■■最新更新分■■

+++「夢見る頃をすぎて」6-10

 ガイルク。アシュルク。ヴァンルク?的なところもあります。ガイアシュ的な要素も含んでおります。大丈夫な方のみ進んでください。
こういうのなんて表現したらいいのかなぁと思ってたら便利な言葉がありました。
「ルーク総受け」です。たぶん……と言ってもルークがみんなを大好きでみんながルークを好きだというだけかも。

「ルークどん底」です。ルーク幸せしか認めないというような方は見るのをおやめになることをお勧めします。

逆行ものです。過去の一周目の話からはじまってます。
全部完結してから更新始める予定でしたが、そうすると5月すぎても更新できなさそうな感じになってきたのでとりあえず、様子を見ながら更新していきます。途中で修正が入ったり、つじつまあってなかったりすることはデフォルトです。頑張って合わせて行くつもりにはしております。

さっくりと書きたいところだけというタイプで短いお話を目指してます。

大事なことなので二回言っときます。「ルークどん底」です。ルーク幸せしか認めないというような方は見るのをおやめになることをお勧めします。





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第六話



 フラッシュバックする記憶と現在の視界がぶれて現在を認識しずらく、ルークは頭を振りそれらを振り払おうとした。同じ状況と同じ景色に記憶が刺激されて次々と頭の中を過っていく。夜道をティアと下りながら、次は馬車に乗るはずだった。確かそのときに馬車代を請求され……ティアが母の形見を差し出すんだ。あの時の悲しげで耐えるような表情を思い出してルークの胸が痛んだ。
 ああ、後でそのことを知って苦労して物を取り戻したが。一時でも母の思い出のないティアの縁(よすが)を手放すことになったことをとても後悔した。靴が汚れなくていいなんて本当はとても疲れていて歩けない弱音をごまかすためについた強がりがとても聞き苦しいものだったことも今ならわかる。
 今度はそんなことはさせないでいたい。

 草を掻き分ける音がした。御者が草むらから顔を出した。記憶通りにティアと御者との交渉が進みティアがペンダントを出そうとしたところでルークは口を挟んだ。
「代金はこの飾りボタンだと駄目か?」
「綺麗なボタンだけど、車代にはならないな」
 御者は申し訳なさそうに薄笑いを浮かべた。とてもじゃないが無理だという表情だ。
「じゃあこの上着は?」
「無理無理」
「そこをなんとか頼めないか?」
 ルークが上着を脱ぎ押し付けるようにして、首を立てに振らそうとがんばる。もっと早くに記憶がはっきりとしていればポケットに金貨でも忍ばせておいたものをと……後悔しても遅い。なんとかティアにペンダントを出させないようにしないといけない。見かねたティアが声を出した。
「ルーク。いいの。お金はないけどこれだとどうかしら?」
 ティアは胸元へと手をやる。ちょうどそのときルークのポケットからガイのチョーカーがこぼれ落ちた。御者がそれを拾いあげてしげしげと眺める。
「あ……」
「これは飾りが金か……これならまぁ仕方ないが、いいだろう。上着は要らないよ」
 御者は笑いながらルークに上着を押し返した。
「あ、でも……それ……」
 ガイの形見だと、言葉にしようとして出来なかった。
「紐は汚れてるが、金なら地金にすればなんとかなるか……」
 御者の呟きにルークは焦った。
「ならリボンは俺に返してくれ!それに近いうちに買い戻すから地金には……」
「仕方ない。でもあんまり遅いようならこっちも生活があるからうっぱらっちまうよ」
 御者は笑ってルークにリボンを渡すと金の飾りは大切そうに懐へと仕舞った。手渡されたリボンをルークは抱きしめるとリボンだけでも手元に残ってよかったとしみじみと思った。
「絶対に買い戻すから!」
 心配そうな顔で見ているティアの手前それ以上は言えずにルークは口を噤んだ。ティアがペンダントを手放したときはリボンすら手元に残らなかったのだ。もっと苦しい思いだったのだろうと今更ながらにルークは胸が痛んだ。
 ごめんなガイ……だけどすぐに取り戻すから許してくれよ。
 心の中でガイに詫びてルークは未練を断ち切り、もの言いたげなティアに安心させたくて笑みを向けた。



 がたがたと揺れる馬車の中で次の事を考えておかなければと思いながらも、ルークは疲れの為に寝入ってしまった。エンゲーブに降り立ちルークは初めての村を見聞する暇を惜しんで村長の家へと向かった。
「ちょっとルーク待って!そんなに急いで何処へいくの?」
 ティアが足早に進むルークに尋ねた。
「あ、村長さんの家に行くんだ」
「お知り合いなの?」
 そうだと返事をしかけて初めて会う事に気付いた。
「違うけど……」
 まだ知り合いじゃない事実にルークは当惑する。そうだまだ出会ってないその事実がルークはなんだかとても寂しいことに感じた。数時間の間に今まで混乱しかもたらさなかった記憶がルークの中に定着して己のモノとなっていた。今まで混乱していたことが不思議なくらいだった。だが、ティアに説明は難しいし、ルークに上手く説明できる自信はなかった。のんびりと説明をしている時間が惜しい。
「ともかく俺は急いで村長さんのところへ行きたいんだ。ティアは後でそこに来てくれたらいい」
「ええ、そうするわ。少し物資を補給しておきたいの」
 ルークはティアの言葉にやっと呼びとめられた理由がわかり頷いた。後で村長の家で会う事を約束して別れた。
 また前とは違う事になってしまった。とルークは頭を掻きながらティアを見送った。
「ともかく早くローズさんちに行ってジェイドに会わないと!」

