+++〜イケニエの鉱山の町へ向かう途上〜





 「がぁ〜いぃ足がいてぇ…」
 ぶつぶつと呟くのを諦めて声を大にして、前を歩くガイに自分の状態を伝えてみた。ガイならこの痛みをどうにかしてくれるかもしれないと期待を込めて。
初めての外に出て以来ずっと足が痛い。局部的に痛いのははじめの数日だったのはせめてもの救いだった。あとは大型の陸船に乗ることができたおかげで足の痛みに悩まされずにすんでいた。
 そのあともまた足の痛みはぶり返したり、船にのったおかげで治ったり。バチカルの家に着くころには歩けば足が痛むことがあるなんてことはすっかりと忘れていた。
 そんな具合でルークもそれなりに旅による足の痛みには慣れてきていたし、我慢だってすることを覚えたと自画自賛していた。しかし砂漠越えをしたあたりでいつもなら引いていくはずだった痛みは増すばかり。そのうえ険しい山道を歩き続けて我慢も限界に達していた。

 ガイが振り向くよりも早く隣を歩いていたナタリアが不満そうにキツイ視線を向けた。
「まぁルーク。足が痛いのはみんな同じなのですよ。みなさん我慢して歩いているのです。親善大使がそんなことでどうしますか」
 振り向いたガイが大丈夫か?と視線で問いかけてきていたが、王女様の手前それ以上の行動は取ってもらえそうになかった。
 不満は残るがこれ以上言いつのっても足の痛みがなくなるわけでもなく。たぶんナタリアの説教が長引くだけのことになるので諦めて口を噤んだ。


 しだいに前を行くナタリアと距離が開いていくのが、矜持を著しく損なうがもう歩みを早くするなんてことは無理だと思われた。機械的に何も考えずに一歩ずつだしていくしかない。

 「痛い…」
 正直焼けるような痛みが一歩ごとに脳天を突き抜ける。ナタリアが言うようにみんな平気な様子で同じ距離を歩いているということはこれは我慢できる痛みなんだろうと判断するのだが、とにかく痛い。頭までぐらぐらとし始めて足取りが怪しくなり、結果足場の悪いところへと足を置きますます痛みが増す。悪循環だった。
 額から汗が滲みでてまとわりつくように流れてそれも気持ち悪い。座って休みたいと思って先の休憩で喜び勇んで座りこんだ。そのあとのつらさが増したような気がしたのでもう座って休んだりしないことにした。
 とにかく一秒でも早く師匠にあって、練習のときのように治してもらうしかない。師匠はすごいからなんでもできるんだ。練習のときに痛くなったのを治してもらったことがある。師匠なら簡単に治すことができる。
 それのときのことを思い出してまた気だけが焦る。
「うう…」
 石を踏んで痛みが走り思わず声が出てしまった。イオンが青い顔で心配そうにのぞきこんだ。
「大丈夫ですか?」
「お前こそ…青い顔をしてる。足が痛いのか?」
「いえ足は大丈夫ですよ。ルークこそどこか痛いのでは」
「足がいてぇ…みんな…よくこんな道……歩いていられるよな」
 息が上がって痛みをかみしめつつ言葉を吐き出す。話をしていると少し気が紛れていい。汗が流れて気持ち悪い。もう何もかもが最悪だ。
「足が痛いのに先ほども立ってましたよね?」
 イオンが心配そうにルークの足元に視線を流した。割り込むようにアニスの甲高い声がした。
「おぼっちゃまは椅子がないと座れないんですよぉ」
 甲高い声が頭に響く。もともと頭痛持ちにはこの声はそれを触発されそうで知らずと眉間に皺が寄る。
「うるせぇ」
 
「イオンさま〜ルークなんかほっておいてこちらにどうぞ」
 アニスはイオンの手を引いて足早に先へと行った。
「師匠にさえあえばこんなのどってことないんだからな!」
 負け惜しみに呟いて額の汗をぬぐった。一番後ろを歩いていたジェイドが遅れ気味のルークを追い抜いて行った。置いて行かれないように懸命に足を踏み出して歩く。もうわき目を振る余裕もない。
「ーク!ルーク!」
 ガイに腕を引かれてみんなが自分より後ろにいることに気がついた。ナタリアが座っているところをみると休憩に入るようだ。
「少し休んだほうがいい。ほら水を飲め!すごい汗だな」
 ガイが水筒を差し出してくれた。
 水筒…と映るものを理解はできるのだが、行動にまで頭が回らない。
 ルークは黙って水筒を受け取ったままぼんやりと飲み口を見つめてしまう。ガイは息をつくとふたをはずしてもう一度手渡してくれた。ルークは一口水を口に含んだあとむさぼるように水を飲んだ。
 ぬるい水がこんなにおいしいとは思ってもみなかった。
 消費される水にアニスが不満そうな視線を投げかけているのに気がついて、やっと口を外した。
「ルーク少し座ったらどうだ?」
 ガイが腰かけるのにちょうどよさそうな岩を指差した。ルークはいらないと首を横に振った。
「足が痛むんだろ?」
「いい…立てなくなる…」
 ルークは小さな声で呟いた。額からは変わらず汗が滲んで、頬も上気して赤い。
「ルーク…熱があるんじゃないのか?」
ガイがルークの額に手を伸ばそうとして、手袋に気付いた。そのまま額にかかる前髪を掻きあげて、己の額を近づけた。ルークはされるままに子供のようにじっと近づく金色の髪をを眺めていた。
「おいおい…かなりあるぞ」
「うん…なんだかぼーとする気がする」
 ガイがあきれた様子で言うのにルークはなんだか遠い出来事のように感じていた。



