■■最新更新分■■

+++「夢見る頃をすぎて」

 ガイルク。アシュルク。ヴァンルク?的なところもあります。ガイアシュ的な要素も含んでおります。大丈夫な方のみ進んでください。
こういうのなんて表現したらいいのかなぁと思ってたら便利な言葉がありました。
「ルーク総受け」です。たぶん……と言ってもルークがみんなを大好きでみんながルークを好きだというだけかも。

「ルークどん底」です。ルーク幸せしか認めないというような方は見るのをおやめになることをお勧めします。

逆行ものです。過去の一周目の話からはじまってます。
全部完結してから更新始める予定でしたが、そうすると5月すぎても更新できなさそうな感じになってきたのでとりあえず、様子を見ながら更新していきます。途中で修正が入ったり、つじつまあってなかったりすることはデフォルトです。頑張って合わせて行くつもりにはしております。

さっくりと書きたいところだけというタイプで短いお話を目指してます。

大事なことなので二回言っときます。「ルークどん底」です。ルーク幸せしか認めないというような方は見るのをおやめになることをお勧めします。






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 第一話

 「屑レプリカがっ!」
 聞きなれたと言うには悲しい言葉で、怒鳴り声が響いた。脅えて頭を竦めているルークは固く目を閉じてその頭をアッシュの前で項垂れていた。そして誰もが可哀そうだと思いながらも同時にまたか……と思っていた。
 オリジナルであるアッシュがレプリカのルークに辛く当たるのも、酷い言葉で罵るのもいつものことであった。何をそこまで言わなくてもと思ってはいても、二人の関係を知る者はあまりアッシュを責めることも出来ない。かといってルークがそのまま罵られる言われもないのだからとガイは二人の間に割って入った。

 「アッシュ。ルークに八つ当たりはやめてくれ」
「ガイ……」
 安堵を滲ませてルークが子供のようにガイの腕をそっと掴んだ。怯えながらもルークはガイを止めようとする。
「いいんだ……アッシュに言われても仕方ないんだ。俺、出来そこないだから……」
 安堵したことをきっと己で責めているのだろう。自身に言い聞かせるようにルークは小さく呟いた。
「ルーク。そんなことないだろ?俺達は出来る限りのことを尽くしているんだ。それをうまくいかないからと言って八つ当たりされる言われなんかないさ」
 ガイは安心させるつもりでルークの肩を抱き、ぽんと叩いてやった。ルークの強張っていた身体がそれだけで少し解れたのを確認して、改めてアッシュを見やった。
 アッシュは音がするのではないかと言うほどに、歯を食いしばり言葉を飲みこんでいた。怨みがましい目をルークへと向けると、苛立たしげに舌打ちをして背を向けた。
「アッシュ次からはちゃんとするからっ!」
 脅えながらもルークはアッシュの背中に縋るような眼を向けて、親に捨てられそうな子供のように声を出した。
 そんな頼りなげな声が、より癇に障ったのだろう。アッシュは足音も粗くルークへと向き直りルークの襟元を引き寄せた。
「いつも次があるとは暢気なものだな。レプリカ」
 凄みの効いた視線と声で伝えられた言葉にルークは益々脅えてしまい。詫びの言葉を繰り返した。見ていられなくてガイは再び間に入り、ルークの襟首を締め上げているアッシュの腕を掴んだ。
「アッシュ。言いすぎだしやりすぎだ。わかってるんだろ?」
 アッシュはルークを投げ捨てるように腕を解くと、こちらを睨んだ。
「ガイ。てめぇがそんなだからいつまで経っても、屑は屑なんだ!いい加減にしろっ!今はそんな悠長なことしてる時間はねぇんだ。面倒を見きれねぇ」
 アッシュは舌打ちをして足早に立ち去った。