 村長であるローズ宅を訪問してルークはジェイドに会いたいと対応に出てくれたローズに告げた。
「何か約束でもしてたのかい?」
「約束はしてないけど、急ぎの用なんだ。すぐに取り次いでくれよ」
 ルークの必死の頼みにローズは渋りながらの中へと向かって大きな声で話かけた。
「軍のお偉いさん!珍しい赤毛の男の子があんたに会いたいって言ってきてるよ!どうするね?入れてもいいかい?」
 男の子と言う辺りにルークは不満を感じたが、ルークも大きな声で頼むよ大事な急ぎの話があるんだと叫んだ。
「赤毛ですか?」
 ジェイドは見慣れた青いマルクトの軍服姿でゆっくりと奥から姿を現した。
「知り合いかい?」
「いえ、そう言った変わった毛色の方には知り合いはおりませんが、会うべき人ならおります」
 ジェイドはそう言ってローズの陰になっていたルークをじっと見下ろした。ロースはそういう事ならとルークを中へと入れて扉を閉めた。ジェイドはどうぞとルークを奥の部屋へと誘った。
「お話をお伺いしましょう」
 ロビーを抜けて部屋へと入る。真ん中に大きなテーブルがあり、椅子が8つ設置されていた。ジェイドは奥の席をルークに勧めるとローズにお茶を頼み、扉を閉め一番出口に近い席に座った。
「初めてお会いすると思いますが、お名前は?」
「ルークだ」
「ルークですか。フルネームをお伺いしてもよろしいですか?」
「ルーク・フォン・ファブレ」
「公爵家のゆかりの方ですか?」
「キムラスカの公爵家の一人息子だよ。時間がないからそういうめんどくさいのは後にしよう。俺はジェイドにお願いがあって来たんだ。一刻も早く。アクゼリュスの住民を全部町の外へと連れ出して欲しいんだ」
 ジェイドは顔色を一つ変えなかった。
「どうしてですか?あの町は、今はマルクト領です。キムラスカの公爵家に指図される言われはありません」
「だから、あの町は障気で大変なんだろ?急がないと取り返しのつかないことになる。だからその前に住民を早く町から連れ出して欲しいんだ!頼む!」
「そんなことをしてキムラスカに何の利点があるんですか?」
「キムラスカとかそういう事はいいからさ!急がないと……」
 ルークは崩れ沈んでいく町と人を思い出して、背筋が冷たくなった。ぶるりと無意識に身体が震え思わず二の腕を自分で抱いた。
「いったい……どうして急にそんなことを」
「俺は知ってるんだ……だって……」
「預言ですか?キムラスカは本当に……」
 ジェイドは苦笑を浮かべた。預言ではなくてルークは覚えているのだと言っても理解を得ることは難しいと思った。この際は預言でもなんでもよかった。
「呆れても馬鹿にしてもいい。だけどそれで人が助かるんだ。やってくれ」
 ジェイドは鼻で笑うとまぁいいでしょう。と頷いた。
「やってくれるのか?!ありがとう!」
「マルクト領民のことですからね。ですが、そのことには少し問題があります。マルクト方面の道は崩落や障気で通行できなくなってます。キムラスカ側の峠越えの道を通らせて頂きたい」
「ああ、通ればいい」
「口約束だけだと軍は動かせません」
「どうすればいいんだよ?」
「一筆頂けると助かるのですが」
「一筆……?っていうとなんか書けばいいのか?あー道を通っていいって俺が言ったって書くんだな。なるほど」
 ルークは手をジェイドへ向かって差し出した。書くものをよこせと手を振ってみせた。
「すぐに用意させます」
 ジェイドはとてもいい笑顔で後に控えていた部下へと指示を出した。筆記具が届く間にローズがお茶をテーブルへと置いて行った。ルークはお茶を飲みながらジェイドに尋ねた。
「で、それがあればいつまでに住民を全て移せる?」
「そんなにお急ぎなのですか?」
「そうだよ。そんなにお急ぎなんだ」
「それとは別にルーク様にこちらからもお願いがあるのです」
「なんだよ?」
 たぶん、平和交渉の仲介の話が来るはずだ。と身構える。
「実は平和交渉の仲介をお願いしたいのです。今ダアトの最高指導者イオン導師と共にキムラスカへ親書を届けに行く途中なのです。キムラスカ領に入ってからの便宜と王への目通り出来るようにとりはかって頂きたいのです」
「いいぜ。それで俺の方はどうなんだ?」
「三月もあれば完了するかと」
「三月?!!マルクトはのろいのか?」
 ルークは間に合わないと思わず席を立った。ジェイドの蟀谷が不快そうにぴくりと動いたが、脅えている余裕なんかなかった。
「どうやったらそんなにかかるんだよ。あの町にはそんな人数だっていないだろう?」
「今から、ルーク様に頂いた許可証をグランコクマに送り、陛下の決済を待たなければいけませんから。そこから救助隊の編成や計画など町を一つ動かすのですから時間はかかりますよ」
「そんな暢気なことしてる場合じゃねぇって言ってんだよ。いいからすぐに行けよ!タルタロスがあるんだろうが!あれですぐに行ってくれ!完了までふた月以内。できれば早ければ早い方がいい。そうじゃ無けりゃ意味がない」
「どうしてタルタロスのことを?」
 当然の質問にルークは用意していた返答を即座に返した。
「さっき馬車を派手に追いかけてただろ」
「ああ……そうでした。しかしタルタロスは導師をお送りする為の足ですから。他の任務には付けることはできません」
 ルークはぷいと横を向いてみせた。どうせタルタロスで移動したところで、すぐに邪魔が入り使えなくなるのだったらアクゼリュスの救援に行ってもらった方がいいように思えた。急な思いつきだったが、三か月もかかると言われたらそうするのが一番だと思った。
 ジェイドの部下に手渡された質の良い紙にルークは許可証と書き始め、峠の通行許可を与える旨を書き最後にサインをした。一字一字丁寧にゆっくりと書いたが、やはりあまり綺麗な字とは言えなかった。
「ほら、許可証を渡すからさっさとタルタロスを救援に向かわせろよ」
「救援とはどういうことですか?ジェイド」
 ジェイドとは別の声が会話に割り込んだ。懐かしい声に姿は見えなくとも、誰だかわかった。思わず声の方へとルークは視線をやる。開いた扉の向こうには逆行で後光が指しているように見える人影があった。ジェイドの視線に脅えることもなくその人影は部屋に入る。女の子に見えないこともない華奢な体躯のイオンがいた。ルークは目頭が熱くなるのをぐっとこらえた。イオンの後にはティアが控えていた。ルークに気付いて安堵の表情を浮かべた。
「今すぐにタルタロスを使ってアクゼリュスの住民避難をするべきだと、こちらのルーク様が和平交渉を仲介する条件だと言われるのです。導師イオン」
「それはとてもいい話ではありませんか。ジェイド」
「僕たちもキムラスカとの平和交渉でアクゼリュスの住民避難のための道の利用許可を頂く予定だったのですから、キムラスカから申し出があるというのはとてもいいことだと思うのですが、何か問題でも?」
 イオンの言葉にジェイドが唇を少し歪めた。蟀谷に指を当てて、何事もなかったように薄い笑みを浮かべた後に眼鏡の弦の位置を直した。
「タルタロスは導師を安全にお送りする為の足ですので、アクゼリュスに派遣することが出来ないと今説明していたところです」
「僕なら大丈夫です。馬車で行きましょう。もちろん徒歩でも旅は出来ます」
 イオンが嬉しそうな笑顔を浮かべて大きく頷いた。
「だってさ、ジェイド。そう言う事だから宜しく頼むぜ」
 ルークが駄目押しをするとイオンは嬉しそうにルークに駆け寄り、ルークの両手をとって包むように握りしめると大きく上下に振った。親しげな仕種にルークのようにイオンも記憶があり既知の記憶を共有できるのかとルークも嬉しくなって恰好を崩す。
「とても素晴らしい提案をありがとうございます!キムラスカの使者の方から先にそのような御提案があるとは本当にキムラスカは人々のことを大切にしてくださってるのだと感激しました」
 想像と違った言葉にルークは元気だったかの言葉を飲み込んだ。そして暖かな両手に包まれてルークは面映ゆくなり俯いた。イオンの変わりない姿にまた会えてうれしかった。失いたくないと改めて思った。
「俺、使者じゃないけど……まぁいいよな。イオンがそう言ってくれて本当に助かったぜ。これでアクゼリュスの住民は助かるな」
 ルークはいろんな思いが胸を熱くするのをぐっと抑え込んでも抑えきれず、ごまかすようにイオンと同じように繋がれた手を大きく上下に振った。




