝珠なのか。レプリカとのチャネリングでやり取りできるとは思っていなかったのでアッシュは驚きを覚えつつ視線を落とした。
 寝乱れた毛布の隙間から見える朱の髪にアッシュは己を髪をかきあげた。伸びているわけではなさそうだ。ならばこれは誰の髪だ……?まさか宝珠と一緒にレプリカまで移動してきたとかいうわけではあるまい。チャネリングで瞬間移動などという便利な使い方はしたことがない。
 アッシュは毛布をひきはがした。
「俺……か?」
 子供のアッシュが丸くなって眠っていた。ちょうど神託の騎士団に入るための訓練をしていた頃か。肩にかかる髪が少しレプリカに似ている。そこでアッシュはレプリカだと思い至った。
「いや、レプリカ……か?だが……どうして縮んでいるんだ?」
 アッシュは乱暴に子供を揺さぶった。
「起きろ!屑っ!!これはどういうことだ?!」
 乱暴に揺り動かされて子供は驚いたのか飛び起きると、眠そうな目でアッシュを見上げた。
「……?父上……?どうされました……?」
 子供は不思議そうに当たりを見回している。
「誰が!父上だっ!!!!!」
 首を傾げるしぐさのまままた眠りに落ちようとするのをアッシュは頭を叩くことで覚醒を促す。
「起きろ!屑!これはどういうことだと聞いている」
「ルークは屑じゃない……」
 ルークと名乗った子供は不満そうに唇を尖らせた。
「やはり……お前はレプリカか……どうして縮んでいる?」
「ここどこ?父上……ガイは……?」
 ルークは眠そうに瞼を拳で擦っている。
「俺は父上じゃない。アッシュだ。俺のことを覚えてないのか?お前のオリジナルのアッシュだ」
 ルークはきょとんとした顔でアッシュを見上げていた。
「オリジナルのアッシュ……」
 噛みしめるようにルークは言うとこくりと頷き、胸元に手をやって笑みを浮かべた。
「俺、アッシュにごめんなさいする」
 ルークは不安定なベッドの上に立ち上がるとふらふらとしながら、深々と頭を下げた。
「一緒にいる。俺、アッシュと一緒」
 頭の重さにそのまま転がりそうになったのをアッシュは両手を広げて抱えた。ルークはそのまま体を預けるようにアッシュに倒れこみしがみついた。一晩抱えて手放しがたく感じていた体温が腕のなかに戻りアッシュは思わずほっと息をついた。離れがたいなどと感じるのはなぜだろうか……忌々しくなってアッシュは舌打ちをした。
 それに反応したのかルークの体が脅えるように小さく震えた。
「俺、いらない?」
 子供の酷く悲しげでか細い声にアッシュは抱えていた腕の力を込めた。
「いや……そうじゃない」
 照れたように笑いよかったとアッシュにしがみつく子供を無碍には出来なかった。どうすればあの生意気でこ憎たらしいレプリカがこんな風に素直になっているのだろう。
 そうしているうちに子供の腹が空腹を訴えた。
「食堂に行くか……」
「うん」
 ルークは大きく首を縦にふり、勢いよく返事を返す。
「顔を洗ってこい」
 アッシュは少し名残惜しく思いながらも腕の中のぬくもりを手放した。振り切るようにアッシュは準備をするためにベッドから離れた。
 服を着替えてブーツを履くためにベッドへと戻るとまだルークはベッドから降りるのに苦心していた。あと数センチで床に足が届くのだが、それがわからないのか怯えて降りることができずにしり込みをしているのだ。
「何をしている?」
「俺も顔を洗う」
「ならさっさと降りろ」
「床がない……」
 ルークはベッドにうつ伏せになったまま足を下ろして床を探っている。ずるずると落ちてようやく床に足が届き、ルークの表情が華やぎ、しがみついていたシーツから手を離した。
 結局重心が急に移動し床に着いた足で支えられずに、どすんとベッドから落ちていくのをアッシュは眺めているしかできなかった。
 驚いた表情でルークはアッシュを見上げていた。痛かったのだろう少し目に涙が浮かび始めていた。
「遊んでないでさっさとしろ」
「ガイは……?ガイはどこ?」
「ガイはグランコクマだ」
「ガイは俺の使用人だぞ。どうしていないんだよ!」
 そういう余計なことは覚えているらしい。癇癪を起して腕を振り回して怒りを露わにする。
「うるせぇ……さっさと準備しねぇとほっていくぞ」
 ルークはぽろりとこぼれそうだった涙をぬぐうとすくりと立ち上がり、洗面所へと向かった。