 「アッシュ!!待ってくれよ!」
 尚も追いすがろうとするルークをガイは腕を引いて引きとめた。
「ルーク。今は言っても仕方ない。アッシュも頭に血が昇っている。もう少し落ち着いてから話あえばいい」
「でも、ガイ……アッシュは……」
 ルークはがっくりと肩を落としている。少し目じりに涙が浮かんでいる。ルークはレプリカだからだろうか、アッシュに対して思慕を抱いていることをガイはわかっていた。どうしてあんなにも邪険にされてもなおも追いすがり、慕う心が生まれるのかはガイにはわからないが、それがレプリカとオリジナルだけにあるなんらかの柵だというのならつくづく罪な繋がりだとしか言えない。いらないなら俺にくれよとアッシュに対して何度口にしてしまおうかと思ったことか。むろんそんなことは言わない。ガイはルークを捕まえていることのできない自身がふがいなかった。
 ルークはガイの心中を知らずに、ガイの渋い表情を己のせいだと責めた。
「俺が何も知らないし出来ないから、アッシュの協力も得られなくてごめんな。もっと勉強しておかなかったのかなって、今頃思っても仕方のないことだけどさ……ごめん」
 ルークは笑みを浮かべたが、頬が強張りあまり上手く笑えていなかった。そういえば長い間ルークの弾けるような笑顔を見ていない。急にガイは冷たく感じた手を暖めたくてもう一度ルークの肩を抱いた。
「大丈夫だって。お前は良く頑張ってるさ」
「でも、もっとアッシュと仲良く出来たら、みんなにもこんな苦労させてなくて済むのに……アッシュが一緒なら……」
 アッシュが消えた遠くを見てから、ルークは小さくため息を吐いた。きっとルークがいなければアッシュがみんなと行動を共にするのではないかと思っているのだろう。
「アッシュはアッシュのしなくてはいけないことがあるんだろう。こっちはこちらでするべきことが山積みなんだ。ルーク」
 頑張ろうなと励ますつもりで言う言葉は途中で遮られて、ルークはまた泣きそうな顔のまま笑みを作った。
「わかってるって!」
 ルークはアッシュを振り切るように反対を向いて、みんなのいる方へと一歩踏み出した。
 本当にわかっているのか?とガイは聞きたくとも聞けなかった。空元気でも今は顔を上げていてくれる方がマシだと思った。
 「なぁ。ルーク。全部終わったら、グランコクマに来るだろ?」
「え?なんだよ急に……」
「だから、あんなアッシュとお前がバチカルで一緒にいるより、俺と一緒に住むだろ?って聞いてるんだけど」
「はぁ?」
 ルークは急な話に驚いて大きな目を何度も瞬きしていた。
「前に約束しただろ?」
「そうだけど……あの時と今は状況が違うっていうか……だって、俺、レプリカだし……」
 ルークはガイを窺い見て何を求めているのかと懸命に探っているようだ。たぶん期待して裏切られるのが嫌なのだろう。だから、一緒に行きたいともいたいともルークからはもう言いだすことはない。
「俺はガイのお世話係をしてもきっとガイの役に立てないだろうし……警備ぐらいならできるかもしれねぇけど、やっぱり役に立てるような気がしねぇし……」
 ルークはぼそぼそとそれはつまりは一緒にいたいって思ってくれているんだろう。とはわかるけれど、共にいる利点がガイにないと説得なのか言い訳なのか、よくわからないがそう言ったことをつらつらと言い連ねている。言っていて自身でも落ち込んできたのだろう。声が次第に小さくなっていく。
「だから?」
「だから……」
「ルークは俺と一緒には住みたくないって言うなら、仕方ないから諦める。だけどなルーク。俺はルークに俺の世話を焼いてもらおうとか、警備をしてもらおうなんて思ってないぞ」
 ルークはちょっと顔色を失って、頷いた。もっと何か悪い想像が頭をよぎったのだろう。いったいルークの中でガイとはどういう人物像になっているのかと、ガイは落胆してしまう。
「だよな……」
「俺はルークに傍にいてほしいんだよ。伯爵家を復興させるって言ってもそう簡単なことじゃない。慣れない貴族のお勤めなんてきっと俺はすぐに投げ出してしまいたくなるだろうさ。ルークがよく勉強をさぼっていたみたいにな」
 ガイはそんなことないさとルークは慰めの言葉を吐いてくれる。
「だからさ、ルークが一緒にいれば俺は逃げ出さずにがんばれるだろうし、きっとルークもそんな俺を応援して励ましてくれるんじゃないかって思ったんだけど。ルークはそんな俺は嫌いなのか?一緒になんか住みたくないか?バチカルの家の方がいいに決まってるのは当然だろうけど」
 バチカルの家にルークは反応してみせた。
「あの家はアッシュの家だから俺は……」
「だから俺のところに来たらいいって話は前にしただろ?嫌か?」
「嫌じゃない。だけどガイにきっと迷惑をかけちまう……だろ?」
「迷惑なんかないだろ?俺がルークに来てほしいってお願いしてるんだから」
 ルークはやっと納得したように小さく頷いた。
「来てくれるんだな。約束だぞ」
 ルークはこくりと再度頷いた。アッシュと一緒にファブレに帰す心配はひとまずは無くなった。ガイは感極まってルークを強く抱きしめた。
「ありがとうな。ルーク」
「なんでガイが礼を言うんだよ……」
「もし二人ともがさ、何もかもが嫌になったら二人で旅に出よう」
「そんなの駄目だろ?」
 意外と真面目なルークらしい返答だった。
「じゃあ。ガルディオス家が復興できたら、旅に出ような」
 明るく楽しい未来の餌でもなければ、ガイは踏ん張れそうになくて昔から二人で夢を見ていた世界を見て回る夢を口にした。ルークが小さく頷いた。
「なんだよ。もっと喜ぶかと思ったんだけどな」
「だってガイ……今も一緒に旅してるし」
「こんな慌ただしいのじゃなくて、ゆっくりといろいろと見て回るようなのだ。ルーク。知ってるか?シェリダンの音機関ですごい通りがあってな。実は前々から行ってみたいと思ってたんだ」
「なんだよ……結局音機関かよ……」
「いや、そこにある名物料理の鳥がすごいうまいって話なんだ。ルークと食べたいと思ってたんだよなぁ」
「チキン……?」
 腕の中でルークが興味を持ったのか身じろぎをした。見下ろすと少し瞳を輝かせたルークがガイを見上げていた。
「ああ!」
 ガイの上機嫌な肯定を受けてルークの意識がアッシュから逸れた。ガイは前にみたガイドの受け売りを延々と話して聞かせる。楽しみだなぁと感慨深くて思わず口を吐いて出る。ガイは抱きしめていた腕を解いてルークの肩を抱いて強く叩いた。
 ルークははにかんだ笑みを浮かべて、いてぇよといいながらも嬉しそうだった。
「本当に楽しみだ。ルークと一緒にずっといられるんだな」
 なんて素敵なことなのだろう。