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第七話 


「イオン様はどこへ行ってらしたのですか?勝手な行動は困ると申しておいたはずですが?」
「そうでした。ジェイド。最近起きている食糧泥棒の犯人がわかりそうですよ。倉庫でチーグルの毛を見つけたのです」
 イオンはジェイドに窘められても気にする風もなく。チ―グルの毛という綿毛を差し出した。
「これが?チ―グルの毛ですか?」
「そうです。チーグルはローレライ教団の大切な聖獣です。なぜそんなことをしているのか原因を突き止め解決しないといけないと思うのです」
「しかし……導師。今は和平交渉の途上ですし……」
「駄目ですか?」
 イオンはすっかりと肩を落としてしまう。そう言えばそんなこともあったなとルークは窓の向こうに見える森を見た。
「チ―グル……」
「教団の聖獣が地域の方々にご迷惑をかけてるとすれば僕は申し訳がなくて……」
 イオンはまだ諦められずに肩を落としたまま呟いた。
「俺もそのチ―グルとか言うの見たいな……」
「え?!」
 ティアとイオンが驚いた様子で声を上げた。
「なんだよ……俺が見たいって言うのは変なのかよ?」
「変じゃないわ!」
 ティアが頬を上気させたまま強く否定した。ティアもどうやら見たいと思っていたらしい。イオンも同じくと言うように頷いていた。
「じゃあ見に行って来よう」
 ルークは席を立ったが、進行方向をジェイドに阻まれる。
「行かせるわけないじゃないですか」
「どうして?」
「約束を果たして頂かないといけませんから」
「当たり前だ。ジェイドも行くに決まってるだろ」
「私もですか?」
 ルークはこくりと頷いた。
「当然だろ。イオンが行くんだから」
 四人は連れだってチ―グルがいる森へと向かった。


 森でチ―グルの長から事の経緯を聞き、イオンはすっかりとライガに説得に行くつもりだ。ジェイドとティアが危険だからとイオンを止めていた。
「ルークはどう思いますか?」
「それなんだけど、確か六神将ってのに魔物使いとかいうのがいなかったか?ヴァン師匠に聞いたように思うんだけど、そいつに説得してもらった方がいいんじゃねぇの?そいつ魔物のことよく知ってるんだろ?このままじゃ退治されるからどうにかしろって言ったらどうにかなるだろ?」
「あ!」
 ティアが納得というように頷いて、期待に満ちた目でイオンに向き直った。
「イオン様そうなさったらどうかしら?」
「妖獣使いのアリエッタのことですね。確かに彼女に頼めば魔物たちは言う事を聞いてくれるような気がします」
「な。そうしろよ。俺達じゃ魔物の考え方はわかんねぇし専門家に任せたほうがいい」
「でも……」
「でもも何もねぇよ。ハト飛ばそうぜ!」
 ルークはそういうと踵を返して村への道を進んだ。ミュウとはここでお別れだなと思っていたらちゃっかりとティアにくっついて来ていた。うぜぇ……




 そして前とは違い馬車での道行だったのだが、やはり馬車でも魔物の群れに襲われて馬車は大破してしまった。救助が別で向かっている今、別段急ぐ旅じゃないから馬車が壊れても問題ない。体力的には大いに問題はあるが、細かいことは言っていられない。むしろ時間稼ぎができて良しとしよう。イオンをかばいつつ、魔物が行きかう空を物陰に隠れながらルークは見上げていた。
 飛び交う魔物の中にピンクの洋服を見つけてルークは声を上げた。
「なぁ。イオンあれってアリエッタじゃないのか?魔物に乗って空を飛ぶとか普通は出来ねぇよな?それともあれって普通の乗り物?」
「アリエッタです!」
「だったらチ―グルの森のライガのこと頼まなきゃ!村の人が待ってるんだから!」
 などと会話している間にイオンが魔物捕まってアリエッタと共に空へと舞い上がろうとする。
「イオンーー!!」
 ルークも負けじと襲いかかる魔物の足にしがみついた。高度がぐんぐんとあがり振り落とそうとする魔物の動きに耐えてルークは叫んだ。
「アリエッター!ライガクイーンが大変なんだ!」
 その声を聞いてアリエッタがルークの近くへと寄って来た。
「ママの事知ってる?」
「北の森が火事で群れが焼け出されてチ―グルの森に避難してるんだ。だけどチ―グルの森は人の村に近い。そのうちに討伐隊が出て来る。その前にライガの群れを人里から離れた処へ移動してほしいんだ。このままだと退治されちまう!」
 アリエッタは急な話に首を傾げている。森が焼けた話も初耳だったらしい。
「本当だよ。イオンに聞いてみてくれ。イオンがアリエッタに頼んでライガ達を何処かに行ってもらうということで討伐隊を留めてきたんだ」
 その話は本当だった。ルーク達がハトを飛ばしてアリエッタへの命令書を送ろうとしたときに村長の家ではそんな話合いがされていたのだ。それをイオンが涙ながらに説得してしばらくは待ってもらっているのだ。
 アリエッタが迷った様子を見せてそのままイオンの元へと飛んで行った。しばらくしたあとにアリエッタを乗せた魔物はエンゲーブの方角へとすごい速度で飛んで行った。

「間に会ったらいいんだけどな……」
 
 アリエッタに放置されたイオンとルークは魔物の飛ぶに任せるしかなかった。



 イオンを掴んだ魔物は北へと向かって飛んで行った。ルークを乗せた魔物は南へと向かう。イオンを追ったつもりだったのにはぐれてしまった。
 コーラル城の露台に魔物は降りた。魔物は露台に降りると一緒に足から離れたルークを御褒美の餌だとでも思ったらしくルークを狙ってきた。慌ててルークは魔物から逃れた。露台から降りる階段へと続く扉へと飛びついた。その時運よく、なのか悪くなのか扉が先に開いた。開く扉と後から迫る魔物の羽にはじかれてルークは気を失った。
 遠くでルークを食べるなと命令している声が聞こえた。アッシュの声だ。アッシュが俺を助けに来てくれたんだ。そう思うと嬉しい……意識がそれ以上保てなかった。