「ガイ。ルークの足をみてやってください」
 ジェイドが後ろから声をかけた。ガイははっとした様子でルークを抱き上げると先ほどの岩の上に座らせた。
 日陰にある岩はひんやりとして気持ちいい。ルークは座るのをやめてその岩に頬をひっつけて寝ころんだ。
「冷たくて気持ちいい…」
「ルーク、靴を脱がせるぞ」
「別にそのままでいい。寝るわけじゃないし…少しだけ」
「そうじゃない。足の具合を見るんだ」
 ガイはルークの足元に膝まづいたままで声をかける。
「痛いから脱がない」
 ガイはルークの返事を待たずにブーツに手をかけて、そっと脱がせにかかった。踵を抜くときにルークは身体を起こし痛いと叫んだ。
「あと少しだから我慢しろ」
 よほど痛いのかルークはぎりぎりと岩に爪を立てて歯を食いしばっていた。
 片方の靴がぽとんと地面に落ちて音をたてた。
「ガイの馬鹿ヤロー!!もう靴履けなくっても知らないぞ!」
 ルークは我慢できないと叫んだ。
「ルーク…」
 ガイは靴から出てきたルークの足をみて絶句していた。白い絹の靴下は赤く血と体液に染まってぐっしょりと濡れていた。
「反対の足も痛いのか?」
 ガイはやっとのことでそれだけを聞く。
「両方いてーんだから、触ンな!馬鹿!!」
 大騒ぎするルークをからかおうと覗き込んでいたアニスが短く悲鳴を上げた。心配そうに近づこうとしていたイオンの手を引いて離れた。
 ルークは小さな声で痛くないと何度も言い聞かせるように呟いた。ガイが絶句したのをあきれたと勘違いしているようだ。
「こんなのいたくぬぇ〜よ!ヴァン師匠にあったらすぐに痛くなくしてもらうそれまで俺だって我慢する…うるさいこと言うな!」
「傷が原因で熱まで出してて何を言ってるんですか?この子は?」
 ジェイドが呆れたように覗き込んだ。
「馬鹿にするな!けがなんかしてねぇし痛くねぇって言ってるだろ!みんなが我慢できることは俺だってできるんだからなっ!」
 ジェイドが口を開く前にガイが手で制した。
「ルークこれは靴ずれっていう怪我なんだ。これくらいひどいと痛くても仕方ない。というか痛いんだ。これくらいの痛みは我慢しなくていい」
「我慢…しなくていい…?」
 ルークはガイの言葉が信じられないというように顔をあげて辺りを見回した。ジェイドはええとうなづいて見せた。
「いてーよ。ガイ…」
 大きな翠色の瞳からぼろぼろと涙をこぼして痛いと訴えた。
「うん。痛かったな。よく頑張ったぞルーク」
 ガイはそう言ってルークの頭を抱きしめた。感動のシーンに浸っている主従を冷たい目で眺めていたジェイドは振り返った。
「さて、ティア治療していただけますか?」
「ええ…もちろん」
 ティアはしずしずと歩みより治癒術をかけた。あっという間に傷が治るのをルークはあっけにとられていた。
「ヴァン師匠と同じことができるんだ。すげーなティア!」
 きらきらと光る尊敬の眼差しで見つめられてティアは頬を染めた。
「これくらいならいつでも言ってね」
「そっかぁ師匠と兄妹だもんな。すげーなぁ。もっと早くやってもらえばよかったゼ」
 ガイは満足そうにルークの頭を撫でている。
「本当に気がつかなくてすまなかった。お前がほとんど歩いたことがないからこういうこともあるってことを失念していた。また痛くなったら言うんだぞ。時間があるときなら自然治癒で足の強化を兼ねてやることができるのにな…」
 ガイの呟きがルークは理解できずにきょとんとした顔で見上げている。
「今は治癒術で治したからな。足の皮はうすいままだ。また歩くと同じ事になる」
 ルークは悲惨なことを聞いたと眉を顰めた。
「本当ならちょっとづつ慣らしてそういうことにならないように皮を厚くするんだけどな。まぁまた痛くなったらすぐに治してもらうしかないだろう」
 ルークはこくりとうなづいた。
「ティアまた頼むな」
 ルークはにっこりと笑みを向けた。ティアは任せてと笑みを返す。
「私だって治癒術を使えますのよ!ルーク!!」
 ナタリアが割りこむように胸を張って言った。
「すげーなナタリア!」
 ルークはティアに向けたのと同じ尊敬の眼差しをナタリアに向けた。ナタリアは満足そうに頷いた。
「ですから私に言ってくださってもよいのですよ。ルーク」
「ありがとうナタリア。俺もそういうのできたらよかったのになぁ」
「まぁ!そうおっしゃるなら教えて差し上げますわよ」
 ルークは目新しいことが学べると顔を輝かせていた。
「ナタリア様!それは公爵様の許可が必要ですよ」
 ガイが忠告した。ルークは譜術や預言などからは得てして遠ざけられ育てられている。その理由は告げられたことはないが、ルークはいろいろなものから遠ざけられている。
 なんとなくそれを感じているルークは項垂れ口を噤んだ。ガイは荷物入れから新しい靴下を出してルークに履き替えさせた。
「あらそうでしたかしら…許可をいただいたら教えに行きますわ」
 その許可が降りないことを感じているルークは貼り付けたような笑みでうなづいた。




+++++END+++

無垢なる贄の仔へ


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