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第二話


 決戦の地となったエルドラントで空を見上げた。
ヴァン師匠を倒して、息をつけば身体がもうさほど持たないと感じた。エルドラントでそのままローレライを解放する。アッシュが先に逝ってしまうなんてことは全く想像もしていなかったから、後を託す方だとがむしゃらに突っ込んできたけど。後を託されるって本当に重い。無自覚にこれをアッシュに押しつけていたのかなんて今更にアッシュの大きさを思う。胸に溢れる思いはそんなかっこいい言葉なんかじゃ表せることじゃないけど。いつもルークの感情はアッシュへと一方通行ばかりだった。そんなことを嘆いていたけど、こちらを向いた初めての託されたものが重いなんて、思わず両手をルークは見つめた。そんな感傷に浸っている暇はなさそうか……
 後を任された身としては一刻も早く役目を果たす必要があった。

 名残を惜しむ時間など残ってない。ローレライを解放すれば第七音素でできたエルドラントがどうなるかなどわからない。みんなに別れを告げて危険な場所から避難することを勧めた。
 みんなの背中を見送って一人残ったホドの地を眺めながら、ここがガイの生まれ育った場所なのかと感慨にふける。もう少しだけ、彼らが避難し終えるまでの時間くらいは許されるだろう。
 ガイがくれた言葉が胸に蘇った。
 「グランコクマで一緒に住もう。何もかもが嫌になったら一緒に二人で旅に出ような」
 ガイとの約束。守れそうにもない。この荒唐無稽な楽しい約束に支えられてたってガイは知ってるかな?ガイには支えられてばかりだ。アッシュじゃなくて親友はバカなルークの方だって言ってくれたのも迎えに来てくれたのもガイだ。
 ガイと一緒に住んでいろんなところを旅して、時々アッシュとナタリアに会いに行ってさ。もちろんアッシュには全部返して、アッシュとも仲良くなるんだ。誰よりも近しい存在で誰よりもきっとわかりあえるはずだった。俺の事をわかってくれるアッシュ。アッシュの事がわかる俺。
 そういうのずっと憧れていた。願っていた。もしアッシュが手を差し伸べてくれるようなことがあったら、その手を取ってきっと次へと進むんだって思ってた。次へと進む為に、こうやってローレライを解放するのだと思っていた。
 ルークは大地へとローレライの鍵を刺し、譜陣が浮かぶとぐるりと鍵を回した。解放を寿ぐように大量の第七音素が噴き出してくる。人の生み出した執着の産物が崩落していく中、音素たちは嘲笑うように音を立てて撒きあがっていく。

 約束、守れそうにもない。
 でも、もし物語みたいに生まれ変わりとかあるなら、アッシュに迷惑をかけないで、少し話がしたい。ガイと昔みたいに一緒にいたいなぁ。

 そんなの夢物語だけど、そうなったらいいなって思う位は許されるだろう?
 溶けて行く身体が音素となって散っていくのを感じながら、腕の中にいるアッシュを見下ろした。そうアッシュも思うだろ?俺が全部返したらお前は俺を許してくれるか?