 気がつけばコーラル城のフォミクリー装置の上だった。アッシュと誰かの会話が聞こえる。二人……いや、三人以上いる。
「これであなたとこの完全同位体のレプリカとの間にフォンスロットを開きました」
「ああ、これでこいつを思い通りに動かせる」
「完全同位体とはよく言った。本当によく似ているな。ルーク」
「見るのは初めてか?」
「ああ、あの時はヴァンが全て手はずを整えてくれたからな」
 懐かしい声でルークを呼んでいた。
「ルーク……本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だと言っている。それにその名前で呼ぶな。それは捨てた名前だ。今はレプリカの名前だ」
「他の誰が何と言おうと俺にとってのルークはお前だ。他にはいない」
 ぼんやりとルークはその声のする方を見上げた。その言葉に救われてずっと頑張れたんだガイ。久しぶりに聞く声は知っているよりもっと幼く感じた。我儘を通そうとする子供のような。ああ、そうだ聞いたことがたまにあるちょっと拗ねたガイの子供じみたときの声。
「ガイ……」
 ぼやけた視界が次第にクリアになり、太陽のような黄色と空の青が次第にはっきりとガイの形を作っていく。夢を見てるのだろうか?
「会いたかったんだ……」
 掠れた声は宙に消えてガイには届かなかったらしい。
「気がついたようだ」
 そう言うとガイは隣に立つアッシュの肩を叩いた。黒を基調とした神託の盾の制服を着たアッシュとガイはルークを見下ろしていた。
「何がどうなってるんだ?」
 見ているものを信じられずルークは思わず呟いた。夢を見ているのだろうか?ガイの制服姿がやたらとカッコよくて似合っていた。コスプレだろうかそれとも潜入?そんなことをつらつらと考えながらもルークはぼんやりと二人を見上げていた。ルークの言葉にガイが困惑と指示を求めてアッシュを見る。
「説明する必要はない」
 冷たい視線に冷たい声で告げられるそっけない言葉。それだけを言うとアッシュは唇を噤み歪めた。蔑みの視線からアッシュがルークの事を忌まわしく思っていることがわかった。ガイに生きて会えたそれが嬉しい。ずっと死んだと聞かされて来た。最後の願いのせいだと自身を呪ってしきれない後悔ばかりしていた。そしてアッシュが生きているそれだけで嬉しい。
ただ先ほどの言葉が信じたくなくてガイだと認めたくない気持ちもあった。
「ガイ……なのか?」
 揺れる気持ちのままに声が震え小さく尋ねたが、それは部屋に入ってきた者の声と音にかき消された。

「さっさと戻りますよ。忙しいんですからねぇ!」
 ヒステリックなディストの声がして、アッシュは眉間の皺を深くした。
「用はすんださっさと帰ればいい」
 吐き捨てるように言うアッシュはすぐに背を向ける。溢れる涙で頬が冷たかった。
 
 会えた。会えた。会えた!!二人が生きて動いている。



「アッシュ……がいぃ……?」
 ガイとアッシュが背中を向けるのに慌てて手を伸ばして二人を掴もうとしたが、ぎくしゃくとして身体が動きにくくて宙を掴む。二人は振り返ることもなく遠ざかっていく。待ってといいたかったが、言えなかった。願いは持ってはいけない。許されてはいけない罪人なのだから……

 離れたくないけど、一緒にいたいというだけの理由もない。 




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第八話



 ガイが生きていた。アッシュと一緒に神託の盾にいるようだ。それがどういう意味なのかわからなくて何度も考えるが、ルークの思考はガイが生きていた喜びとアッシュに再びめぐり合えた喜びで停止する。
 ポケットからチョーカーのリボンを取り出して強く握りしめた。
「ありがとう。ガイを殺さないでくれてありがとう」
 喜びが嵐のように去った後にルークの中に残ったのは、久しぶりに聞いたガイの声だった。
『他の誰が何と言おうと俺にとってのルークはお前だ。他にはいない』
 それはガイがルークにくれた言葉だったはずなのに、どうしてガイはアッシュにそれを言うんだろう?だってそれがあったからルークはルークでいられたのに、ガイがルークを認めてくれなければルークはどうすればいいのだろう?
 喜びの後はどうしても抑えることのできなかった悲しみが溢れだしてきた。ルークは溢れてくる嗚咽と涙を堪えることができなくて、子供みたいに大声で泣いた。
 泣き喚いて名前を呼べばすぐに飛んできて、ルークの名前を呼んで抱きしめて心配と呆れが混在した声でどうしたんだ?と背中を撫でてくれた。ガイの名前をどんなに叫んでも応えはなかった。アッシュと一緒に行ってしまった。
 それは俺のだとガイに縋り着きたいけれど、考えてみればルークはガイと先ほど会ったのがはじめてなのだ。ガイにルークは手を引いて歩く練習もしていなければ、言葉を教えてもらったわけでもない。記憶の中では親子ほどにべったりと生活のすべてをガイに委ねていたが、それはあくまでもルークの記憶の中だけの話だ。ガイは知らないことなのだ。
 泣いて泣いて涙が止まらなくてこのまま涙で溶けて、音素にでもなってしまえばいいのにと思った。しかし涙も次第に尽きてルークは大きく息をついた。声を上げて泣いたら胸の中が空っぽになってしまったような気がした。ガイはどんなに泣いていてもルークの手を引いてはくれない。そしてルークも消えてなくなったりはしなかった。足元が崩れて行くような気がした。ぐらぐらと世界が回りルークは眩暈で気分が悪くなってはきもどした。胃液しか出るものはなかったが、涙と同じで出尽くしてしまうと気分の悪さはどうにか治まった。やはり消えたりはしなかった。
 繰り変えし思い返すアッシュとガイの会話と記憶にあるのと似たその姿。
「生きててよかった……」
 そう思うしかない。ルークは自分に言い聞かせるように言葉にした。

 『ルーク』と呼ばれたときのアッシュの見たこともないような穏やかな表情。呼ぶなと否定しながらも満足そうに微かに上がった唇の両端。アッシュにあんな顔が出来るなんて思わなかった。いつも厳しく険しい顔をしていた。ガイが隣にいることでアッシュがあんな顔できるならそれでいいじゃないか。くずくずと鼻をすすり腫れて熱い瞼を乱暴に手の甲で擦った。
「だって、あれは俺のガイじゃねぇんだ……」
 密かに思っていたのだ。未練があるかと聞かれてあると答えた。ガイと一緒に住むという約束。アッシュと穏やかな日常を紡ぎたいという願い。全然叶えてないそれらが頭を過ぎったから、きっとそれを手に入れるためにやり直しをすることになったのじゃないかと、否定しながらも可能性はないのかと、記憶がはっきりと自分のものだとわかったときにそう思ったのだ。
 でもどうやらそういう理由でルークは二度目の人生を歩んでいるわけではないらしい。未練を断ち切るために繰り返しているのだろう。だとすれば……あの穏やかな顔をするアッシュを守るためにルークはここにいるのか。すべてを返して未練もなにも持たないそのために今がある。それが一番ルークの中で整合性を持っていてすとんと心に納まった。

 ルークは熱を持つ瞼を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。間違ったのならやり直したらいいと学んだのだから、アッシュのレプリカとして役目を果たさなくてはならない。