 洗面所から勢いのよい水音がした時から嫌な予感はしていたのだ。アッシュは服から髪まで盛大に濡らしたルークの世話をしながらうんざりとしていた。子守など性分ではないのだ。少し不出来なレプリカは問題を起こす上にガイを恋しがって今にも泣きだしそうだ。
「さっさと拭きやがれ……まさか俺に拭かそうとでも思っているのか?レプリカ」
 ルークは渡されたタオルを手に慌てた様子で顔を拭いた。そのまま滴を落とす頭もごしごしとタオルで擦っている。
「襟や胸元もだ。それが終わったら床も拭いておけよ……」
 ルークはぎこちない手つきでそれを慌てた様子実行する。あまり拭えているようには見えなかったがアッシュは放置することにした。
 朝食を食べ始める前に疲れ果てていた。
「朝食の後はグランコクマに行くか……こいつが縮んだ理由も眼鏡に聞くしかねぇしな」




++++4+++++++



 ジェイドは眼鏡を上げてルークを改めて見下ろした。
「では、ルークとチャネリングで『ローレライの宝珠』の話をしたあとにこの子があなたのもとにいたというのですね」
「ああ、あいつが全部一緒に返すとかなんとか言って、俺に押しつけたんだ。何か暖かい感じのものだったからそれが宝珠だとその時は思ったんだが……朝に目が覚めると縮んだレプリカがいた」
「あなたの新しいレプリカでは?」
「自分でルークだと言った。そのうえガイがいないのかと俺の使用人なのにどうしていないのかとうるさい」
「ガイに伝令は行かせました。もうすぐここに来るでしょう」
 ルークは足の届かない椅子に腰かけて、出されたカップを両手で抱えて飲んで口に運んでいる。ジェイドのことは覚えてないらしく誰何した後に怯えていた。茶菓子を出された後はおとなしくしている。
「ガイは?」
「もうすぐ来るそうだ。大人しく眼鏡の言うことを聞いていればすぐに会える」
 ルークは怯えた瞳でジェイドを見上げた。
「ええ……別に怖くなんてありませんよ」
 迫力のある笑みでジェイドが言うとますます萎縮してしまい。手にしていたカップをテーブルへとそろりと戻した。
「いい年をしてるくせに子供で遊ぶな」
「いえいえ、すみませんねぇ。それでは少し音素数などを検査してみますね」
 ジェイドは検査機器のほうへとルークを誘った。怯えてアッシュを縋るような目でルークは見上げる。
知るかと冷たくあしらうこともできたが、幼い姿を見るとさすがにそれも憚られた。
「大丈夫だ。少しお前の健康状態を調べるだけだ」
「そうですよ。よい子にしていればお菓子を追加で持ってこさせましょうか?」
 ルークの瞳が輝いた。
「痛くない?」
「そうですねぇ。強い子には大したことないでしょうねぇ」
 ルークは覚悟を決めたらしく椅子から飛び降りるとジェイドの手に指を伸ばした。表情は緊張で強張り口はへの字に固く閉じられていた。かなりの覚悟で挑んでいるらしい。アッシュは馬鹿らしいと思いながらも子供らしい姿に思わず頬が緩む。心配そうにアッシュを振り返るので行ってこいと手をあげてやると安堵したように笑みを浮かべた。


「それで、検査結果はどうなんだ?どうしてレプリカが子供の姿になったんだ?」
「ルークはあなたにローレライの宝珠と共にあなたにすべてを返すと言ったんですよね?」
「ああ……初めは俺もあれが宝珠なのかと思ったのだが、どうも一部ではあるが記憶がある。屋敷で暮らしている頃のだがな。それでレプリカ自身だと俺は思ったんだが、宝珠なのか?」
「さぁ……?」
「なんだわからねぇのか」
「そうですね。音素振動数はあなたとローレライが同じでルークとは完全同位体です。宝珠も同じだとしてもおかしくはない」
「つまりあれは音素振動数が同じだったのだな」
「ええ、完全同位体でした。そういう意味ではルークだと言えます。どうして子供の姿で子供の記憶しかないのかまではわかりませんでした。詳しいことはガイが到着してから問診してどの程度の記憶が残っているのか、その正誤を確認するしかありませんね」
「結局なにもわからねぇってことだろ」
「ええ。そういうあなたはローレライから何か伝えられていませんか?」
「ローレライはこの剣を送ってきたあとは連絡が取れない。あの屑には宝珠を送っているはずだったから連絡を取ったんだ。それをあの屑は宝珠と一緒に返すべきものも返すとかぬかしやがって……結局面倒を押しつけてきやがった。
 ローレライもこいつを送ってくるときにヴァンデスデルカに捕えられたとか言ってたから探してはいるんだが全く見当もつかねぇ……だいたいヴァンはお前たちが倒したんだろう?ローレライが何を伝えたかったのかがよくわからない。あの屑はそのことすら覚えてないみたいだしな、まったく役にたたねぇ」
 会話ではなく単語しか伝えてこないのは第七音素の素養なのか、アッシュは首を振ってつい舌打ちをしてしまう。
 何かが落ちた音がしたのちに子供の泣きわめく声が隣室から響き渡った。アッシュが咄嗟に立ち上がり隣室の扉に到着する前に、ガイの声が廊下に響くと扉が乱暴に開く音が続いてする。
「どうしたんだ!!?るぅ〜〜く〜〜〜!!!」
 子供の目覚めに合わせて、どうやら世話役が到着したらしい。