 全部還すから……だから仲良くしてほしかった。仲良くなりたかったんだ……
 きっと俺たち、誰よりもわかりあえるはずなのに……な……




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 あれから何年だっただろうか。
 ルーク達の成人の儀の日。タタル渓谷でアッシュが所在なげに佇んでいた。
「あいつは?」
 アッシュの言葉でルークが一緒でないことがわかった。ジェイドの大爆発の説明にアッシュは狼狽しながらも、レプリカの記憶などどこにもないと安堵の表情を見せた。
「ならばいつか帰ってくるのか?」
 アッシュのほっとしたような言葉に誰もが救いを見出して、反論できる者はいなかった。それを誰もが願っていたし、望んでもいた。だが、今日までルークは帰ってきていない。もしそのような兆候がアッシュにあればすぐに連絡を寄こす様に音機関も渡してあるが、一度も使われたことはなかった。
 今日もガイの枕元でその音機関は沈黙を保っている。


 今日は少し気分がよかった。ずっと視界も思考ももやに包まれているというか、何を考えていたのかも夢を見ていたことすらも曖昧であったが、今日はすっきりと晴れたような気分だった。
 ルークがエルドラントでローライを解放し姿を消してからずっとルークの帰りを待っている。ずっとそれはガイの中では一番のことでそれは変わらない。
 ふいに青い空を見上げたくなったのだ。ルークを連れていったのかもしれないローレライとその譜石帯を見て認めるのが嫌で長い間空を見上げていなかったことを思い出した。ルークが取り戻した青い空だというのに見ていなかったことを思い出したのだ。

 「窓を開けてくれないか?」
 側に控えていた使用人にガイは頼んだ。
「今日はお寒いですよ?」
 それでも窓を開けますか?と窺い、頷くと頼まれた使用人は躊躇いがちに窓へと近寄った。かたりと音を立てて開け放たれた窓の外は青い空が広がっていた。
 少し風が冷たいようだ。吹き込む風に使用人が身体を小さくした。ガイを振り返り満足しましたか?と視線で問う。
 本当ならありがとう。もういいよと応えなければならないところだが、あと少し空を見ていたかった。
 こんな風に譜石帯が近く感じたことなどなかった。青い空をベッドの中で見上げながらガイはルークの名前を呼んだ。
 本当はもう少しこちらでお前を待つつもりだったのだが、こんな不甲斐無くみっともない姿をみたらルークはなんていうだろうか?きっと笑って「だらしねぇの!ガイのばーか!」と言うに違いない。
 本当にだらしない結末に本人も驚いているのだ。お前が救ったこの世界をもっともっと素晴らしくするために努力していくつもりだったのに……
 お前と旅する場所の選定もしっかりと計画を練っていた。下見だってしたところもあったのだけれど、どうやらルークと共に行く機会は無さそうだった。

 流行り病に罹ってこんな風に終わるとは思ってもなかった。
「なんだもう諦めるのかよ」
 ルークの声が聞こえたような気がした。ガイは諦めてなんかないけど……ごめんなルーク。次があるなら今度はきっとお前を守るから。
 だから会いたい……




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第三話


 誕生日はあまり好きではない。なぜなら、家族を失った日だからだ。ホドはキムラスカ。いや、ファブレによって滅ぼされ、島も海に沈み今はその姿すら残していない。ホドなどという島は無かったと覆い隠され、そこにいた人はいなかったというように忘れ去られている。
生き残った幼いガイはペールに手を引かれながら、そのファブレ公爵家の門をくぐった。ファブレに復讐するために使用人となり潜入するのだとそのことを計画した時は沈みがちだった心が浮き立った。これで両親や姉上に、領民に顔向けできると幼心に安堵したことを覚えている。
 ペールは心配そうではあったが強く止めはしなかった。共にファブレ侯爵家で使用人となってガイを見守ってくれていた。試用期間が終わりしばらくした時にガイはファブレ子息の遊び相手兼世話係を拝命した。そういう仕事に付いている者は他にも何人も貴族のお偉い子息たちがいるらしいのだが、ファブレ子息のお眼鏡に適わなかったらしい。次第にそういうお貴族の子息たちは屋敷に来なくなっていった。名目上の同僚は数人いるらしかったが、出自の違うガイは挨拶すらする機会は無かった。
 子息の傍仕えはチャンスだと思い、ガイは初めてお目通りする子息に取り入ることを考えていた。いつか公爵の前でその首を落としてやろうと息巻いていた。