 井戸で水をくみ上げてルークは冷たい水で顔と口を洗った。過去の記憶と今の記憶をよく整理してみた。前の時はカイツールでヴァン師匠に会いそれから軍港へ向かった。
 襲われる前に移動していた馬車の中で、確かカイツールへ向かうとジェイドが言っていた。カイツールへと向かうべきかと瞼を冷やしながら思案していると何かの気配を感じた。ルークは腰にある剣へと手をやって警戒をする。
「誰かいるか?!」
 聞き覚えのある太い声が誰何する。
「ヴァン師匠!!」
「ルークか?!無事か?!」
 ルークは声のする入り口へと向かって走りだした。逆光の中に神託の盾の制服姿のヴァンが立っていた。安堵と好感。そして少しの恐怖心。恐怖心の由来が記憶を理解することでわかったことによりルークは前のヴァンに対する恐怖心は薄らいでいた。むしろまた会えて嬉しかった。
「ヴァン師匠!!」
「ああ、無事で何よりだ。魔物に連れ去られたと聞いて探しておったのだ。もしやと思いここへ来てみてよかった。怪我はないか?」
「大丈夫です。師匠が来てくれて助かりました。一人でどうしようかと思っていたところです」
 ヴァンは大きな手のひらでルークの頭を撫でた。喉の奥でくくくと笑いながらヴァンはルークに泣いていたのか?と顔を覗き込んだ。明らかに大泣きをしたせいで腫れた瞼は隠しようがなかった。ルークは恥ずかしくなって俯いた。
「だが、怪我もないようで安堵した。やけにならずにここに居てくれてよかった。さぁバチカルへ戻ろう」
「師匠も一緒に行ってくださるのですか?」
「ああ、もちろん送って行こう」
「ですが、導師を探す任務が……」
「導師は他のものが見つけバチカルに向かうと報告があった。途中で会うやも知れぬな」
「そうですか、導師は無事でしたか。よかった」
 ルークはイオンの無事を聞いて心から喜んだ。同じように魔物に連れさらわれて行ったのだ。何事もなくよかった。つい先ほどまで己のことしか考えることが出来なかった自分に気づいてルークは恥じた。
「どうかしたか?」
 言葉とは違い浮かない顔をしたルークにヴァンは違和感を持ったらしくルークに尋ねた。
「いえ、なんでもありません」
 ルークは首を横に振った。
「私が一緒だと落ち着かぬか?」
 自嘲するような呟きにルークははっと顔を上げた。ヴァンが少し悲しそうな笑みを浮かべている。
「いえ、そんなことはないです!ご一緒してもらえて嬉しいです」
 今までのルークのヴァンに対する態度を思えば、空々しい言葉だった。屋敷に剣術の稽古をつけに来訪するヴァンがルークには恐怖の対象だった。とにかく怖かったのだ。ルークは時折見えるルークを物のように見下すヴァンの白昼夢に怯えていた。誰にも言えない時折見る夢や白昼夢がまた引け目に感じた。恐怖を感じるのはその大きな体躯のせいだと自身に言い訳をして、体裁を繕い師事してきていたが、そんなことはヴァンにはとっくに見抜かれていた。頭をよく撫でてくださるのも恐怖だったが、その反面嬉しいと感じていたのも本当だった。
 今はそれがこれから起きることが原因だとわかっているのだ。もう怖くなどない。むしろまた会えたことを素直に喜びたかった。ルークは純粋に憧れていた頃の思いが胸に再び灯り、熱を発するのを感じていた。
「本当に、心強いです。せんせぇ……」
 そう言葉に出してルークはヴァンをそっと伺い見た。ヴァンは困惑しながらも何か納得をしたらしく笑みを浮かべた。
「大変怖い思いを随分とさせてしまったようだ。これからは安心なさい。私がついておる」
 そういいながらヴァンはルークの肩を叩いて励ましてくれた。暖かな手がルークの胸に灯った熱をより一層感じさせた。どうやら外での怖い思いをし心細くなったルークが唯一のヴァンに頼っていると理解したらしい。ルークは素直に頷いた。
「はい。よろしくお願いします」
 ルークは頭を下げて引吐息を吐いて改めて師匠と呼んだ。
「せんせぇ……」
 師匠と前と同じように心から呼べたことがルークは少し嬉しかった。そうかと答えるヴァンにもそれが通じたらしくヴァンも嬉しそうに表情を緩めた。






 カイツールを経由して軍港へと入り、アッシュに再び会うこともなくルークはイオンを初めジェイド、ティア達と合流し船に乗り込んだ。バチカルまではあと少しだった。
 海を眺めながら同じ頃にローレライからの初めての接触があったことを思い出していた。超振動にパニックを起こしてヴァン師匠にそれを制御してもらった。あの時に受けた暗示の言葉は未だルークにとってとても痛みを伴う重い言葉だった。
 今は超振動の制御も一人で出来るから同じ轍は踏まないだろう。人の気配に振り返ればヴァンが立っていた。
「初めての船旅はどうだ?」
 尋ねられてそうであったことを思い出した。初めて見た青い海と風。ルークはヴァンの視線に誘われて同じように海原へと視線をやった。そして島影を見つけて驚嘆の声を上げた。見覚えのある島影だったのだ。
「せんせぇ……あれは?」
「おお、あれはな。譜石の落下で新しくできたエルドラントという島だ。まだ住人は少ないが移住している者がいるらしい。部下にあれを気に入っている者がおり、あそこに住んでいる。私もよく行くが実によいところだ。ルークも一度行ってみるといい」
 ヴァンがとても優しい顔で語るのでルークはそれがガイの事であるとすぐにわかった。
「それってガイラルディア様?」
「おお、よく知っているな」
「だって師匠はいつもガイラルディア様の話だとそういう顔をなさるから……そっか、好きなところ……」
「ガイラルディア様は私達の故郷に似ていると言ってな。とても気に入っているようだ」
「せんせぇの故郷?」
「そうだガイラルディア様の無くした領地に似ておる」
 ヴァンは少し寂しげに笑った。
「無くした」
「ああ、そうだもうどこにもない」
 ヴァンは声を絞り出すように言い、顔を海へと向けルークからは窺う事が出来なくなった。
「ガイは故郷を滅ぼされて復讐はしないんですか?恨みはないんでしょうか?」
「そうだな。全くないと言えば嘘になるであろう。私自身故郷を失い正直恨んでいたが、ガイラルディア様は過去に囚われてばかりでは前に進めぬと言われてな。私は年下の主人に諌められたというわけだ」
「立派な方ですね」
 心からの賛辞を述べた。
「そうであろう」
 ヴァンは嬉しそうに頷いた。ガイはもう過去を振り切ったのだろう。未来に向けて歩んでいる。それに比べてルークは……と自身を省みてガイのことを思い出すと喪失感に涙が滲む。
「エルドラント……」
 ルークは遠くなりつつある島を再び見て滲む涙をごまかした。そうだ。訓練中に聞いていたヴァンの部下にいると言う主人筋のガイラルディア様はガイのことだ。いまさらながらに気付いてルークは茫然とした。ずっと話に聞いていたのだ。ガイのことを。この前に会った時もガイの神託の盾の制服姿を見ていたが、かっこいいなと思っただけで深くは考えていなかった。神託の盾にいるということは敵対することになるかもしれないと言う事を失念していた。
 アッシュの隣にいるということは敵になるということだ。いや、そうだとは限らない。ルークは酷い動悸がしてくらくらとし始めた思考をはっきりとさせるために頭を振った。
「どうした船酔いでもしたのではないか?顔色がよくない」
「あ、すみません……そうみたいです。部屋に戻ります」
 ルークはよろよろとしながら船内へと足を向けた。酷い頭痛が襲ってきてローレライの声が頭の中でぐるりと回った。独りでに動く手足と不意にあふれ出す音素にルークはしまったと思ったが既に遅かった。がつりと捕まれた両肩に支えられてようやく立つ姿勢を保つ。
「ゆっくりと呼吸をしなさい。大丈夫だルーク。ゆっくりと吐いて、そうだ」
 急激な音素の喪失で前後不覚に陥っているルークを落ち着かせようとする言葉に紛らわせて、耳元で囁かれた言葉にルークは青い空を見上げた。ぎしぎしと体が軋み音を立てているようだった。久しぶりに螺子を巻かれた螺子巻き鳥のようにルークは何か錆ついていた物が、ぎしぎしと音を立てて動き始めたことを感じた。
「はい。せんせぇ」