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 「どうしてルークがこんなに可愛くなってしまってるんだ?いや、もともとかわいいんだが!」
 ガイは目に入れても痛くないと言いかねない具合に小さくなったルークを抱きかかえて頬を寄せている。ルークも世話役が戻ってきたことに安堵したらしくべったりと貼りついて離れない。
「ガイ。どこ行ってたんだよ。お前は俺の世話係なんだろ?どうしていないんだよ」
「うん。ごめんなルーク。そばにいるから許してくれよ」
「いい許す」
 ルークは鷹揚に頷く。アッシュはこれで安心して出かけられると肩を回した。数日ほどとはいえ子守はとても疲れた。そう言えばローレライの宝珠はどうしたかまだ確認していなかった。それがなければローレライを見つけても解放できない。
「ローレライの宝珠はどこだ?」
 鼻の下を伸ばしたガイがルークを甘やかすのを放置したアッシュはジェイドに尋ねた。
「あなたが別にあずかっていなければ、ルークの言葉を信用するなら、この子が知ってるのでは?」
「おいレプリカ、宝珠はどうした?」
 ガイの膝の上に抱かれたルークはきょとんとした表情でアッシュを見上げた。
「宝珠だ。ローレライの宝珠。お前が俺に返すと言ったんだぞ」
 もぞもぞと動きガイの膝から降りるとルークはアッシュの持つ剣に両手を差しのべた。柄を両手で握りしめると胸元から光が緩やかにあふれだし、柄の中心にあった丸い空間へ吸い込まれていった。
 光が収まるとそこには宝珠が収まった剣があった。
「コンタミネーションですか」
「屑が……持っているならさっさと出しやがれ……」
 アッシュの声がしりすぼみに小さくなった。ルークの体がふらりと揺れて傾いだ。ガイが慌てて腕を伸ばしその体を受け止めようとした。ルークの体が一瞬透けるように揺らぐとガイの腕をすり抜けて床へと倒れていった。
「な?!」
 床に倒れたルークの体がほんのりと光り、絨毯の模様が透けて見えていた。倒れたルークは浅い息を苦しそうに繰り返している。
「アッシュ!すぐにそれをルークへ戻してください!」
 ジェイドが叫んだ。
「戻すったってどうやって……」
「音素乖離です!このままではルークが消えますよ」
 アッシュは咄嗟に剣から宝珠をひきはがすとルークの体へと押しつけた。
「戻れ!」
 先ほどと同じように緩やかな光があふれ宝珠は消えた。変わりにルークの体は透けることなくそこへ横たわっていた。
「これで子供になった理由がわかりましたね。音素が足りてないのです。宝珠で補ってもこの体しか維持できない。ルークに一体何があったんですか?」
「そんなの俺が知るわけがない。あいつはバチカルへ帰ってたんだろ?」
 ガイはルークの名前を呼びながら抱き上げてその体温と鼓動を確かめていた。
「いったい……ルークはどうしちまったんだ!」
「知るかっ!」
  重ねてのガイの叫びにアッシュは怒鳴り返した。知りたいのはアッシュ自身も同じだった。
「あいつは俺に返すと……」
 返してアッシュを乗っ取るとでも言うつもりなのだろうか、アッシュは自身の想像に背中が冷たいものが伝ったような気がした。
「大爆発か……?だがあれは俺がレプリカに吸い取られるんじゃないのか?レプリカが消えたら俺もこいつのように薄れて消えると言うのか……?」
 アッシュの小さな独り言をジェイドの注意を引いたらしく。ジェイドがアッシュへと声をかけた。
「大爆発の兆候があったのですか?」
 アッシュはジェイドの質問には答えずに目をそらした。
「大爆発はオリジナルがレプリカを上書きして乗っ取る完全同位体にのみ起きる最終形態です。あなたは何か誤解をしているようなので訂正をしておきます。消えるのはレプリカです。あなたの中に記憶だけが残される。ルークにはその残る記憶さえ怪しくなってきてるようですがね……」
「それこそ知るか……あの屑の記憶が残るだとっ!よくもそんな悪趣味なことが言えるもんだな!」
「悪趣味だろうがなんだろうがそれが真実です」
「ならば俺はそれが起きる前にあいつを消す」
「やめてくれ!アッシュ!」
 叫ぶガイにアッシュは鼻で笑い返した。
「はっ!ローレライを開放するには宝珠が必要だ。宝珠を手放せばレプリカは消える。俺にとっては早くことを終わらせればことはすむ」
「ルークを殺させないぞ。アッシュ」
 ガイはルークを抱えてアッシュを睨みつけた。両手が空いていればそのままアッシュに切りかかっていただろう。
 アッシュはどうでもよいと言いたげに踵を返した。
「ローレライを見つけたときに宝珠をもらいうけに来る。それまでせいぜい余生を楽しむことだな。レプリカ」
 とはいえゆっくりともしてはいられない。大爆発による体の不調が収まったとはいえアッシュにも残された時間は多いとはいえない実感があった。アッシュはローレライを探すべく部屋を出ようと扉に手をかけた。服の裾を引かれてアッシュは引き戻された。