 「顔を上げよガイ・セシル」
 公爵の声にガイは跪いたままで顔を上げた。公爵と同じ深い紅髪の子供が立っていた。幼いながらも威厳を作ろうとルークは不機嫌そうな顔でガイを見下ろしていた。紅い髪、碧の瞳がガイの目に飛び込んできた。
「はじめまして、ルーク様」
 その名を口にした途端にガイはやっと会えたと心が浮き立った。それは薄ら暗い喜びではなくて。まるで太陽を手に入れたような希望を手にしたようなそんな明るい喜びだった。そして今度こそなんとしても守らねばと強い衝動に駆られた。
 ルークに会った瞬間に復讐などどうでもよくなっていた。この愛しい幼子をガイは守らねばならない。
 ガイのそんな心を知ってか知らずか、ルークは少し照れたようにはにかんだ笑みを浮かべて、それを慌てて隠す様にとってつけたような物言いで「よろしくたのむ」とだけ言った。

 肩肘を張って虚勢を張る姿はとても愛らしくて、ガイはとても好感を持った。復讐などすっかりと頭から吹き飛んでいた。どうやってこの子を守り慈しんでいこうかとそんなことが頭の中をめぐり、明るく目の前が開いていった。








 初めて会った時から何年たったか、気を強いルークが静かに肩を震わせて泣いていた。悲しい物語のせいで泣いているのでもなく。飼っていたペットの死を悼んでいるのでもない。そう言った泣き方とは違い始めてみる泣き方だったから、ガイは何事かが起きたとわかった。
 育ち盛りの子供にしては細い手足が、上等な服から伸びていた。いつもは隠されていたのだろう。痛々しい痣が腕や足に浮かんでいた。誰かと喧嘩でもして痣が出来たのだろうか?とガイは思ったが、それはすぐに否定する。ルークに痣が出来るような喧嘩をする相手はガイ以外にはいない。剣術の稽古ではつく痣ではない。
「どうしたんだ?ルーク。それはいったい……?」
 近づいてよく見ればそれは結構な数の注射痕が痣になっているものだった。そう言えばベルケンドへ健診を受けるのだと定期的に出かけていた。先日もその定期健診を受けてきたところだった。それにしても痕の数が夥しい。ただの健診で子供にこんなことをするだろうか?
 ガイの存在に気付いてなかったのだろう。ルークは驚いて身体を跳ねあげた。慌てて手足をしゃがんで隠すももう遅い。すっかりと見てしまったあとだ。
「どうしたんだ。そのあと……酷い痣になってるじゃないか。ベルケンドで何があった?」
 しゃがんだままルークは黙って床を見ていた。何か言いたげに口元は動くが言葉にはならなかった。口止めされているようなことなのだろうか?
「ルーク。何があったんだ?」
 ガイはルークの隣に同じようにしゃがんでルークの肩を抱いた。
「もう……嫌だ……」
 ルークは俯いたまま絞り出すようにそう言った。
「嫌ならやめちまえばいいだろ?いつものお前ならそうする」
 ガイはいつもならそういった決断はとても早く。曲げることは少ないルークにしては珍しい泣き言だった。ガイの言葉にルークは逡巡してから、首を横に振った。
「やめたら父上が落胆なされる……」
「その注射の痕をみせてもお前にそれをしろっておっしゃったのか?俺が言ってきてやろうか?」
「言ってない!だけど……ガイ」
 ようやくルークは顔を上げて、強い力の籠った碧の瞳をガイへと向けた。それからずいぶんと時間をかけてルークが定期的に受けていたという『超振動』の実験の話を聞いた。そしてそれがルークに耐えがたいほどの苦痛を与えるのだということまでガイはようやく聞きだしたのだった。
 責任感の強いルークの事だから弱音を吐いてはいけないと、今までずっと一人で我慢していたのだろう。ルークはいつまでも痩せて小さいと思っていたが、体力的にも限界が来ているのだろう。憔悴しきったルークをこれ以上その実験とやらに行かせるわけには行かなかった。
 しかしただの使用人兼護衛のガイには妙案が浮かばない。ヴァンデスデルカに相談してみるのはどうだろうか?ヴァンデスデルカならば何か良い手を知っていそうな気がした。復讐ではない何かルークに対して思うところがあるのはわかっていた。それを利用してもいいだろう。
「とにかく次は体調が良くないと行くのはやめるようにしよう。な。ルーク」
 ガイは大丈夫なんとかしてやると、ルークの肩を抱き寄せた。