 嫌だと拒絶する言葉は持っていなかった。するりとルークの中に入ってきて再び定着してしまった言葉はまた綺麗にそこに居座りそこのあることを消してしまった。ルークは言葉を知っているのに忘れてしまった。
 ただまた同じことを繰り返さなければいけないのなら、何か……もっと違う結果を得たいと思った。

「ルーク?!」
 ヴァンの切羽詰まった声にルークは意識を取り戻した。息が苦しくて何度も空気を取り込もうとした。一瞬意識をなくしていたらしい。ルークは額に流れる汗に不快感を覚えながら、辺りを見回した。先ほどまで見ていた海原が広がっていた。
「せんせぇ……俺はいったい?」
「急に倒れたのだ。大丈夫か?部屋で少し休んだほうがいいだろう。船酔いしたのかもしれぬな」
 ヴァンはそういいながらも体を起こそうとしたルークを膝裏と肩を支え易々と抱えあげた。ルークは抵抗することを諦め、ヴァンの広くて暖かな肩口に体を預けた。



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第九話



 ルークの腕が透けていて、ルークの後ろにあるはずのテーブルの上が見えた。まさかそんなことがあるはずがないとガイが自身の眼を疑っている間に、ルークはさり気なくその腕を後に組んでガイから見えないようにしてしまった。そのことが却ってガイにとっては確信を持つことになった。ルークはガイに隠しごとをしていた。それがとても悲しかった。
 もうすぐこの子供はあのイオンのように宙に溶けて消えてしまうのだと言われているようで、ガイは直視できなくなった。ジェイドは何か知っているようでよくルークと二人きりで話をすることが増えた。ジェイドならきっとルークを救ってくれるはずだ。言いたくないことなら聞くことはない。ルークが頑張ると決めたならそれを見守ってやるべきだろう。帰って来る場所をつくっておいてやることがガイの役目だ。と思うことにした。
 エルドラントの地でルークが泣き出しそうな顔で笑みを浮かべていた。帰ってこい必ず帰ってこいと約束を取り付けようと顔を上げれば、ルークはすでに消えていなくなっていた。
「ルーク……」
 ガイは腕の中に閉じ込めたはずの暖かさを確かめた。残念なことに暖かさはなかった。ガイは一人でベッドの上に、もがいたのか掛け蒲団をはだけて一人でいた。腕の中にルークがいないことに気付いた。
「ルーク?!」
 冷静になればベッドの上にいることで夢を見ていたのだと、わかるはずなのに冷静になれるはずもなく。腕の中どころか視界に赤毛の子供がいないことに狼狽する。ガイは慌ててベッドから降りるとルークの名前を呼んで部屋を見回した。
「どうした?ガイ?」
 タオルを肩にかけたアッシュが浴室から顔を出した。
「ルーク……」
 ガイは安堵で大きく息を吐いた。上半身裸の姿で立つアッシュの両方の腕がしっかりとあることを視認する。ガイはアッシュに近づきその腕をとり実感を伴うことを確認した。
「よかった……」
 安堵と同時にアッシュに抱きつきその感覚を身体全体で確認してまた安堵する。
「またあの夢か?」
 ガイは頷きよかったと再度呟いた。
「よかった……お前はここにいるな?」
「いるだろ?全く。どちらが年上かわかんねぇな」
 アッシュはガイを落ち着かせるためにその背を抱きしめてから頭を撫でてやった。
「シャワーを浴びて来い。眼が覚める」
「ああ」
 ガイはそう返事はするものの名残惜しくてアッシュから離れることができない。冷たい滴が首筋に落ちてきてアッシュの髪が濡れたままであることに気付いた。
「早く乾かさないと風邪を引くな……」
「わかっているなら早く離れろ」
 アッシュはそういいながらもガイを強く引き離そうとしない。ガイも離れることは出来なくてアッシュを抱きしめたまま肩にかかっていたタオルでその髪覆った。
「また俺が死ぬ夢か?」
「死ぬとか言うな。消えただけだ。腕が……透けて消えて……」
「腕が消えたりするか」
「そうなんだが、俺は知ってるんだ。お前がそうやって消えてしまうことを知っている。それが怖い」
「人はそんな風に消えたりはしないって言ってるだろ。それに俺はお前が守ってくれるんだろ?」
「ああ、必ず守ってみせる。お前をむざむざと預言通りに死なせたりしない」
「ならいい……」
 アッシュが穏やかな笑みを浮かべ、ガイの頭を小突いた。
「いい加減離れろ。飯を食いに行く」
 それでようやくここがダアトにある師団官舎の私室であったことを思い出した。まずい食堂の朝食を取りにいくというアッシュにガイは眉を顰めた。
「あれを食べに行くのか?」
「腹が減ったんだ。飢えているよりマシだ」
 アッシュは一緒に行くなら早くしろとガイを視線でせかした。
「早くホドに帰ろう。ルーク」
「ならいつまでも寝ぼけてないで仕事をしろ。俺だってまともな飯を食いたい」
「わかりました。師団長」
 ガイはアッシュから離れると恭しく腰を折った。アッシュはうぜぇの言葉と共に、苛立たしげに濡れたタオルをそのガイの頭に乗せた。