 「いい加減にしろ……ガイ」
 引き戻したのがガイだと思いアッシュはルークを抱きしめていたガイへと向き直った。
「猶予をくれてやるだけありがたい……と……」
 引きとめていたのは小さな手だった。
「アッシュと一緒にいる」
「は?」
「アッシュと一緒に行く」
「ふざけたこと言ってるんじゃねぇ!」
 ルークはアッシュの足にしがみ付き離れようとしない。
「てめぇ……ガイを恋しがってすぐに泣いてたくせに何が一緒にいくだ。ガキがふざけてんじゃねぇ」
「ルークはガキじゃない!アッシュと一緒!!」
「ガキでなければ屑なんだよ!飯食うにもガイ!ガイ!って泣きわめいたのはどこのどいつだ!」
 ニンジンを見てガイを呼びつけ、ミルクを見ればガイがいないからだとわめき。散々な朝食風景はまだ記憶に新しい。アッシュの言葉に感激してガイが涙目になっている。アッシュにしがみ付いたルークをガイは抱きしめている。
「ルーク!俺のことをそこまで……」
「うぜぇガイ。離れろレプリカっ!」
 アッシュは二人を払いのけようとするがルークは腕の力を強めて離れない。
「アッシュ。ローレライの居場所の見当はついているのですか?」
「まだだ。片っ端から当たるしかねぇ。まずはパッセージリングを回る」
「ならば私たちもご一緒しましょう。ガイも一緒に行けばルークの面倒を見てくれますよ」
 ジェイドは話はついたと言わんばかりに両手を打った。
「なんでてめぇらなんかと……」
「障気が増えたと最近報告がありましてね。調査をしなければいけなかったのです。ちょうどよかった。資金も陛下から出して頂きましょう」
 ジェイドはにっこりと笑みを浮かべた。
「それに、アルビオールを使ったほうが早いですよ」
 アッシュは折れるしかなかった。



 ジェイドがユリアシティへ向かうと言い出した。パッセージリングはすべて回ったがローレライの形跡を掴むことができなかった。手詰まりになっているアッシュに反対する理由はなかった。
「世界会議だと?」
「ナタリアから連絡がありました。平和会議をユリアシティで行うそうです。それにあなたにも出てほしいようですよ。私は陛下からその時に障気についての説明をしろと命令です」
「ならば障気は俺が消すと伝えろ。レプリカ共の了承は得たのだ」
 ルークがアッシュにしがみついて嫌だと呟いた。
「レプリカに超振動は扱えない。それにこいつがいないとローレライを開放出来ない。ローレライの開放はお前がするんだ。俺のレプリカならそれくらい出来るな」
 ルークは目に涙を浮かべてアッシュを見上げた。
「しかしキムラスカ側は私の説明では納得しませんよ」
「仕方ない。俺が直接説得する。どうせ方法はそれしかねぇんだからな」
「ぎりぎりまで他の方法を探して……」
 ガイがアッシュから押しつけられたルークを抱えながら言う。
「そんな時間はねぇだろ。到着するまで少し休む」
 アッシュは指定席になっている座席に座ると瞼を閉じた。ガイに渡したはずのルークがアッシュの膝に頭を置いたのがわかった。枕にするとは生意気な……とは思うものの温かなぬくもりに引きこまれアッシュはそのまま眠りに落ちた。




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後編へ続く



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