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 第四話


 エントランスで柱に飾られた刀を見上げていた。宝刀ガルディオスは記憶の通りにそこにあった。いつまでも見上げていると首が痛くなってきたので、ルークはよたよたと頼りなげな足取りでエントランスを出た。外へ出ようとすることはないと分かっているので、日課のようになったその行動を咎めるものはいない。
 ポケットの中で握りしめていたチョーカーを引き出した。萌黄色のリボンに金のメダルはルークの体温でほんわりと熱を発していた。萌黄色のリボンには黒ずんだ染みが付いていた。ガイを探し恋しがっていたルークにこっそりと教えてくれたメイドがいた。彼女の言葉を思い出していた。
「ガイは……誘拐されたルーク様を守ろうとして犯人に殺されてしまいました。そのチョーカーをルーク様は握りしめられていらして……」
 ルークが誘拐された四年前にガイは死んだのだと言われた。だからここにはガイはいないのだと……。記憶が混乱して発作を起こすルークにショックをこれ以上与えないため、そのことには触れてはならないのだともいい。話してしまったことを内緒にしておいてくれとも言われた。
ルークは混乱したままだった。ずっと混乱している。
 誘拐されたショックで記憶喪失になっているのだと、そう言われてきた。最近少しずつ思い出して来たのだ。ガイの事とか、旅の途中とか……だけど、ルークは己の掌を見た。記憶の中のルークの手はもっと大きいのだ。大きな剣を振り回して闘っていた。
 ガイと一緒の時はこんな風にまだ小さな手で、今と同じようにもどかしい足取りでガイに手をとってもらって歩く訓練をしたり、絵本を読んでもらったりした記憶もある。
 それは誘拐される前の記憶なのだろうか?周りの言う前のルーク様とは少し違うような気がした。ならばこの時々降って湧いてくる胸が痛くなるような記憶はいったい何だと言うのだろう。
「一緒にずっといられる……」
 確かそんな約束をガイとしたような気がするのだ。一緒に住んで旅をして世界を回ろうと約束したはずなのに、ガイはもういないのだと言う。
 頭がまた混乱してきた。もしあれが未来の預言というものなのだとすれば、ルークはもう少し大きくなったら旅に出て闘うことになる。だが、ルークの心は預言ではなく己の記憶だと主張する。でも一緒にいて旅をしていたガイはいないんだと心はまた涙する。
 混乱が過ぎてまた頭痛がしてくる。

 ルークは回廊でしゃがんで頭を抱えた。いけない誰かに見られでもしたらまた薬を飲んでベッドへ入れと言われてしまう。ルークはあわてて立ち上がり感じた眩暈を、庭を見ている風を装い収まるのを待った。その後、気分が本当に悪くなり周りに悟られる前に、部屋へと急いだ。


 いつもそうやって剣を見上げていたせいなのだろうか、剣術に興味があると思われたのかもしれない。師匠を招いてルークの剣術の稽古が始まるのだという。明日は高名な師匠が来訪すると言うので朝から準備をしておくようにと仰せつかっている。
 メイドたちもその準備におおわらわだ。主にルークに何を着付けるかということについてだが、いつもと同じでいいと思うのだが、ルークのめったにないというか初めての対外的な来客だ。メイド達は何かよくわからない使命感に燃えていた。
「なぁ……明日来る剣術の先生ってヴァンせんせいって言うのか?」
「ええ、そうですわよ。以前と同じヴァン謡将が続けてお教えいただけることになってます。どうかされましたか?」
 不安なのがわかったのだろうメイドはルークを見ると首を傾げた。
「大丈夫ですわよ。ヴァン様はルークさまの事情をよくご存知です。ルーク様を誘拐犯からお救いになられたのもヴァン様です。大丈夫ですよ。きちんとお教えくださいます」
 本当の不安の原因はルークがヴァン師匠を怖いと感じているということなのだが、どうやら、メイドはろくに歩くこともできなくなった退化を恥じていると感じたらしい。
「うん……」
 名前を聞いただけで感じる不安感と恐怖にルークは顔を見ればきっとそうでもないのだろうと思うことにした。
「ルークさまは大変にお慕いしていた先生ですもの。大丈夫ですわまた私はルークさまのヴァンせんせいが!ってお話を毎日聞くことになるとおもいます」
 メイドは笑顔で大きく頷き保障して見せた。