 「何かいつもと違うことはあったか?」
 アッシュがぼそりと言った。
「いや、いつもと同じ断片的なものだったが……アッシュの言うようなはっきりとした夢を俺はあまり見ていないからな。もう少しはっきりとすればお前の役にもっと立てたのにすまない」
「いや、いい……こんな話お前以外には出来ないことだ。理解されていると言うだけで助かっている。でなければ気がふれたのではないかと自分でも思うところだ。二度目の人生など普通ではありえねぇ……」
 アッシュはそういいながらガイに背中を向けて服を着始めた。
「そう確信できたのはレプリカとチャネリングを開いてからだろう?ルークは大丈夫なのか?もしチャネリングを開いたことによってなんらかの精神汚染があるとすればすぐに閉じた方がいい」
 ガイが着替えに手を貸そうとするとアッシュはいらないと視線で答え、さっさと準備しろと浴室を示した。
「そういうんじゃねぇ……夢というかこの記憶は断片的にずっと見ていたんだ。それがなんであるかを理解出来たと言うだけだ。むしろ糞預言でなくて良かった」
「俺の見た夢ともずいぶんと変わっているんだが、それでもルークはあれを過去だと、俺達は二度目の人生を送っているのだと言うんだな?」
「ああ、俺達が少しずつ変えた結果だ。むしろ変わってくれねぇとな……」
 アッシュは上着を羽織ると早くしろとガイをせっついた。




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 8話が長かった反動か短くてすみません。







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 第十話



 バチカルに帰還すると前と同じようにすぐに親善大使に任命された。
 キムラスカの誇る海上装甲艦に乗り込みルークは親善大使としてヴァンと共にアクゼリュスへと向かった。
 タルタロスも立派で圧倒されたが、キムラスカにも同規模いや、それ以上の装甲艦があるとは知らなかった。乗船時にルークが感嘆の声を上げると艦長が得意気に胸を張り艦内を案内してくれた。基本的な作りは同じようであった。
「陸上走行も得意とは言えませんが、出来ますよ。アクゼリュスの住民の救助はおまかせください」
 などと聞いてもいないのにタルタロスよりもずっとすごいのだと解説してくれて、一緒にいたジェイドが気を悪くしないかとルークはずっとはらはらとしていた。ジェイドが後でタルタロスなどの船の素体がキムラスカの輸出品で一日の長がキムラスカにあるのは当然だと笑っていた。
「大きな艦なのに人が少ないんだな」
 艦内を案内されている間にタルタロスとは違い、すれ違う人がほとんどいないことを疑問に思いルークは尋ねた。預言に帰ることを詠まれていない軍艦にたくさんの人員を割くはずはないかと、口にした質問のあまりのくだらなさにルークは後悔した。
「ええ、ほとんどの操作は制御機関によって人がいなくても出来るようになっております。少しでも多くのアクゼリュスの住民を乗せるために人員は出来るだけ最小限にしました。ルーク様にもご不便をおかけするかと思いますが、その辺りは御了赦ください」
「そうか……そうだな。帰りは満員になるな」
 ルークはそう言いながらも後にいたジェイドへと目配せをした。タルタロスによる避難は済んでいるのだろうか?ジェイドは素知らぬ顔をしたまま興味深げに艦内を見ている。たぶん順調に進んでいると言う事だろう。

 軍艦にしては豪奢な部屋にイオンとルークを案内して艦長は仕事へと戻って行った。ルークの護衛に人員を割こうとしてくれたが、少ない人を割く必要はないとルークは断った。

 疲れた様子のイオンにアニスとティアを付けて部屋で休むようにルークは勧めた。
「ヴァン師匠もイオン導師の護衛を……」
 イオンの隣の部屋をあてがわれたルークについてくるヴァンに導師の側にいることを勧めたが、ルークをマルクトの大佐とだけにするわけにはいかないと断られた。母上にくれぐれもルークのことを頼むと懇願されたらしい。
「では私はイオン様の護衛についていましょう」
 いろいろと言いたげではあったが、ジェイドはそういうとイオンの部屋へと残った。ルークは部屋へ戻る前にもう少し青い海を見ていたかった。
「少し風に当ってきます」
 一番見晴らしの良いデッキで風を受けて辺りを見回した。体の弱いことを理由にアクゼリュスへのイオンの同行をルークは断ったが、導師イオンの強い要望により共に向かうことになった。
「イオン大丈夫かな?ヴァン師匠も止めてくださればいいのに……」
 デッキで風を受けながらも隣に立つヴァンに恨み言をルークが言えば、上司命令と言われると逆らうことは難しいとヴァンは笑った。記憶の中のヴァンと目の前のヴァンがどうしても繋がらなくて、ルークはじっと見つめた。
「どうしたルーク?私がついておる心配することはない」
 記憶とはいろいろと違いただの夢だと思ってみたりするのだが、記憶通りに『英雄となりダアトへ亡命すること』を勧められた現実に目を瞑ることも出来なかった。
「せんせぇ……俺は英雄になれなくてもいいんです。街の人を救助できればそれで、いい」
 ヴァンは唸るように頷いた。
「良い心がけだ。だからこそ私はお前を惜しむのだ」
 本当に?と出かかった言葉をルークは飲み込んだ。一瞬期待に膨らんだ惨めな心を叱咤した。みっともなくすぐに人に縋るのは止めよう。そんなレプリカを見たら、またアッシュを酷く落胆させてしまうだろう。少しはアッシュに認めてもらえるようになりたいとルークは思った。
 ルークは自嘲して薄く笑みを浮かべた。アッシュに認められたいと思ったのも過去の話だ。それにより彼らの運命も捻じ曲げてしまったのかもしれないのだ。何も望まない。夢見たり願ったりするのではなく確実に次に繋げることをしておこう、過去ばかりを見ていても仕方ない。
「せんせぇ。剣の型を見てもらってもいいですか?」
「いいだろう。時間はある稽古をつけてやろう」
 ヴァンは驚いた顔をした後に満足そうな笑みをみせた。

 ルークはアクゼリュスにつくまでヴァンに剣術の稽古をつけてもらい。剣を振るうことに身体を少しでも慣れさせておく。記憶にあるとおりに動かない体を少しでも使えるようにしておきたかった。もう少し早く記憶が己のものであると認識できて、準備を整えておくことが出来ればよかったのにと少しローレライを恨んだ。混乱のまま無駄に過ごしてしまった七年が惜しかった。

 今頃ガイとアッシュは何をしているのだろうか?妨害もなく順調に進む船旅にルークはコーラル城で見た、一度しか顔を見られなかった二人に思いを馳せた。二人の信頼関係を見せ付けられた一度の邂逅を思い出すと目頭が熱くなり、ルークはそのことを考える事が辛いことに気付きすぐにやめた。

 今はアクゼリュスの住人を助けることだけを考えよう。


 以前の時よりはアクゼリュスにいる人は少なかったが全員を退避させることはできなかったらしい。マルクト兵の説得に渋って避難しなかったものがいるという説明を受け、その報告の為にこの酷い障気の中に残ってくれた部隊にルークは労いの言葉を懸けた。
 少しでも早くキムラスカ艦に収容し全ての人を避難させたかった。運よく地鳴りが酷くなりはじめ、渋っていた住人も焦りをみせ始めた。ジェイドとヴァンの力を借りて早々にキムラスカ艦へと住人を乗り込ませた。住人が避難すれば後は、一刻も早く艦を街から遠ざけたかった。
 最後の住人が乗り込んだと報告を受けてルークは装甲艦を出立させた。


 ヴァンとの打ち合わせ通りこっそりと艦から抜け出しておく。出来るだけ艦が離れていることを確認していると待ち合わせの時間をかなり過ぎていた。ルークは急いで目的地へと向かった。途中アッシュからのチャネリングによる頭痛に悩まされたが、ルークはアッシュの焦ったどなり声ですら懐かしくてうれしく感じた。だが、その声に従うわけにはいかなかった。大丈夫だと唱えながらも道を進んだ。
「せんせぇ……?」
 イオンと共にいるヴァンを見つけてルークは駆け寄った。
「イオン……」
 いるとは理解していたが、顔色の悪いイオンの姿を見るとルークは思わず声が震えた。
「せんせぇ。イオンは?」
「少し導師しか出来ぬ仕事があって手伝って頂いたのだ。さぁルークこちらに来なさい」
 イオンはルークを安心させようとしてか、笑みをみせた。
「大丈夫か?イオン」
「僕は大丈夫です。少し術を使った為に疲れただけですから。少し休めば楽になります」
 ヴァンもそうだと言うように頷き躊躇するルークの肩を抱くと先へと誘導した。イオンもゆっくりとではあるが後をついてくる。坑道の中を抜けて見覚えのある広いホールへと出た。
 パッセージリングにルークの足が震えてかくりと膝が笑った。
「どうしたルーク」
「怖い……」
「大丈夫だ。私がついている。ここでルークお前の力を使い障気を中和するのだ。それでこの地は再び清浄となる」
 ルークは大きな譜業を見上げていた。力を使わなくてもいずれ崩落すると理解していても、この後起きることを思い出すと身体が震えた。この後起きることがどんなに恐ろしくても、アッシュを守るためにやらなくてはいけないのだ。いずれにせよ大地は崩落するのだと、ルークは震えるままに両腕を譜業へと向かい伸ばした。超振動を発動させるふんぎりがつかなくてルークはそのまま硬直してしまう。それをヴァンは抵抗と受け止めたのだろう。
「愚かなレプリカルーク。力を解放するのだ」
ヴァンがルークの耳にそう吹き込むとルークの体は素直に超振動を発動しパッセージリングを破壊した。
「せんせぇありがとうございます……」
 決断できなかったルークをヴァンが後押ししてくれたおかげでことをなせた。ルークは崩れて行くパッセージリングを見ていた。地響きが酷くなりルークは立っていられずにその場へと座りこんだ。見上げた先には憐れみの瞳をしたヴァンがルークを見下ろしていた。
「せんせぇ?」
「すまぬルーク。お前にはここで死んでもらわねばならぬ」
「はい」
 ルークは頷いて両手を開いた。
「知っていたのか?」
 本当にすまなさそうに言うヴァンにルークはもう一度頷いた。
「アッシュを守るためには俺は死なないといけないんですよね?それでアッシュもガイも……みんな幸せになれるんですよね?」
予言通りにここで死ねばアッシュが死ぬこともなくなるのだとルークは安堵した。生きたいと足掻いたせいで、アッシュを死なせることになった過去生が脳内を巡っていく。そこで障気の事を思い出した。溢れだした障気の中和がアッシュを危険にさらす。
「障気のこと忘れてた……ローレライのことも……ごめんなさいせんせぇ……」
「ローレライ?」
 ヴァンは不審そうに尋ねた。ローレライの事となると無視をするわけにはいかないようだ。
「ルーク……お前は何を知っているのだ?」
ルークは知っていることを隠していることがつらくなった。
「俺の知っている未来ではここでは死なないんです。やっぱりアッシュのためにここでは死ねない」
「どういうことだ?」
 ぐらりと地面が揺れて崩落が近いことを知らせる。
 イオンが心配そうにルークの元へと駆け寄ってくる。坑道への入り口から慌ただしげな足音がしてアッシュとガイの姿が見え、その後からここにいるはずのない。ジェイドとティアも姿を見せた。
「間に合わなかったかっ!!屑が!どうして力を使った!!」
「ヴァン!これはどういうことだ?!」
 ガイがヴァンに向かって叫んだ。
「どうしてここに?!!」
「お前がくだらないことを考えていると聞いてな!復讐はしないと言ったはずだ!!ヴァンデスデルカ!!」
「復讐の為ではない!!預言からアッシュを守る為にはこうするしかないのだ」
 ヴァンが手を上げるとフレスベルグが二頭舞い降りてくる。ヴァンは焦った様子でフレスベルグをアッシュとガイの方へと向かわせた。
「早くそのフレスベルグで外へと退避を!ガイラルディア様っ!!」
「そんなもの必要ないっ!ここは預言の地でも刻でもないのだ!ヴァン!」
 アッシュとガイが叫び、ガイはその俊足を生かしイオンを確保しジェイドへとイオンを受渡した。その後にルークの元へと向かってくる。
「そんなはずはない。鉱山の街で聖なる焔の光は力を災いとなす……こうするしかアッシュは守れぬのです。ガイラルディア様!」
「レプリカを死なせてみろ、預言にはもう逆らえないと思え!ヴァン!!」
 アッシュが怒鳴りつける。
 ルークの記憶にない会話たちに、記憶が欠如しているのかと疑問に思いながらも、ぼんやりとルークは駆け寄って来るガイを見上げていた。ガイの腕がルークへ向かって伸ばされて、ルークもつられるようにガイへと手を伸ばした。その背後にジェイドとティア・アニスの姿が見える。あと少しというところでルークは恐怖に襲われて側にいたヴァンに縋りついた。
 死よりも恐ろしい恐怖にルークはがたがたと震えてしまう。障気を中和してローレライの解放をするまでは死なないと理解していても、このまま運悪く死んでも構わないとまで思っていたのに魔界の海でのみんなからの軽蔑と非難を思い出すとルークはクリフォトに降りる恐怖に耐えられなくなった。
「ヴァンせんせぇ……」
「ルークっ?!!」
 あと少しでルークに触れそうだったガイが咄嗟にルークの名前を叫び、後を追っていたアッシュの舌打ちが聞こえる。ヴァンはフレスベルグにルークを抱きかかえたままつかまった。もう一頭をガイとアッシュの元へと向かわせた。アッシュはフレスベルグの爪に絡め取られて、ガイがアッシュを追ってその足に捕まる。
「ティア!第二譜歌をそうすれば……」
 崩落する瓦礫をよけながらフレスベルグは飛び立ちヴァンはその場から離れて行きながらティアに向かって叫んでいた。
 残った者たちがティアの元へと集まり譜歌に守られるのが見えた。

 ルークはがたがたと震えたままヴァンにしがみ付いていた。フレスベルグが安全地帯に降り立った後もルークの指は固まったままヴァンの服を離すことが出来なかった。
「ルーク……大丈夫だ。すまぬ怖い思いをさせてしまった」
 大丈夫ですとルークは返事をしたいと思うのだが、身体が思うように動かない。ヴァンはルークの首に掛けられた薬入れから薬を取り出すとルークの口に押し込んだ。甘い薬が口の中であっという間に蕩けてルークは深い眠りに落ちた。




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