 メイドにされるがままにいつもより窮屈な洋服を着せられてルークは応接室へと連れられた。応接室にはすでに両親と剣術の師匠が来られていた。大きな体で見下ろされてルークは咄嗟に一歩後ずさった。やはり怖い……
「ルーク、どうしたのだ?こちらに来なさい。以前からお前に剣術を改めて教えてくださるヴァン謡将だ。ダアト神託の盾の主席総長で在られる。しっかりと学びなさい」
 父上にそういわれてルークはおずおずと両親の横に立った。優しげな笑みを浮かべて前に立つヴァン師匠はよたよたと歩くルークをじっと観察していた。
「はい」
 と搾り出すようにして答えるともうルークは俯いた。優しげな笑みを見て安堵し、好きだという感情が沸いて来る。何の根拠もないのに湧き出てくる感情に戸惑う。
「少しずつ練習していこう。ルーク」
 優しいテノールの声にルークの体はびくりと跳ねた。急激に沸き起こる恐怖にルークはあたりを見回した。
「どうかしたか?ルーク?」
 ヴァン師匠がルークの頭を撫でた。
「覚えてないことを恥じることはない」
『おろかなレプリカルークよ。力を解放するのだ』
 声と見下ろす表情が重なりルークは感情があふれて来るのを止められなかった。
 身の毛がよだつほどの恐怖にルークの体は震えが止まらない。悲鳴が上がらなかったことが不思議なくらいの恐怖だった。いっその事母上の後ろに隠れてしまいたい。
「どうしましたの?ルーク?体調がよくないのかしら?」
 母上の心配する声を聞きながらルークの意識は混濁していく。溢れてくる記憶がルークを責める。
「ごめんなさい……ごめんなさい……許して……あ……あああ……!!!」
「いけない発作ですわ!誰かお薬を!」
 溢れてくる記憶がルークを責める。とうとう耐え切れずにルークは声を上げた。母上が崩れ落ちていくルークにすがり主治医を呼んだ。
 冷たい目が怖い。優しげでありながら底の見えない暗い目が怖い。
 震えながら確かめるように見上げた先にはやはり記憶と同じ冷たく暗い目の男二人がルークを見下ろしていた。ルークを心配そうに抱き寄せる母上の腕の中で、これでしばらくは大嫌いな薬を飲まされてベッドの上だと思いながらルークは溢れ出る恐怖を吐き出そうと懸命になった。




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 第五話


 初めての接見は散々だったが、それでもルークの剣術の稽古はヴァン謡将によってかなりスローペースではあったが行われた。基本的な動作や筋力をつけるところから始めなくてはならないことに師匠はこっそりと苦笑を浮かべたが、それでも呆れることはなくゆっくりとルークのペースにあわせて訓練は行われた。
 三年もたてばルークも木刀を持って打ち合う格好をつけるまでになった。今日は予定にはなかったが、急遽予定を変更して稽古をつけてもらえることになった。しばらくはお忙しくて稽古はつけてもらえないらしい。最近は剣術稽古も楽しくなってきていたので少し残念だ。木刀を握りなおし気合を入れてルークはヴァンの前に立った。
 打ち込み用の人形への打ち込み練習のやり方を教わり、師匠がこられない間は一人でもきちんと練習しておくようにと言われた。
「奥様はきっとよい顔はなさらぬだろうが、毎日することに意味があるのだ。よいなルーク」
「はい。ヴァン師匠」
 ルークは大きく頷き、今教わった打ち方をもう一度おさらいしてみせた。
「よし、なかなかよいぞ。最後に私に打ち込んでみなさい」
 ヴァン師匠がそういって木刀を構えた。ルークは教えられたとおりにヴァン師匠へと打ち込んだ。ルークの剣を受けたヴァン師匠が満足そうに頷き、その調子だ。いいぞと声をかけられたらそれだけでルークのやる気は俄然と沸き立った。

 木刀の打ち合う音が響く。打ち込みに熱中しすぎたか息が切れ始めた。眩暈までする。いつもの発作や頭痛とは違う感覚にルークは剣をおろしてあたりを見回した。
 唐突に聞き慣れない歌が聞こえた。歌に引き込まれるように眠気が襲ってくる。
「いかん。譜歌だ……」
 ヴァン師匠の声にルークは眠気を振り払おうと頭を振った。ヴァン師匠までが眩暈を振り払うように片手で顔を覆っていた。
「せんせ……」
 そこへヴァン師匠を狙う女が短剣を構えて突進してきた。咄嗟にルークは持っていた木刀を振り回し短剣を受け止めた。ひどい衝撃がルークを巻き込んだ。




 目を覚ましたら草原で倒れていた。夜の闇の中で白い花がちらちらと光を放ち風に揺れていた。
「なんだ……どうなって……」
 ルークはあたりを見回してその風を頬で感じた。そして高い夜空に瞬く星。遠くに聞こえる水の音。湧き上がる外への感動……それらをルークは知っている。
 初めて見るのにその感覚は見知っていた。何度も夢や白昼夢、思い出すということによってルークはそれらを誘拐される前の記憶だと思っていたが、違ったことを理解した。
「タタル渓谷……だ。そうだ。俺は知っている。こうして始まった旅とその結末を知ってたんだ……あれは俺の記憶だ」
 隣に倒れているティアを見てルークは記憶どおりなことを確認した。どういうことが起こっているのかはわからないが、ルークは今、過去にいることになる。過去にいるのだとわかった途端にルークの目からは涙が溢れてしまった。ガイがいないことが今まで以上にルークに空虚感を与えた。
 ポケットに入れていたガイのチョーカーを取り出してもう一度それを確認した。赤黒い血染みのついたそれを渡されたときのメイドの声が頭の中で響いた。
「ガイは誘拐されたルーク様を守って死にました」
 告げられた言葉がルークを苛んだ。
「どうして……ガイは……敵の子供を守って死んだりしたんだよ……がぁいぃ……会いたいよ……」
 ルークは溢れる涙を拭って、泣いていてもガイには会えないのだと顔を上げた。どうして過去に戻ってきたのかルークにはまったくといってわからなかった。だが、ローレライのなんらかの思惑が働いたのであろうことは明白だった。世の中でそんなことができるのはローレライくらいしかないのだから……
 いったいローレライはルークに何をしろといっているのだろうか?それすらもわからなかった。とにかく先を知っているのだから、後悔はしないようにしたい。出会うことすらできなかったガイのように失って泣くのは嫌だと思った。
ガイがどうしていないのかと思ったときに、脳裏によぎった声があった。音素に溶けて死ぬんだと思った最後のときに『未練はないか?』と尋ねられてルークは『ある』と答えた。そうだその時に、ガイと一緒に住むという約束やアッシュと仲良くしたいという願いが頭の中いっぱいに広がったことを思い出した。それをローレライが叶えてくれるつもりでここに戻っているのならば、ガイがいないなんてことはあり得なかった。
 ルークは大きく息をついた。罪人であるルークがくだらない願いを持ったためにローレライはそれを修正するために、ガイを消してしまったんだ。結論はあまりにも残酷だったけれど、そうとしか考えられない現実にルークはガイに許しを請うた。
「ガイ……許して俺のために俺がくだらない願いを持ったばかりに……俺、頑張って世界中を幸せにするから許してください」
今のこの胸の痛みは、自分で招いた結果なのだろう。巻き込まれたガイに申し訳ない。ルークとくだらない約束をしてそれにルークが縋ってしまったためにガイは死んだのだ。俺が幸せにならない。世界中を幸せにする。ガイとの会話が重く心にのしかかった。きっとそのためにルークは過去に戻ってもう一度やり直さなければならないのだろう。
 泣いてなどいられなかった。
「アクゼリュス……助けなくっちゃ……」
 結局、持っていた記憶が混乱していたために七年も無駄にしてしまったことになる。むしろガイがいなかったためにあの時よりも知能も体力も落ちていると言っていい。そんな状態でどうにかできるだろうか?
 ジェイドとイオンに会って、先にアクゼリュスの住民の避難をしてくれるようにお願いしてみてはどうだろうか?今ならまだ間に合うはずだ。
 ルークはそれならばゆっくりとしていられないと、顔を袖で拭って落ちていた木刀を握り締めた。




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